光デバイス/光制御素子
11.非線形光学効果
外力による屈折率変化の4番目の外力は光です。光は電磁波で電界の振動を伴っています。8項の電気光学効果は一定の電界が外力として印加された場合を対象として考えましたが、光の電界成分によっても媒質を構成する原子は分極を生じるはずで、屈折率の変化が生じると考えられます。ただし光の強度が非常に高く電界強度が大きくないと、効果は顕著に現れないはずです。したがって媒質の屈折率を変化させる制御光としては強度の高いレーザ光などが用いられ、屈折率変化を感知する被制御光としては別の強度の低い第2の光が用いられるのが一般的です。
このような効果を「非線形」光学効果と呼ぶのはなぜでしょうか。これまで取り上げてきた外力によって屈折率が変化する効果はいずれも外力によって媒質を構成する原子の分極が変化する効果として説明されてきました。この分極 \(P\) と電界 \(E\) の関係は「結晶光学」7項(6)式に記したように
\[P=\varepsilon_0 \left ( \varepsilon -1\right )E\tag{1}\]
と表されます。ここで \(\varepsilon\) は媒質の誘電率、\(\varepsilon_0 \) は真空の誘電率です。(1)式で \(\chi =\varepsilon -1\) と置けば
\[P=\varepsilon_0 \chi E\]
と書け、一般に分極 \(P\) と電界 \(E\) は比例関係すなわち線型な関係にあります。ここで \(\chi\) は電気感受率と呼ばれます。ここで電界が大きくなった場合、この比例関係は徐々に成り立たなくなり、非線形な関係に変化していきます。そこでここでも現象論的な考え方を採れば
\[P=\varepsilon_0 \left ( \chi^{(1)}E+\chi^{(2)}E^2+\cdots\right )\tag{2}\]
といった非線形な関係になると考えられます。このように電界と分極の関係が非線形である場合を扱う光学を非線形光学と呼び、このような状態で生じる種々の効果を非線形光学効果と呼んでいます。
この非線形光学効果は非常に多岐にわたっています。ここでは外力によって屈折率が変化する効果の一環として取り上げていますが、その周辺の基本的事項にも触れておきます。
一般に3次元媒質中での効果を考えると、\(P\)、\(E\) はともにベクトルであり、電気感受率 \(\chi\) はテンソルとなります。そこで(2)式を要素で書くと
\[P_i =\varepsilon_0\chi_{ij}E_j\]
ここで \(\chi_{ij}\) を
\[\chi_{ij}=\chi_{ij}^{(1)} +\chi_{ijk}^{(2)}E_k (\omega_k)+\chi_{ijkl}^{(3)}E_k (\omega_k )E_l (\omega_l)+\cdots\]
のように展開すれば、(2)式は
\[P_i =\varepsilon_0 \left\lbrace\chi_{ij}^{(1)}E_j (\omega_j )+\chi_{ijk}^{(2)}E_j (\omega_j )E_k (\omega_k )+\chi_{ijkl}^{(3)}E_j (\omega_j )E_k (\omega_k )E_l (\omega_l )+\cdots\right\rbrace\tag{3}\]
と書けます。ここで \(E_k\) と \(E_l\) の周波数 \(\omega_k\) と \(\omega_l\) が0 すなわち直流または光の周波数に比べて十分低い周波数である場合、(3)式右辺第2項は8項で取り上げた1次の電気光学効果(ポッケルス効果)、第3項は2次の電気光学効果(カー効果)に相当することがわかります。言い換えれば1次、2次の電気光学効果はそれぞれ2次、3次の非線形光学効果でもあることがわかります。
第2高調波発生
もう少し2次の効果について。\(\omega_j =\omega_k =\omega_1\) の場合、
\[E_j (\omega)=\Re [ E_{j0}\mathrm{e}^{(\omega_1 t-k_1 x)}]=E_{j0}\sin (\omega_1 t-k_1 x)\]
\[E_k (\omega)=\Re [ E_{k0}\mathrm{e}^{(\omega_1 t-k_1 x)}]=E_{k0}\sin (\omega_1 t-k_1 x)\]
を(3)式に代入し、3次の項以下を無視すると
\[P_i =\varepsilon_0 \chi_{ij}^{(1)}E_{j0}\sin (\omega_1 t-k_1 x )+\frac{1}{2}\varepsilon_0 \chi_{ijk}^{(2)}E_{j0}E_{k0}\left [1-\cos\left (2\omega_1t-2k_1 x \right )\right ]\tag{4}\]
となります。ただし \(\Re\) は複素数の実部を示します。また倍角の公式 \(\sin^2 x=\frac{1}{2}(1-\cos 2x)\) を使いました。(4)式の結果から分極 \(P_i\) は \(\omega_1\) の2倍の周波数成分をもつことがわかります。これはこの分極すなわち双極子の振動により入射光の2倍の周波数 \(2\omega_1 \) の光が発生することを意味し、エネルギーの関係を図示すると図11-1(a)のようになります。これが2次の非線形光学効果による第2高調波発生です。
なお、\(\chi_{ijk}^{(2)}\) は8項の1次の電気光学効果のところで説明したのと同じ理由で中心対称性のある結晶では 0 となりますので、第2高調波は中心対称性のある結晶では発生しません。
この第2高調波発生は1990年代初めにGaN系の青色発光ダイオード(「発光ダイオード」20項など参照)が実用化される以前、青色あるいはそれより短い波長の光源を得る手段として注目されましたが、青色発光ダイオードの出現とともに関心が薄れてしまいました。
2次の効果はこのくらいにして3次の非線形光学効果について少し説明します。
光カー効果
通常、3次の効果は2次の効果に比べて小さいですが、2次の効果は上記のように中心対称性のある結晶では現れませんので、このような場合には3次の効果が無視できなくなる場合があります。
同様に、\(\omega_j =\omega_k =\omega_l =\omega_1\) であって2次の効果がない場合、
\[\begin{align}P_i &= \varepsilon_0 \chi_{ij}^{(1)}E_{j0}\sin (\omega_1 t-k_1 x )+\varepsilon_0 \chi_{ijkl}^{(3)}E_{j0}E_{k0}E_{l0}\sin^3 (\omega_1 t-k_1 x) \\ &=\varepsilon_0 \chi_{ij}^{(1)}E_{j0}\sin (\omega_1 t-k_1 x )+\varepsilon_0\chi_{ijkl}^{(3)}E_{j0}E_{k0}E_{l0}\left\lbrace \frac{3}{4}\sin(\omega_1 t-k_1 x )-\frac{1}{4}\sin(3\omega_1 t-3k_1x )\right\rbrace\end{align}\tag{5}\]
と書けます。ただし3倍角の公式 \(\sin 3x=3\sin x -4\sin^3 x\) を用いました。ここでも(5)式2行目右辺の最後の項より入射光の3倍の周波数 \(3\omega_1 \) の第3高調波が発生することがわかります。一般に第3高調波は強度が低いので、ここではこの効果には注目せず無視し、入射光が一つの光であるとして \(E_{j0}=E_{k0}=E_{l0}=E_0 \) とすると、(5)式は
\[\begin{align}P_i &= \varepsilon_0 \chi_{ij}^{(1)}E_{0}\sin (\omega_1 t-k_1 x )+\frac{3}{4}\varepsilon_0\chi_{ijkl}^{(3)}|E_{0}|^2 E_{0}\sin(\omega_1 t-k_1 x ) \\ &= (\varepsilon_0 \chi_{ij}^{(1)}+\frac{3}{4}\varepsilon_0\chi_{ijkl}^{(3)}|E_{0}|^2 )E_{0}\sin(\omega_1 t-k_1 x )\end{align}\tag{6}\]
となります。「結晶光学」3項で求めたように、真空中での光の強度 \(I\) は \(I=\frac{1}{2}\varepsilon_0 E_0^2 \) となりますから、屈折率 \(n\) の媒質中では
\[I=\frac{1}{2}\varepsilon_0 cnE_0^2 \]
となり、これを(6)式に用い、添え字等を省いて示すと、分極 \(P\) は
\[P=\varepsilon_0 \left (\chi^{(1)} +\frac{3\chi^{(3)}}{2\varepsilon_0 cn}I\right )E(\omega )\tag{7}\]
と書けます。この式は媒質の線形感受率 \(\chi^{(1)}\) が実効的に光の強度に比例して変化することを示してしています。屈折率 \(n\) は感受率と \(n=\sqrt{1+\chi}\) の関係にありますから、3次の非線形光学効果により屈折率 \(n\) は光の強度 \(I\) によって変化することになります。屈折率 \(n\) の変化分 \(\Delta n\) と感受率 \(\chi\) の変化分 \(\Delta\chi\) の関係をつぎのように書きます。ただし媒質は透明で吸収はない、すなわち \(n\) も \(\chi\) も実数とします。
\[\begin{align}n+\Delta n &= \sqrt{1+\chi +\Delta\chi} \\ &\simeq\sqrt{1+\chi}\left\lbrace 1+\frac{\Delta x}{2(1+\chi )} \right\rbrace \\ &=n_0 +\frac{\Delta\chi}{2n_0}\end{align}\]
(7)式より
\[\Delta\chi =\frac{3\chi^{(3)}}{2\varepsilon_0 cn}I\]
ですから
\[n=n_0+n_2 I\tag{8}\]
と置くと、係数 \(n_2\) は
\[n_2=\frac{3\chi^{(3)}}{4\varepsilon_0cn^2}\]
となります。ここで3次の非線形光学効果により(8)式のような屈折率変化が生じる効果を光カー効果と呼んでします。8項で述べたように2次の電気光学効果をカー効果と呼んでいますが、直流電界ではなく光の電界成分による効果であるという区別を明確にした呼称です。
可飽和吸収
ここまで電気感受率 \(\chi\) は実数として扱ってきました。しかし媒体に吸収がある場合、付録3で説明しているように屈折率を複素数とすると、虚部が吸収成分に相当します。屈折率が複素数であれば、電気感受率も複素数となりますから、吸収のある媒体での非線形光学効果を扱うことができます。ここでは1次の電気感受率 \(\chi^{(1)}\)、3次の電気感受率 \(\chi^{(3)}\) を実部、虚部に分けてつぎのように書くことにします。
\[\chi^{(1)} =\chi'_{(1)} -i\chi"_{(1)}\]
\[\chi^{(3)} =\chi'_{(3)} -i\chi"_{(3)}\]
上記のカー効果は \(\chi'_{(3)}\gg\chi"_{(3)}\) の場合に相当すると考えられます。一方、吸収のある場合として\(\chi'_{(3)}\ll\chi"_{(3)}\) の場合を考えます。この場合、(7)式に対応する式は
\[P=\varepsilon_0 \left\lbrace\chi'_{(1)} -i \left (\chi"_{(1)}+\frac{3\chi"_{(3)}}{2\varepsilon_0 cn}I\right )\right\rbrace E(\omega )\tag{8}\]
上式の中括弧 \(\lbrace\rbrace\) 内を改めて \(\chi_T\) と置くと、吸収係数 \(\alpha (\omega )\) は\(\chi_T\) の虚数部に相当するので
\[\alpha (\omega ) = \frac{\omega}{2cn}\left (\chi"_{(1)}+\frac{3\chi"_{(3)}}{2\varepsilon_0 cn}I\right )\tag{9}\]
が成り立ちます。光の強度 \(I\) が小さい場合は上式右辺第2項は無視できるので、光の周波数 \(\omega\) が定まれば、吸収係数 \(\alpha (\omega)\) は一定です。\(I\) が大きくなると第2項が効いてくるようになり、もし \(\chi"_{(3)}<0\) であると、吸収係数は減少するようになります。このような現象は実際に観測されており、これを可飽和吸収(Saturable absorption) と呼んでいます。
どのようなメカニズムによってこのような現象が起こるのか、一例を挙げると次のような現象が考えられます。固体結晶の光吸収は図11-2(a)のように価電子帯の電子が光のエネルギーによって伝導帯に励起される場合に起こります。すなわち伝導帯の底と価電子帯の頂上の間のエネルギー差(エネルギーバンドギャップ \(E_g\))より大きいエネルギー \(E'_g\) をもつ光が照射されると、吸収が起こります。ここで光の強度が大きくなると、価電子帯から励起される電子の数が増大し、価電子帯の頂上付近には空いた準位が増え、この分、伝導帯の底付近の準位が電子で満たされるようになります。このため、伝導帯のまだ空いている準位へ価電子帯の電子が励起されるにはより大きなエネルギー \(E'_g\) を必要とするようになります。このため同図(b)に示すように、吸収スペクトルには弱い光に対しては吸収が生じていた波長で、強い光の場合は吸収が減少する現象が観測されます。これを吸収量が飽和する現象とみて可飽和吸収と呼びます。
なお、伝導帯の底付近の準位は光による電子の励起だけでなく、外部から電流を注入することによっても埋める(fill)ことができます。このため半導体に電流を流すことによっても光の吸収波長が短波長側に変化するのが観測されます。これをバンドフィリング(band-filling)効果と呼んでいます。これは光によるものでないので、非線形光学効果とは言えませんが、吸収を変化させる同様な機構による効果として知られています。
なお、このように光吸収が変化すると屈折率も変化します。これをクラマース・クロニヒの関係と呼びます。この関係は数学的に導くことができますが、やや煩雑なので付録10、11で導出することにします。
二光子吸収
つぎに周波数 \(\omega\) で吸収がない、すなわち \(\chi"_{(1)}=0\) である媒体を考えます。ただし、\(\chi'_{(3)}\ll\chi"_{(3)}\) は成り立っているとします。この場合、
\[P=\varepsilon_0 \left\lbrace\chi^{(1)} -i \frac{3\chi"_{(3)}}{2\varepsilon_0 cn}I \right\rbrace E(\omega )\tag{10}\]
が成り立ちます。これより、光の強度 \(I\) が大きくなると、右辺第2項による吸収が生じることがわかります。実験的にも確認がされています。これはエネルギーによる解釈では、図11-1(b)のように光子1つ分の励起エネルギーではまったく足りなくても、光子2つ分のエネルギーが寄与すれば励起が可能となると考えられます。このような機構がありうることを示すは量子力学が必要です。
3次の非線形光学効果による現象はこれ以外にも多数知られています。例えば図11-1(c)に示すような4つの光の相互作用を四光波混合と言います。いろいろな現象があって4つのエネルギーがすべて等しい場合からすべて異なる場合まで種々の場合があり、また入出射の関係も2対2であったり、1対3であったり多様な現象がありますが、ここでは立ち入らないことにします。
(追補)フォトリフラクティブ効果
フォトリフラクティブ(photo-refractive)効果と呼ばれる現象があります。この名称からわかるように光により屈折率が変化する効果ではありますが、上で説明してきた3次の非線形光学効果とは異なる現象です。誤解による混乱を避けるためにここで説明をしておきます。
このフォトリフラクティブ効果と3次の非線形光学効果の大きな違いは、フォトリフラクティブ効果の場合は照射する光の強度が一様でなく空間的に変化している場合についての現象であることです。非線形光学効果の場合は照射する光の強度の分布はとくに要件にはなりません。一様であっても変化していてもそれに従って効果が生じます。これに対してフォトリフラクティブ効果の場合は一様な強度の光照射では効果が現れません。
よく用いられるのは干渉縞のような縞状の光強度分布をもつ光の照射です。これによってこの光強度分布にしたがって屈折率変化(分布)が生じるのがフォトリフラクティブ効果です。屈折率の周期的変化が生じるので、光照射パターンに従って回折格子が形成できることが期待できます。
この効果の起きる機構はつぎのように考えられています。まず図11-3に示すような特定の条件をもった材料が要求されます。半導体のようにキャリアを供給するため、浅いドナーまたはアクセプタ準位が必要です。さらにこれよりバンド内の深いエネルギー位置に電荷を捕らえる準位が存在する必要があります。この準位は電子または正孔を捕らえ、少なくとも室温では長時間保持できる準位でなければなりません。さらに1次の電気光学効果をもつ材料である必要があります。
このような材料に図11-4の上段に示すような縞状の強度分布をもった光を照射したとします。光が照射された部分では深い準位からもキャリア(図11-3では電子)が励起され、伝導帯を移動します。外部電界がかかっていなくても空間電荷が作る電界と拡散による移動が起きます。電子が光が照射されていない部分に達すると、電子は再びその位置にある深い準位に落ち込み、そこに捕らえられます。つまり縞状に分布した空間電荷が形成されることになります。
この電荷分布により材料内に周期的な電界が生じ、材料が電気光学効果をもっていれば、図11-4の下段に示すような屈折率の周期的な変化が生じることになります。外部電界がなければ位相差は \(\pi/2\) となります。これがフォトリフラクティブ効果です。
非線形光学効果と違って光の役割はキャリアを励起することなので、高い強度は必要とされません。また屈折率変化は電界強度の高い部分で大きくなるので、照射光強度の周期とは位相がずれるという特徴があります。
この現象が生じる材料は、図11-3に示したような準位をもつ材料をいうことになりますが、例としてはニオブ酸リチウム、LiNbO3が挙げられます。電気光学効果でよく知られますが、LiNbO3の光変調器などを開発するにあたって問題となった光損傷という特性の安定を損なう現象が知られています。(1) これは素子に光を照射して使用しているうちに材料の屈折率が変化してしまうというものです。実はこの現象を調べている過程で、これが上で説明したフォトリフラクティブ効果の機構で生じていることがわかったという経緯があります。
(1) A. Ashkin et al, Appl. Phys. Lett., Vol.9 (1966) p.72.