産業/信頼性

18.熱に起因する劣化

 半導体デバイス、とくに大きな電流を流すデバイス、例えば電源回路や電力増幅器に用いる電力用トランジスタや高出力発光ダイオードなどでは、最大接合(ジャンクション)温度などという規格値が定められていることがあります。

 半導体は温度上昇とともにキャリアが多く生成され、接合を流れる電流が増大し、この電流によってさらに温度上昇が促進されるという循環が生じ、やがて接合の融解による破壊に至るため、これを防ぐための規格が設けられているわけです。

 「半導体デバイスの物理」の5項で説明しているようにpn接合を流れる電流 \(I\) は、 \[I= I_{s}\lbrace \exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )-1 \rbrace\] と表されます。ここで \(V_b \) は印加電圧です。また\(I_s \) は飽和電流で \[I_{s}= e\left ( \frac{D_{n}}{L_{n}}n_{p}+\frac{D_{p}}{L_{p}} p_{n}\right )\] と表されます。\(D_n \)、\(D_p \)、\(L_n \)、\(L_p \) は電子、正孔の拡散定数、拡散距離です。また、\(n_p \)、\(p_n \)は接合から十分遠い位置における少数キャリア濃度です。多数キャリア濃度は不純物濃度にほぼ等しいので、「半導体物理」の40項を参照すれば \[n_p N_A =p_n N_D =n_i^2 \] の関係が成り立ちます。ここで   \[n_i^2 = N_{c}N_{v}\exp \left ( -\frac{E_{g}}{kT} \right )\] の関係があります。同38項によれば、\(N_c \)、\(N_v \)は温度 \(T\) に対して \(T^{3/2}\) という温度依存性しか持たないので、\(n_i^2 \) すなわち \(n_p \)、\(p_n\) の温度依存性はほぼ \(\exp \left ( -\frac{E_{g}}{kT} \right )\) に従うことになります。\(D_n \)、\(D_p \)の温度依存性も \(T\) のべき乗程度と考えられますので、電流 \(I\) も温度とともに指数関数的に増加すると考えられます。この電流が発熱を引き起こし、故障に至る原因となります。

 デバイスは電流を流さなければ機能を発揮しませんから、発生した熱をできる限り、外部に放散させ、温度上昇を防ぐことが重要となります。半導体デバイスのパッケージにはデバイスが発生する熱を吸収し、外界へ逃がすという重要な役割があります。

 パッケージから熱を逃げやすくするためには、発熱源であるチップが直接触れる基板やリードフレームなどを熱の伝わりやすい材料にすることがまずは考えられます。ただ折角熱がこれらに伝わっても、そこから外界に逃げずパッケージ内に留まってしまってはチップの温度を下げる効果は生まれません。

 パッケージにはいろいろな部材が組み合わせて使われているので、それらを通して熱がうまく外界に逃げるように設計する必要があります。この熱設計に関する考え方を以下で紹介します。

 図18-1(a)に示すように、距離 \(d\)(m)離れた2点A、Bがあり、A点の温度が \(T_A \) でB点の温度が \(T_B \) のとき、A点からB点へ向かって流れる単位面積当たりの熱量 \(q\)(単位 \(\mathrm{W/m^2} \) )は \[q=\kappa\frac{T_{B}-T_{A}}{d}\] と表されます。ここで \(\kappa \) を熱伝導率といい、単位は \(\mathrm{W/m\cdot K}\) です。この関係は1次元の場合のフーリエの法則とも呼ばれます。

 この式はつぎのようなオームの法則と同じ形をしています。 \[j=\sigma\frac{V_{Q}-V_{P}}{d}\] ここで図18-1(b)に示すように、P点の電位を \(V_P \)、Q点の電位を \(V_Q \) とし、PQ間を流れる単位面積当たりの電流を \(j\)(\(A/m^2 \))とします。\(\sigma\) は電流が流れる物質の電気伝導率(または導電率)で、単位はシーメンス(S)/m です。電位 \(V\) が温度 \(T\) に、電流 \(j\) が流れる熱量 \(q\) に対応し、熱伝導率 \( \kappa \) が電気伝導率 \(\sigma\) に対応します。

 電気伝導率の逆数が電気抵抗率 \(\rho \) ですから、 \[\rho=\frac{1}{\sigma}\] これにならって熱伝導率の逆数を熱抵抗率 \(r_H \) と定義します。 \[r_{H}=\frac{1}{\kappa}\]

 こうするとよいのは熱に関する設計を電気回路の設計と同じ考え方ですることができるようになることです。図18-2は発光ダイオードパッケージの一例の断面図です(1)

 発光ダイオードチップが金属ベースの上にダイボンドされています(ダイボンド材は図示を省略しています)。金属ベースは回路基板表面の導電層に接着剤によって接着されています。さらに回路基板の下面は接着剤によってヒートシンクに接着されています。ヒートシンクには表面積を大きくして外界に熱を放散しやすくするため、翼(フィン)が設けられています。

 図の右側にこのパッケージに対応した熱抵抗回路を示しました。\(R_m \)は金属ベースの熱抵抗、\(R_a1 \)は回路基板表面の接着剤層の、\(R_b \) は回路基板(導電層を含む)の、\(R_a2 \)は回路基板とヒートシンクを接着する接着剤層のそれぞれ熱抵抗です。

 この場合、チップからヒートシンクに至る間の熱抵抗 \(R\) は上記各部の熱抵抗の直列接続で表され \[R=R_{m}+R_{a1}+R_{b}+R_{a2}\] と書けます。つまり直列接続した電気抵抗と同じ表式となります。

 ここで具体的な数値例を挙げてみます。金属ベースが例えば銅でできているとすると、銅の熱伝導率はおよそ 400W/m.K です。これに対して樹脂の熱伝導率は一般に 1W/m.K 以下です。言い換えれば金属の熱抵抗率は樹脂の熱抵抗率に比べて1/10000でしかないことになります。

 実際の熱抵抗は各部材が同じ面積(単位面積)であるとすれば、各部材の厚さを熱抵抗率にかけた値になります。回路基板が樹脂であるとして、その厚さを金属ベースの厚さの1/10にし、樹脂接着剤は非常に薄くしたとしても、\(R_b \) は \(R_m \) の1000倍にもなり、全体の熱抵抗はほとんど回路基板部で決まることになります。

 このようなパッケージの熱伝導性を改善するには一例として図18-3のような構造にすることが考えられます(1)。チップを搭載した金属ベースの下部にネジ部を一体にして設け、金属ベースを直接ヒートシンクにネジ止めできるようにし、回路基板や接着剤を排除します。こうすると熱抵抗は金属ベースの \(R_m \)だけ考えればよく、これはほとんど 0 とみなせます。チップ温度はほとんどヒートシンクの温度と同じになると言えるわけです。

 なお、上記の例では熱の伝わる経路を一つだけしか考えていませんが、場合によっては2つ以上の経路があることがあります。例えばワイヤーボンドの線を通して回路基板の配線金属への熱の伝わりを考慮に入れる場合などです。チップから封止樹脂を介して空気中に逃げる熱も少ないながら存在するはずです。このような経路を考慮する場合は図18-2に示す直列回路に加えて並列の回路を加える必要があります。これも電流が分岐する電気回路と同様な考え方がとれます。このような複雑な伝熱経路を考える場合にむしろ熱抵抗の考え方は偉力を発揮します。

 以上は熱の流れが定常状態となった場合を想定した考え方ですが、過渡的な変化を考えることも可能です。デバイスに電流を供給し始めた直後の各部の温度の時間変化を考慮するには、各部の熱抵抗に並列にコンデンサに相当する熱容量を加えます。ここでは詳細な説明は省略しますが、デバイスで発生した熱が各部材に伝わり、各部材の温度がその熱容量に応じて時間とともに上昇する変化を抵抗とコンデンサが並列接続された電気回路の解析と同様に算出することができます。

(1)特開2010-50473