産業/信頼性
17.ラッチアップ
接合に関わる故障の一つに「ラッチアップ」と呼ばれる現象があります。それまで正常に動作していたデバイスが急に短絡状態になり、大きな電流が流れて破壊に至るような現象です。デバイスの電源端子や信号の入力端子から高電圧パルスが入力されたような場合に起こることが知れていて、前項の静電気放電がきっかけになることもあります。
これは単純なpn接合で起こる現象ではなく、例えば集積回路で用いられるCMOS(「集積回路」の7,8項参照)などを中心に発生することが知られていて、デバイス内の接合構造が複雑な場合に予期しない故障が生じます。
図17-1はn型基板に形成したCMOSの断面図です。n型基板の一部(図では左側)にp型の領域(ウェルと呼んでいます)を形成し、その表面にn型のソース、ドレイン領域を作って、nチャンネルIGFETが形成されています。右側はn型基板に直接、p型のソース、ドレイン領域を形成し、pチャンネルのIGFETが形成されています。
CMOSを形成するためにpチャンネルIGFETのソースを電源(\(V_{DD}\))、nチャンネルIGFETのドレインをグランド(接地)に接続します。さらに両ゲート電極を接続して入力端子とし、pチャンネルIGFETのドレインとnチャンネルIGFETのソースを接続して出力端子とします。図ではこれらの配線を外部接続したように示していますが、実際にはチップの表面上に金属薄膜によって配線も形成します。
ここで電源側から赤線のように経路をたどると、p型ソース領域とn型基板の間にpn接合、n型基板とpウェルの間にnp接合、pウェルとn型ドレイン領域の間にpn接合が形成されていることがわかります。これにより電源から接地の間にpnpn接合ができていることになります。
両側と真ん中の接合は逆極性になっているので、電源をどちらの極性にしてもこの経路では電流は流れません。ところでこのpnpn構造はサイリスタなどのデバイスに応用されています。詳細は負性抵抗素子のページで説明しますが、サイリスタは3端子素子で、両端のp層とn層にそれぞれアノード電極、カソード電極を設け、さらに中央のp型(またはn型)層に電極を設けます。この電極をゲート電極と呼び、ここにプラス電位を与えると素子はオン状態となり、アノード、カソード間に電流が流れるようになります。
ここで注意が必要なのは、pnpn構造の場合、一旦オン状態となると、ゲート電極の電位を下げてもオフにならないことで、ゲート電位によらず、オン状態が保たれます。オフにするにはアノード-カソード間の電圧をゼロにするしかありません。
CMOSに話を戻すと、何らかの原因でpウェルの電位が上昇すると、図の赤線の経路で電流が流れるようになります。この現象をラッチアップ(latch-upまたはlatchup)と呼んでいます。ここには本来電流が流れるとは想定されていませんので、とくに保護はされていませんから、回路は短絡に近い状態になり、大きな電流が流れ、放置すればCMOSが破壊することになります。
pウェルはnチャンネルが形成されるように、表面にゲート絶縁膜が形成され、その上にゲート電極が設けられています。したがってpウェルは電気的にはどこにも接続されていませんので、正電位になることはなさそうにみえます。しかしゲート電極に大きな負極性のパルスが加わると、コンデンサの対極に相当するpウェルは正電位が誘起されます。このとき上記経路が導通してしまう恐れがあります。
ラッチアップが発生する原因は、ゲート電極に加わるパルスであるわけですが、それがどこからくるかというと、例えば前項の静電気放電が挙げられます。装置外部での放電によって発生したパルスが電源回路を伝わってデバイスに印加される可能性があります。その他にも電源からの様々なノイズとしてパルス(サージとも言う)が入ってくることがあります。雷などもその原因です。またコンピュータシステムのように複数の装置を接続して使用するような場合には、電源投入の順序によっては装置内の電位が乱れ、これがラッチアップの原因となる場合もあると言われています。
このようなラッチアップの発生を防ぐにはいくつかの対策があります。 まずは電源側からのノイズを装置に入れないように対策することです。ノイズを吸収するようにコンデンサやフェライトコアなどを設けることが挙げられます。 また大きな電流が流れるのを防止する保護回路を設けることも有効です。 その他、装置間で電源投入順序が決められている場合には、当然ながらそれを守ることが必要です。
ラッチアップに対する信頼性試験としてはJEITA規格のED4701/306Bが規定されています。デジタル集積回路の入力端子に電流パルスを印加する方法や電源端子に過電圧を印加する方法が規定されています。
"latch"は一般用語としては「掛けがね」といった意味です。したがってラッチアップと言えば掛けがねが引っかかって外れなくなるといったような意味になります。ここからの連想で一旦オンになったら元に戻らないこの現象をこう呼ぶようになったと思われます。