産業/信頼性

20.絶縁膜に関係する劣化

 半導体デバイスにおいては絶縁膜の役割も重要です。化学的に活性な半導体表面を保護する保護膜(パッシベーション膜)はほとんどの半導体デバイスで使われていますが、デバイスの機能上重要な役割を担っているのは絶縁ゲート型FET(IGFET)のゲート絶縁膜でしょう。IGFETは集積回路の大部分に使われているため、集積度の劇的向上に伴ってその信頼性については新たな問題を生んでいます。この項では絶縁膜に関係する劣化現象をとりあげます。

 集積回路に使用されるIGFETは集積度の向上のために微細化され、それにしたがってゲート絶縁膜の膜厚もナノメートル台にまで薄くなっています。このため、5Vの電源電圧でも絶縁膜には非常に高い電界がかかることになります。

 図20-1はnチャンネルIGFETの断面図です。説明のためにゲート絶縁膜は厚く描いてあります。またドレイン電圧 \(V_{DS}\) が高く、チャンネルが途切れる、いわゆるピンチオフ状態の場合を描いています(IGFETの6項参照)。

 図20-1の下の図はソース・ドレイン間の電界の位置による変化を示しています。ドレイン領域周辺は空乏層となり、ドレイン電圧がゲート電圧より高いと、ドレイン領域の周囲の空乏層には高電界がかかります。この電界によりソースからの電子は加速され高エネルギーをもつホットエレクトロンになります。

 この加速された電子はSi原子と衝突して電子-ホール対を生成します。これは14項で述べたアバランシェ降伏と同じ過程です。生成した電子はドレイン電極にも流れ込みますが、エネルギーの高い電子はSiに対するSiO2の障壁を越えてSiO2層内に注入されます。このときドレイン領域周辺部では図20-2に示すエネルギーバンド図のような状態になっています。

 一方、生成されたホールは高電界に押し戻されてドレインには達することができませんので、一部は電位の低い基板側へ流れます。基板電流を監視することにより、ホールの発生を検知できます。また他の一部はSiO2中へ注入されます。図のようにSiO2中の電界は部分的に大きさ、方向が変化し得るので、電子、ホールがともに注入されるという現象が起こり得ます。

 ゲート絶縁膜(SiO2膜)中への電子または正孔の注入はゲート電流を生じさせます。通常は半導体と絶縁体の間には高い障壁があるので、電子はこれを越えることができず伝導電流は微少です。室温の熱エネルギー\(kT\)は約25meVです。これはボルツマン定数 \(k\) が8.62 \(\mathrm{eV}/\mathrm{K}\)であることから室温を300 K とすれば計算できます。SiとSiO2の界面には電子に対して3.2 \(\mathrm{eV}\)、正孔に対して4.6 \(\mathrm{eV}\) のエネルギー障壁があると言われています。熱エネルギーだけでこの障壁を乗り越えるためには、40000Kに相当する高温にする必要がある計算になります。この熱に換算すると非常な高温になるということが、ホットキャリアと言われる所以です。

 近年のIGFETの微細化に従って絶縁膜の厚みも数nmレベルまで薄くなっています。このような薄い絶縁膜の場合、電気伝導はトンネル現象によって支配されます。およそ膜厚が3nm以下であると、絶縁膜の電気伝導は図20-3(a)に示すようなトンネル現象によって支配されると考えられます。この場合、絶縁膜にかかる電圧を \(V_i \)、半導体からみた絶縁膜の障壁高さを \(\psi_B \) とすると、\(V_i \le \psi_B \) の条件がこの場合に相当します。これより少し厚い、大体5nm以下程度の場合は高電界下では図20-3(b)に示す絶縁膜の伝導帯へのトンネル現象(ファウラー・ノードハイムトンネリング)によって電気伝導が起こります。この場合には(a)の場合と逆に、\(V_i \gt \psi_B \) の条件に相当します。

 図20-2に戻って、高いエネルギーによってSiO2中に注入されたキャリアは、すんなり絶縁膜を通過して伝導キャリアとして振る舞うことももちろんあります。しかしSiO2膜も完全であるわけではありませんから、どこか欠陥があれば、そこに捕らえられてしまう場合もあります。このキャリアを捕獲する準位のことをトラップ準位(または単にトラップ)ということがあります。「トラップ」とは罠という意味です。一度捕らえるとなかなか離さないようなトラップを時間がかかるという意味でスロートラップということがあります。キャリアが捕らえられた状態で電気的に中性なら問題ないのですが、負または正に帯電しているとIGFETの8項で説明しているように、IGFETの特性が変動してしまうので、問題です。

 上記は一旦、絶縁体の伝導帯に電子が励起された後にトラップ準位に捕獲されるイメージですが、トンネル現象を介しての捕獲もあり得ます。また、準位が絶縁体-半導体の界面付近には界面準位が存在し、これには半導体の伝導帯、価電子帯からキャリアが落ち込み捕らえられます。この場合はとくにキャリアが高エネルギーである必要はありません。この電荷もIGFETの7項で説明しているように特性変動を引き起こします。

 最後に絶縁破壊について触れます。もちろんどのような絶縁体でも過大な電界がかかれば破壊が生じます。ゲート絶縁膜も例外ではありません。取り扱いの誤り以外では静電気放電による破壊などがこれに相当します。ここではこのような破壊ではなく、ゲート絶縁膜の劣化に関連した絶縁破壊現象について説明します。

 製造後、正常に動作していたIGFETがある時点で故障する場合があります。これにはいろいろな原因がありますが、ここではゲート絶縁膜の破壊によるものに限って考えます。このようにある時間、動作をした後、ゲート絶縁膜が絶縁破壊する現象を経時絶縁破壊(Time Dependent Dielectric Breakdown, TDDB)と言います。

 このような絶縁破壊は、2項で説明した初期故障、偶発故障、摩耗故障のようにそれぞれ時間に依存した故障に相当します。そして5項で述べたようにワイブル分布を使えば、これらの故障を見分けることができます。JEITA ED4704/A-104に試験方法が規定されています。

 比較的短時間で起こる初期故障は大体は製造過程の問題で、絶縁膜の形成過程で欠陥が生じ、初めから絶縁耐圧が低いような場合に生じると考えられます。このような欠陥の発生は完全には避けられませんので、スクリーニング試験と言って製造後に規定範囲内の最大電圧をかけ、場合によっては少し高い温度で動作させることにより故障を誘発させる試験を行い、故障が生じたものを除去し、これらが市場に出るのを防ぐ処置がとられます。  偶発故障はこのようなスクリーニング試験で除去しきれなかったものや摩耗故障が早く生じる場合などに相当します。

 ここでとくにTDDBとして説明したいのは長時間経過後に発生する摩耗故障に相当する故障です。これは製造上問題がなく、長く動作した後に発生する故障ですから、正常な条件での動作中に次第に劣化が進んだ結果、破壊に至るような場合が考えられます。

 このようなゲート絶縁膜の劣化は、上で触れたホットキャリアの注入が原因の一つと考えられています。ホットキャリアは、SiO2中に注入された後、シリコンと酸素の化学結合を切断することができるエネルギーをもっていると考えられます。化学結合が切断されると、その部分は上記と同じようにトラップ準位としてはたらき、キャリアを捕らえる場合もあります。この部分は構造的な欠陥でもあります。通常、SiO2膜は非晶質ですから、もともと欠陥を含みます。図20-4(a)はこのような初期の状態を模式的に示しています。高電界がかかったまま時間が経過すると、高エネルギーをもつキャリアの衝突により新たな欠陥が次第に増えていきます。同図(b)に示すように初期には半導体界面付近が多く損傷すると思われますが、次第に絶縁膜内部にも欠陥ができると想像されます。さらに時間が経過すると同図(c)に示すように欠陥同士が隣接するようになり、これを伝わって電気伝導が可能になってきます。これが次第に進展し、長時間経過後には絶縁膜を縦断する導電路が形成され、絶縁が保てなくなり絶縁破壊が起こると考えられます。このような時間とともに劣化が進む機構は13項で示したモデルに相当します。

 このような破壊を防ぐには高いエネルギーをもつホットキャリアの生成を防止することが考えられます。IGFETではドレインの近くで高電界が発生するので、これを緩和することが考えられます。図20-5に示すようにドレイン領域のゲート寄りの部分のドーピング濃度を下げることにより、この部分の電位の傾斜を緩くする方法が知られています(1)。これをLDD(Low Doping Drain)構造と呼んでいます(2)

(1)特公昭62-31506号

(2)S.Ogura, IEEE Trans. Electron. Devices, ED-27,1359 (1980)