光デバイス/光制御素子
<付録3>複素屈折率
スネルの法則などで扱われている屈折率は実数ですが、これは媒体を透明と仮定し、光吸収を無視しているからです。光吸収を考慮した議論を進めていくうえでは、屈折率を複素数として考える必要があります。複素屈折率を導入するために複素誘電率をまず考えます。これには誘電体を用いたコンデンサを含む交流回路の議論から入るのがよいかと思われます。
静電容量 \(C\) のコンデンサに電圧 \(V\) を印加した場合
\[Q=CV\]
で表される電荷 \(Q\) がコンデンサの電極に蓄えられます。コンデンサが平行な平板電極をもち、電極間に誘電率 \(\varepsilon\) の誘電体が挟まれている場合、コンデンサの静電容量 \(C\) は \[C=\varepsilon\frac{A}{d}\]
と表せます。ここで \(d\) は電極間の距離、\(A\) は電極面積です。平行平板電極でない構造のコンデンサでは式の形が少し変わってきますが、以下の考え方は変わりません。
さて真空の誘電率 \(\varepsilon_0\) の値は
\[\varepsilon_{0}=8.855\times 10^{-12}~~\mathrm{F/m}\]
ですが、その他の誘電体の誘電率 \(\varepsilon\) を
\[\varepsilon=\varepsilon_r \varepsilon_{0}\]
と表し、\(\varepsilon_r \) を比誘電率と呼びます。誘電率の値を示す場合、この比誘電率の値で示される場合が多いですが、比誘電率は1より大きい無次元の数になりますから、F/m単位で誘電率の値を示すより簡単で便利です。
ところでマックスウェルの方程式での誘電率の定義は
\[D=\varepsilon E\]
です。ここで \(D\) は電束密度または電気変位と呼ばれます。この式は
\[D=\varepsilon_{0}E+P\]
と書き換えられます。ここで \(P\) は分極です。上式は、一般の誘電体の誘電率が真空の場合より大きくなるのは誘電体に分極が生じるためであることを示しています。
さて、ここでこのコンデンサに交流電圧を印加する場合を考えます。交流電圧は電圧が時間とともに正弦波状に変化する場合を考えます。この場合、複素数を導入し、電圧 \(V\) を
\[V=V_{0}\exp\left (i\omega t\right )\]
と書くのが便利です。ここで \(V_0\) は電圧の振幅、また \(\omega\) は交流電圧の角周波数で周波数 \(f\) との間に \(\omega=2\pi f\) の関係があります。
ここで複素数が導入されるわけですが、実際の電圧変化はその実部をとって \[V=V_{0}\sin\omega t\]
となります。ここでオイラーの関係式 (「半導体物理学」15項参照)
\[\exp (ix) =\sin x+i\cos x\]
を用いています。この電圧 \(V\) を静電容量 \(C_0 \) の真空コンデンサに印加したとき、流れる電流 \(I\) は交流回路理論によれば
\[I=i\omega C_0 V\]
と書けます。電流が純虚数になるのは電流の位相が電圧の位相と90°異なることを表します。
誘電率 \(\varepsilon\) の誘電体をコンデンサの電極間に挿入する場合、実際の誘電体では位相の変化は90°より小さくなります。これは実際の誘電体が完全な絶縁体ではなく、誘電体中に電荷が存在するためです。電圧が印加されると、この電荷が移動することによる分極電流やリーク電流(漏れ電流)が流れます。等価回路として考えると、リークのないコンデンサ \(C\) とリークを表す抵抗成分 \(R\) が並列接続されていると考えられ、付図3-1のように表されます。
この回路を流れる電流 \(I\) は
\[I=\left (i\omega C+\frac{1}{R}\right)V\]
と表されます。ここで比誘電率を複素数で表し、 \[\varepsilon_{r}^{\ast}=\varepsilon_{r1}-i\varepsilon_{r2}\]
と書き、これを複素比誘電率と呼びます。この複素比誘電率 \(\varepsilon_r^{\ast}\) を使うと、電流は
\[I=\left(i\omega\varepsilon_{r1}+\omega\varepsilon_{r2}\right)C_{0}V\]
と書けることになります。ここで虚数部は誘電損失を表します。
誘電率と屈折率の関係は \[n=\sqrt{\frac{\varepsilon}{\varepsilon_{0}}}=\sqrt{\varepsilon_{r}}\]
でしたが、これを複素数に拡張すれば、
\[n^{*}=\sqrt{\varepsilon_{r}^{\ast}}\]
です。ここで
\[n^{\ast}=n_{1}-in_{2}\]
と書き、これを複素屈折率とします。
続いて複素誘電率と複素屈折率の関係をもう少し検討し、複素屈折率の物理的意味を調べることにします。
もう一度、電磁波の式に戻ります。ここでは複素ベクトルを使った表式をとります。電界 \(E\) は \[E=E_{0}\exp\left\lbrace i\left(\omega t-kz \right )\right\rbrace\tag{1}\]
ここで \(\omega\) は角周波数、\(k\) は波数です。\(k\) はベクトルで一般にはz方向と異なる方向を向いているのですが、ここでは簡単のために電磁波の進行方向(z方向)を向いているとし、スカラーとして扱います。ただし複素数で表し、実部、虚部に分けて次のように書きます。
\[k=k_{1}-ik_{2}\tag{2}\]
(2)式を(1)式に代入すると
\[E=E_{0}\exp\left\lbrace i\left(\omega t-k_{1}z\right)\right\rbrace\exp\left(-k_{2}z\right)\tag{3}\]
となります。
また \(k\) は「結晶光学」3項(11)式から \(\varepsilon_0\) を \(\varepsilon\) で置き換えて次式の関係をもっています。
\[k=\omega\sqrt{\varepsilon\mu_{0}}\tag{4}\]
ここで \(\varepsilon\) は誘電率、\(\mu_0\) は真空の透磁率です。複素屈折率\(n^{\ast}\) は
\[n^{\ast}=\sqrt{\frac{\varepsilon}{\varepsilon_{0}}}=n+i\kappa\]
でしたから、(4)式の関係と真空中の光速 \(c\) が \(c=1/\sqrt{\varepsilon_0 \mu_0}\) と表されることを用いると
\[\frac{kc}{\omega}=n^{\ast}=n+i\kappa\tag{5}\]
となります。
ここで \(n^{\ast}\) の実部 \(n\) は屈折率を表しますが、虚部の \(\kappa\) は何を示しているかを考えます。光の強度 \(I\) は電界の2乗に比例します(「結晶光学」3項の最後の部分参照)から
\[I\propto |E|^2 =E_0^2 \exp \left\lbrace-\frac{2\omega\kappa z}{c}\right\rbrace\tag{6}\]
と書けます。一方吸収係数 \(\alpha\) は
\[I=I_0 \mathrm{e}^{-\alpha z}\tag{7}\]
で定義されますから、(6)、(7)式を比べると
\[\alpha=\frac{2\omega\kappa}{c}=\frac{4\pi z}{\lambda}\]
となり、\(\kappa\) は吸収係数 \(\alpha\) に比例していることが分かります。このことから \(\kappa\) は消衰係数と呼ばれています。
なお、複素誘電率と複素屈折率の関係を示すと \[\frac{\varepsilon_{1}}{\varepsilon_{0}}=n^{2}-\kappa^{2}\] \[\frac{\varepsilon_{2}}{\varepsilon_{0}}=2n\kappa\]
です。上の2式を \(n^2 \) と \(\kappa^2\) について解き直すと、2次方程式の解を求めることになって \[n^{2}=\frac{1}{2\varepsilon_{0}}\left(\sqrt{\varepsilon_{1}^{2}+\varepsilon_{2}^{2}}+\varepsilon_{1}\right)\] \[\kappa^{2}=\frac{1}{2\varepsilon_{0}}\left(\sqrt{\varepsilon_{1}^{2}+\varepsilon_{2}^{2}}-\varepsilon_{1}\right)\] と書き直せます。