電子デバイス/絶縁ゲート電界効果トランジスタ

8.絶縁膜中の電荷

 IGFETの実用化が遅れた理由の一つは半導体と絶縁膜の界面にできる界面準位でしたが、実はそれだけではなかったのです。絶縁膜中にも本来はないはずの電荷があったのがIGFETが思い通りに動作してくれないもう一つの原因でした。

 普通のコンデンサではあまり考えないことですが、電極板の間の誘電体中に電荷をもった粒子があるとどういうことが起こるでしょうか。図8-1のように電極の間のある位置だけにプラスの電荷の層があるとし、電極の間に電圧をかけていない状態を考えます。すると2つの電極にはマイナスの電荷をもった電子が引き寄せられてきます(誘起される、と言います)。その誘起のされ方は誘電体の中の電荷の位置によって変わります。

 図8-1(A)のように電極1に近いところに誘電体中の電荷があると電極1に多くの電子が誘起され、図8-1(B)のように電極2に近いところに電荷があると電極2に多くの電子が誘起されそうなことは想像できると思います。実際には図のように一ケ所に集中して電荷があるというより、誘電体中に散らばって(分布して、と言います)電荷があるのが普通です。その場合でも、どちらの電極に近いところに多くの電荷があるかで、2つの電極に誘起される電子の量は決まってきます。誘電体中に一様に電荷が分布していれば、2つの電極に均等に電子が誘起されます。

 さてIGFETの場合に戻ると、この場合は図8-2のようにコンデンサの電極の片方は半導体です。この半導体がp型の場合、絶縁膜中にプラスの電荷があったとすると半導体中の正孔は絶縁膜との界面からは遠ざけられ、空乏層か反転層ができて、そのマイナス電荷がコンデンサの電極に誘起される電荷になります。この場合、ゲート電極に電圧をかけなくても勝手に反転層ができてしまいます。項で触れたようにこれが意図しないのにディプレッション型できてしまう原因です。

 さらに具合の悪いことは、絶縁膜中の電荷が動いて電荷の分布が変わると、それによって半導体側の状態が変化することです。これが起こってしまうとゲート電極に電圧をかけてソース-ドレイン間電流をコントロールしようとしても思い通りにいかないことになります。

 最初に取り上げた日本特許(1)はこの絶縁膜中の電荷の移動を扱ったものです。ゲート電極に電圧をかけた状態で高温(350℃くらい)に加熱し、20~30分というかなり長い時間そのまま保っていると、絶縁膜中の電荷が移動し、うまく条件を決めてやると、ゲート電圧がゼロでも反転層ができた状態を作れるとされています。この電荷は何かというと、陽イオンが動くと書かれています。

 SiO膜中の陽イオンとはアルカリイオン、特にナトリウム(Na)イオンであることがわかっています。非晶質のSiOはSiと酸素が編み目のようになっていて、Na原子は半径が小さいので、その網み目を縫うように動くことができます。ただ動くことができるといってもかなり高温に加熱した場合で、室温ではほとんど動けません。上記の特許はこのことを積極的に利用しようとしたものです。

 しかしSiO膜中にこのようなイオンが存在することはやはりあまりよいことではありません。長時間、電圧をかけて使っているとそんなに高温でなくてもイオンが動いてしまう恐れもあります。そこでSiO膜中からこのようなイオンを徹底的に排除する努力がなされました。Naは人体に多量に存在しますから、酸化前のSiウェハに人が触れるのはもちろんだめですし、酸化する炉などの装置も酸で洗浄するなどしてNaが付着するのを防ぐ必要があります。このような努力で現在ではSiO膜中のNaイオンの問題もほとんどなくなっています。

 以上のようにIGFETの開発初期にはいろいろな問題があって、設計通りに動作しないとか、時間が経つと特性が変わってしまうということが起こりました。しかし現在ではこのような問題はほとんど解決され、Si基板上にものすごく小さいIGFETを何十万個作ってもそれらすべてを正常に動作させることができるようになっています。この技術によって、コンピュータを支えるマイクロプロセッサやメモリが作製されているのです。

(1)特公昭41-3418号