産業/信頼性

19.金属材料の劣化

 半導体デバイスの動作は電気的エネルギーの入力または出力によるものですから、半導体の表面には通常、金属電極が設けられています。このため、半導体そのもの以外に、金属材料の劣化が原因となる半導体デバイスの故障も起こり得ます。

 ここでは代表的かつ特徴的な現象を二つほど取り上げます。

1.パープル・プレーグ(purple plague)  半導体デバイスを実装する際、チップ上の電極から電気配線を取り出すのに、ワイヤボンディングがよく用いられます。ワイヤにもっともよく用いられる金(Au)の細線を用い、チップ上のアルミニウム(Al)電極にボンディングした際(図19-1)、十分な接続強度が得られず断線が起こる場合があることは古くから知られています。

 ワイヤボンディングの原理は、加熱した下地金属の表面にワイヤを超音波などで圧力をかけて押し当てることで、下地金属とワイヤが合金を形成して接続させるというものです。AuとAlの組み合わせの場合も例外ではありません。

 AuとAlは金属間化合物 AuAl を作ります(1)。量論比 \(x\) と \(y\) は多くの値をとることが知られています。とくに \(x=1\)、\(y=2\) の AuAl2 は100~200℃程度に加熱した状態で生成されやすいことがわかっていて、パープル・プレーグと呼ばれています。

 このAuAl2は層状で脆い性質をもっているため、この化合物が形成されるとワイヤボンディングの強度が十分得られないことになり、ワイヤボンディングの信頼性に問題が起こる原因となります。

 対策としてはAlとAuの組み合わせを避けることが第一です。半導体上の電極金属を銅にしたり、ボンディングワイヤにAl線を用いるなどの手段が用いられます。また電極金属を多層にして表面をAuになるようにする、電極金属をはじめからAlとAuの合金にしてAuAl2の生成を防ぐ(2)などの方法も提案されています。

 なお、このパープル・プレーグの問題が生じるのはワイヤボンディングの場合に限りません。例えば文献(1)(2)ともチップ上のAl電極とリードを直接Auバンプで接合する例をあげています。

2.マイグレーション  マイグレーション(migration)とは「移動」を表す英語で、辞書を引くと移民とか鳥の渡りなどの意味があることがわかります。半導体分野では半導体表面に設けた電極の成分の金属原子(イオン)が移動する現象にこの呼び名が付けられています。この現象が生じると短絡や断線が生じて故障の原因となります。マイグレーションには大きく分けて以下の3つの種類があることが知られています。

(1)イオンマイグレーションまたはエレクトロケミカルマイグレーション  この現象は「発光ダイオード」の28項で説明していますが、電気化学的な現象です。この現象を起こすことでよく知られている金属は銀(Ag)です。銅(Cu)でも起こると言われています。

 Ag電極付近に水分の付着があるとAgがイオン化し、電界がかかるとAgイオンが 半導体表面や内部を移動し、負電極付近に析出する、といった現象です。Agは導電率が高く、また可視光の反射率も高い有用な材料ですが、この現象を防ぐにはAgの使用を避けるのが第一でしょう。どうしてもAgを使用したい場合には水分の侵入を確実に防ぐ封止が必要です。

(2)エレクトロマイグレーション  この現象は細い配線金属のなかで構成元素が移動することによるもので、Alで起こりやすいとされています。とくに集積回路などで金属配線の幅が非常に狭い場合などでは断線が生じるなど故障の原因となります。

 電流が流れているAl配線のなかでは図19-2(a)に示すように、Alがイオン化すればクーロン力によって正電位側から負電位側に移動しようとします。一方で配線中は電子が高い密度で負電位側から正電位側へ移動しています。この電子の粒子としての流れが原子と衝突し原子を押し流そうとします。このような電子の流れが向かい風のようにみえることから、これを「電子風」と読んでいますが、原子はこの風に押し戻されるように正電位側に移動します。Al配線の中では電子風の方がクーロン力の影響より大きいとされています。

 配線金属のAl薄膜は多結晶状態と考えられ、Al原子はあるエネルギーが与えられれば、自由に動けるようになります。多結晶の場合、結晶の粒界が多数あり、この粒界付近の原子は比較的低いエネルギーで自由原子になれると考えられます。

 原子が移動した跡は必ずしも別の原子が入ってくるわけではなく、そこには図19-2(b)のように空孔が形成されます。これが多数になると薄膜に切れ目が生じ、断線に至る場合もあると言えます。また移動した原子がある部分に集積されると、配線表面が膨らみ表面に凹凸(ヒロックという)が生じる場合もあります。

 このような現象による故障はブラックの式という次に示す経験式で表されることが知られています(3)。この式は平均寿命(MTTF)と電流密度 \(J\) や温度 \(T\) の関係を示しています。なお、ブラック(J.R.Black(アメリカ、モトローラ社))は1960年代にエレクトロマイグレーションのメカニズムを初めて解明した人です。 \[\mathrm{MTTF}=A\frac {S\exp \left ( E_{e}/kT \right )}{J^n }\] ここで \(A\) は定数、\(S\) は配線の断面積、\(E_{e}\)は活性化エネルギー、\(n\)は2~3程度の定数です。

 この式より、故障は温度の上昇とともに急速に早まり、電流密度が大きいほど早くなることがわかり、温度または電流による加速試験が行えることがわかります。

 この現象を防ぐ対策としては、配線にAlよりもマイグレーションが起こりにくいCuを使うことが考えられています。あるいはAlにCuその他の成分を添加することでも効果があることが知られています。また配線金属を保護膜で覆うことによっても原子の移動がが抑制されるとされています。

 試験方法としてはJEITAの4704A/B-101 「定電流エレクトロマイグレーション試験」の規定があります。

(3)ストレスマイグレーション  電流を流さず、温度を上昇させただけで、エレクトロマイグレーションと同様な症状で断線故障が起こることが知られています。これはAl配線と下地の絶縁膜との熱膨張係数の違いにより、配線に応力がかかることによると考えられています。Alの熱膨張係数はSiO2 などに比べると桁違いに大きいからです。

 図19-3(a)に示すように細く薄いAl薄膜に引っ張り応力がかかると、Al原子は応力方向に移動しようとし、その結果、図19-3(b)に示すように粒界部分に空孔が生じると考えられます。ただし実際には必ずしも粒界から断線が生じるとは限らないようです。

 ストレスマイグレーションを故障原因とする平均寿命は次式で表され、単純にアレニウス則に従うとされていて、温度加速試験が可能です。 \[\mathrm{MTTF}=B\exp \left ( E_{s}/kT \right )\]

試験方法としてはJEITAの4704A/B-102 「銅配線のストレスマイグレーション試験」の規定があります。

 AuAl2は紫色を呈するとされているため、紫色を意味するパープルが名前に含まれています。「プレーグ」は辞書を引くと、「疫病」とか「災害」といった意味があることがわかります。パープルプレーグは「紫色をした災い」といった意味と思われますが、最初に誰がこの情緒的な呼び方を始めたのでしょうか。

(1)特表平05-503397

(2)特開2000-349125

(3)J.R.Black, Proc IEEE, Vol.57,p.1587 (1969)