科学・基礎/半導体物理学
14.量子力学における光子のエネルギーと運動量

 前項までの古典電子論では、固体内の電子の運動を扱うのに、ニュートンの運動方程式を適用しています。さらに固体内では電子の運動が原子との衝突によって妨げられると考えられるので、それを考慮するために緩和の項を入れるというやり方を取りました。

 これでオームの法則やホール効果などが説明できましたが、例えば、導体と半導体の違いがなぜあるのかという問いへの解答はまったく得られません。物質(原子)の種類によって電気伝導特性が大きく異なる理由などは古典電子論ではまったく説明ができないのです。

 そこで登場したのが、バンド理論(日本語では帯理論)です。これまでもデバイスの説明のなかで伝導帯、価電子帯とかエネルギーバンドギャップという言葉を使ってきましたが、これらはこのバンド理論から導かれた概念です。結晶内の電子は許されたエネルギー帯にだけしか存在できないということがバンド理論によって示されるのです。またそのエネルギー帯の様子が原子の種類や並び方によって違うことも示されます。

 さらにこの理論を使えばデバイスの設計に必要な半導体中の電子の濃度などが計算できます。また光の吸収や発光もこの理論を使って予想され、計算もできるのです。

 このバンド理論は量子力学の基礎の上に構築された難しい理論です。しかし高校の数学をベースにすれば量子力学の基礎を理解することは充分できると思われます。そして量子力学の基本が分かればバンド理論もかなり理解できるはずです。以下でその説明を試みます。

 量子力学は、完成されたはずの古典力学で説明できない事実がいくつか出てきて、それらの問題を解決するために考え出されました。量子力学は主として原子などミクロな世界に適用される理論ですが、当初は光とは何か、という問題からスタートしています。

 光は波か粒子かという論争は18世紀から起こっており、ニュートンは太陽光がプリズムを通すとスペクトルに分解することを説明するために、すでに光の粒子説を唱えていました。その後、光が粒子ではないかという疑いが強くなったのは光電効果が見つかったことによります。

 光電効果は以前にも説明したことがあり(受光素子の2項参照)、光電子増倍管に応用されています(同、18項)が、図14-1のように電極に光が当たると電子が飛び出すという現象です。波としての光が電極に当たると考えるより、光の粒子が電極に衝突して電極内の粒子を叩き出すと考えると直感的に理解できます。しかしこれだけでは不十分でした。

 この光電効果の実験から分かっていたことは、ある波長より短い波長の光でないといくら強い光を当てても電子は飛び出さないという事実でした。この波長に関係した事実は光が粒子であるとするだけでは説明できません。

 アインシュタインはこれを説明するため、光のエネルギー \(E\) は    \[E=h\nu\tag{1}\] であると考えました。ここで \(\nu\) は光の振動数、\(h\) はプランク定数と呼ばれる定数です。

 1個の電子は光からこのエネルギーを受け取り、それが外へ飛び出せるに必要なエネルギーより大きければ、電子は外部へ飛び出すことができると考えれば、光電効果を説明できます。これが光量子説です。

 ところで(1)式の関係はこれより先にプランク(M.Plank)によって提出されていました。プランクは物体が高温に加熱されると光を出す現象(黒体放射といいます)がこの関係を使うとうまく説明できることを示しました。どこかから導かれたわけでなく、実験結果を説明するためにいきなりこの式が提案されました。この話もいろいろ面白い内容を含んでいますが、これを説明すると長くなってしまうのでここでは立ち入りません。

 (1)式の関係があるということは、光はこのエネルギー \(E\) をもつ粒子と見ることができます。この粒子を「光子」(英語ではphoton(フォトン))と呼びます。しかも(1)式からわかるように光子のエネルギーは波動としての振動数または波長によって決まります。古典力学の粒子のエネルギーはその質量と速度から決まるのと比べると、これはとても不思議な粒子と言えます。このような粒子を量子(quantum particle)とも呼びます。

 さらにアインシュタインは光が粒子であるならば、その運動量 \(p\) も定義できるとして(2)式の形を提案しました。    \[p=\frac{h}{\lambda }\tag{2}\] ここで \(\lambda\) は光の波長です。この関係はその後、コンプトン効果という現象によって確認されました。

 図14-2のように止まっている電子に光を当てると、電子に光子(エネルギー \(E_{i}\)、運動量 \(p_{i}\)) が衝突したことになり、止まったボールにもう1個の別のボールをぶつけたときのように、光子は方向を変え、電子は動き始めます。このとき光の方向(角度 \(\varphi\) と波長、電子の運動の方向(角度 \(\theta\) と運動量(速度)を測定することができます。エネルギー保存の法則と運動量保存の法則から、最初の光のエネルギー \(E_{i}\) と運動量 \(p_{i}\) は衝突後の光のエネルギー \(E_{d}\)、運動量 \(p_{d}\) と電子のエネルギー \(E_{e}\)、運動量 \(p_{e}\) のそれぞれの和に等しくなるはずです。そして実験の結果、光子の運動量はまさに(2)式に一致することが確かめられたのです。

 この(1)、(2)式が量子力学において基本となる関係です。いくつか違う形に書き直されて使われることが多いのでそれをまとめておきます。

 まず、振動数 \(\nu\) と波長 \(\lambda\) の関係は光の速度 \(c\) を使って    \[\nu =\frac{c}{\lambda }\] ですから、(1)式を波長を使って表すと    \[E=\frac{hc}{\lambda }\] となります。また角周波数 \( \omega\) を使った式もよく使われます。これは    \[\omega =2\pi \nu\] ですから、(1)式は    \[E=\hbar\omega\tag{3}\] となります。ここで \(\hbar\) はエイチバーと読み、    \[\hbar =\frac{h}{2\pi }\] です。プランク定数 \(h\) は \(2\pi\) で割った形で式中に現れることが多く、\(\hbar\) は字数を減らして式を見やすくするための工夫です。今後の式では \(h\) より \(\hbar\) を使うことの方が多くなるはずです。

 同じように運動量の方では、波数 \(k\) を使った表現がよく使われます。\(k\) は    \[k=\frac{2\pi }{\lambda }\] と書けるので、(2)式は    \[p= \hbar k \tag{4}\] となります。(3)、(4)式よりエネルギーと運動量は \(\hbar\) にそれぞれ角周波数と波数をかけただけの簡単な式で表されることがわかります。

 量子力学の教科書は何冊もありますが、ほとんどどれを開いても最初の導入部分に上記の黒体放射、光電効果、コンプトン効果の説明がされているはずです。それは量子力学におけるエネルギーと運動量がそれまでとまったく違う形であることを示すためなのです。