科学・基礎/半導体物理学

15.オイラーの公式

 前項では、光が粒子的性質をもっていることを説明しましたが、光はもともと波動、電磁波としての性質をもっていることがよく知られていました。一方、電子は粒子としてのイメージが強いと思いますが、波動としての性質ももっていることが量子論が提唱された最初の頃に示されています。このようなことから量子力学を勉強するためにどうしても波動を表す数式を知っておく必要があるのです。

 もっとも基本的な波というと、正弦波とかサイン波として知られているように、サイン、コサインの三角関数で表されるものでしょう。これ以外にも方形波とか三角波とか波形はいろいろありますが、これらも三角関数の重ね合わせで表されるので、やはり基本は正弦波ということになります。

 ところが波動を扱う理論では三角関数を使って直接式を展開することはあまり多くなく、複素数を使うのが普通です。そのベースになっているのが、オイラーの公式です。    \[\mathrm{e}^{i\theta }= \cos\theta+i\sin\theta\tag{1}\]

 この公式がどこから導かれるのかの証明(1)は省略します。

 さて、この公式の左辺の複素指数関数で波を表すと便利なことを一例で示してみます。(1)式の右辺を \(\theta\) で微分します。複素数を表す \(i\) は定数とみなしておきます。すると    \[\frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} \theta }\left ( \cos \theta + i\sin \theta \right )= -\sin \theta +i\cos \theta\tag{2}\] となります。一方、左辺の微分は同様に \(i\) を定数とみなせば    \[\frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} \theta }\rm{e}^{i\theta }= i\rm{e}^{i\theta }\tag{3}\] となります。この(3)式右辺に(1)式を代入すると \( i^{2} =-1\) ですから(2)式右辺に等しくなることが分かります。

  これから言えそうなことは波を表す三角関数を微分や積分したいときは計算が簡単な左辺で計算し、あとでオイラーの公式を使って三角関数に戻せばよいということです。しかも実際の現象を表すには実数部なら実数部だけ、虚数部なら虚数部だけどちらか必要な方だけを取り出せばよいのです。この例ではどちらの計算も大差はありませんが、複雑な式を扱う際には指数関数の方が楽です。

 ところで    \[\left ( \cos \theta +i\sin \theta \right ) \left ( \cos \theta -i\sin \theta \right )= \cos^{2}\theta +\sin^{2}\theta = 1\] です。一方    \[\mathrm{e}^{i\theta }\mathrm{e}^{-i\theta }= 1\]ですから    \[\mathrm{e}^{-i\theta }= \cos \theta -i\sin \theta\tag{4}\] とかけることが分かります。複素数については(1)と(4)の関係を複素共役(きょうやくと読みます。きょうえきと読まないで下さい)と言います。

 つぎに(1)、(4)式の両辺に実数 \(r\) をかけてみます。    \[\begin{align} r\rm{e}^{i\theta } &= r\cos \theta +ir\sin \theta \\ r\mathrm{e}^{-i\theta } &= r\cos \theta -ir\sin \theta \end{align}\]

ここで    \[\begin{align} x &= r\cos \theta \\ y &= r\sin \theta \end{align} \] とおくと、    \[x^{2}+ y^{2}= r^{2}\] です。これは図15-1に示すような半径 \(r\) の円の方程式ですから、\(\theta\) が 0°から 360°(0 ~ 2\(\pi\) ラジアン)まで変化するとこの円を一周することになり、\(r\) と \(\theta\) をいろいろ変えれば複素平面のすべての点を表せることになります。

 つまりオイラーの公式を拡張して    \[\begin{align} r\mathrm{e}^{i\theta } &= x+iy\tag{5} \\ r\mathrm{e}^{-i\theta } &= x-iy\tag{6} \end{align}\]とすると、この(5)、(6)式は、複素平面上の点Pを表す式ですが、これはそのまま図15-2のような \(x-y\) 座標または極座標での点 \(P_{xy}\) または \(P_{r\theta}\) を表すことになるのがわかります。

 これらを使うと波動に関する理論式が簡単に書けるようになります。

(1)吉田武著「オイラーの贈物」(東海大学出版会)第8章

 この本はオイラーの公式を理解することを目的として書かれたユニークな本です。第8章に、級数展開による公式の導出が書かれています。以前この本はちくま学芸文庫に入っていたのですが、この手軽だった文庫版は現在では絶版になっているようです。

 オイラー(L. Euler)はスイス出身の19世紀の代表的数学者で、天文学分野にも業績を残しています。