電子デバイス/絶縁ゲート電界効果トランジスタ
7.半導体と絶縁膜の界面
MOSFETでは、ソース-ドレイン間電流をゲート電極にかける電圧でコントロールしています。以前に触れたことがあるようにMOSFETのこの原理は早くから提案されていたのに実用化はバイポーラトランジスタより遅れました。それはなぜだったのでしょうか。MOSFETでは半導体の上に絶縁膜という異質なものが着いています。これが理屈通りのものを作るのを難しくしていた原因です。
バイポーラトランジスタはpn接合を基本として作られています。pn接合では例えばp型のSiとn型のSiが接しています。以前に説明したようにp型とn型のSiでは添加されている微量の元素の種類が違いますが、母体は同じSiの結晶です。つまりp型とn型は電気的な性質は大きく異なりますが、物としての境はなく、地続きのようなものです。発光ダイオードのような化合物半導体を使う場合はヘテロ接合といって違う種類の半導体のpn接合が使われることもあります(といってもGaAsとAlGaAsのように似たもの同士の場合がほとんどですが)。しかし原子間の距離があまり違わない材料の組み合わせを選ぶようにしないとうまくいきません。
これに対してMOSFETのSiとSiO2はまったく違った物です。Siは結晶ですが、SiO2は結晶ではありません。原子が規則的に並んでいない固体を非晶質と言います。SiO2の結晶と言えば水晶がよく知られていますが、その他にも岩石のなかに含まれている石英などがあります。しかしこれらにしても原子間の距離はSiのそれとまったく異なり、例えSiの上にSiO2の結晶薄膜を作ることができても異種の材料の境を無くすことはできません。
MOSFETを作るとき、Si基板を酸素ガス中で1000℃前後の高温に加熱します。そうするとSi結晶の表面が酸化されてSiO2ができますが、Siと酸素はきちんと規則的に整列せず、SiO2は非晶質になります。きちんと整列しているSiのところに酸素原子がやってきてSi原子1個に対して2個の酸素原子が結び着きます。Si原子とSi原子の間の距離とSiと酸素の原子の間の距離は同じではないし、SiO2は1000℃程度では結晶化しないので、SiO2膜は非晶質になります。
しかもSiとSiO2の境界では原子の結合手の数がうまく合わないので、どうしてもSiや酸素の結合していない手ができてしまいます。こういうところにSi中の電子や正孔が捕らわれやすくなります。こういう異種の物質の界面にできて電子や正孔を捕まえるはたらきをするものを界面準位(または表面準位)と呼びますが、SiとSiO2の界面に、この界面準位ができるのを避けることはできません。
この界面準位があるとどういう不具合があるのでしょうか。4で説明したようにp型Si基板を使った場合、ゲート電極にマイナス電圧をかけると、SiとSiO2の界面には正孔が集まってきて蓄積状態ができます。この正孔が図7-1のように界面準位に捕まってしまいます。つぎにゲート電極をプラス電圧に切り替えたとします。本来なら正孔は界面に留まることができないのですが、界面準位に捕まっている正孔はそこから出にくく、出て行くのに少し時間がかかります。そうすると本来ならすぐにnチャンネルができるのに、少し時間がかかってしまいます。このように反応が遅れるのはMOSFETを高速で動かすときに問題になります。
別の問題もあります。界面準位に捕まった正孔は空乏状態や反転状態になっても準位に捕らえられたままになっている場合があります。前項で説明したようにゲート電極にプラス電圧をかけると、半導体側では空乏層中のマイナス電荷や反転層中の電子が生じることによって釣り合いがとれるのです。界面に正孔が捕らえられていれば、その分を打ち消すために空乏層が広くなったり、反転層の電荷量が増えたりします。つまりゲートの電圧を変えても思い通りにソース-ドレイン間電流がコントロールできないことになります。
このように界面準位の存在はMOSFETには好ましくないことだったので、これを極力減らす努力がなされました。そして現在ではこの界面準位はほとんど問題にならなくなっています。酸化膜を作る条件や基板の前処理の条件などによって界面準位の濃度を小さくすることができます。またSi基板表面の結晶の向きは決まったものが使われています。これは結晶の向きによって基板表面に並ぶ原子の密度が異なり、未結合手の数がちがってくるからです。
現在では界面準位などを気にかける人もいなくなりましたが、これは1960年代から1970年代にかけてSi-SiO2界面の研究が集中して行われ界面準位を減らすことができたからで、他の材料の組み合わせでこれほど界面準位が少なくできるものは未だにありません。