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16.静電気破壊の理論モデル
この項では静電気放電によって接合が破壊されるとき、何が起こっているのかについての理論モデルを取り上げます。
このようなモデルはそれ程よく知られていませんが、少し調べてみると、現在のところWunsch-Bellモデルという1968年に発表された理論(1)が実験結果にも比較的よく合うということで一般に認められているようです。このモデルはつぎのような機構で接合破壊が起こると考えています。
静電気放電が起こると非常に短い時間に貯まっていた電荷が結合消滅しますが、それに伴って大きな電流が導体中を流れ、電流パルスが発生します。そこに電子機器などがつながっていると半導体デバイスにも電流が流れることになります。また直接つながっていなくても、静電誘導によって電流が流れることがあります。
この電流、すなわち電子の流れそのものによって半導体の接合が破壊されることも考えられますが、このモデルではそのような考えは採用していません。半導体中を電流が流れるとジュール熱により接合温度は上昇しますが、静電気放電による瞬時の電流が非常に大きいと接合温度は半導体が融解するほどの高温に急上昇し接合は破壊に至ると考えられます。つまり熱による温度上昇を考えたのがこのモデルです。
このモデルについてはいろいろな書籍や論文で触れられていますが、原論文(1)は別にして理論の詳細について書かれているものはあまり見かけません。そこで備忘のためも含めて少し丁寧に書いておきたいと思います。
まずは熱伝導理論のおさらいとして熱の伝わりを表す方程式を導きます。位置 \(x\) での熱の流れはその付近での温度 \(T\) の変化に比例すると考えます。1次元の式で表すと次式のようになります。 \[J=-\lambda\frac{\partial T}{\partial x}\tag{1}\] これをフーリエの法則と呼んでいます。ただし、熱の流れを表す \(J\) は熱流束密度(単位:W)という物理定数です。また \(\lambda\) は熱拡散定数(Wm/K)です。右辺にマイナス符合が付いているのは、温度が高い方から低い方への熱の流れを正とするためです。
一方、位置 \(x\) と \(x+\mathrm{d}x\) という狭い区間に流れ込む熱は、位置 \(x\) での温度の時間変化を引き起こします。差し引き流れ込む熱は位置 \(x\)と \(x+\mathrm{d}x\) での熱流束密度の差として表されますから、次式が成り立ちます。 \[C_{v}\frac{\partial T}{\partial t}=J\left ( x \right )-J\left ( x+\mathrm{d}x \right )\tag{2}\] ここで定数 \(C_{v}\) は熱容量(J/mK)と言います。実は \(C_{v}T\) はエネルギーに相当し、(2)式はエネルギー保存則に相当します。この式の右辺第1項の \(J \left ( x \right )\) に(1)式を用い、第2項の \(J \left ( x+ \mathrm{d}x \right )\) を \[J\left ( x+\mathrm{d}x \right )=J\left ( x \right ) +\frac{\partial J\left ( x \right )}{\partial x}\] と表して(2)式を書き直すと次式が得られます。 \[\begin{align} C_{v}\frac{\partial T}{\partial t} &=-\frac{\partial J\left ( x \right )}{\partial x} \\ &=\frac{\partial}{\partial x}\left ( \lambda\frac{\partial T}{\partial x}\right) \\ &=\lambda\frac{\partial^2 T}{\partial x^2}\tag{3}\end{align}\] この(3)式を熱伝導方程式と呼んでいます。これは拡散現象におけるフィックの第2法則と同じ形の偏微分方程式で、境界条件を与えると解くことができます。
ここでは数学的にまともに解く道筋を辿るのは止めにして、よく知られている解を示します。 \[T\left ( x,t \right )=\frac{Q}{\sqrt{4\pi\lambda t}}\exp\left ( -\frac{x^{2}}{4\lambda t} \right )\tag{4}\] この \(T\) を \(t\) で偏微分(\(x\) を定数とみなして微分)したものと、\(x\) で2回偏微分したものを比較すると(3)式を満たすことが示せます。つまり(4)式は(3)式の解の一つになっていることが確認できます。この解は \(t\) を 0に近づけると、 \[x\neq 0:~~~~t\rightarrow 0~~~~T\rightarrow 0\] \[x=0:~~~~t\rightarrow 0~~~~T\rightarrow \infty\] となります。また \[\int_{-\infty}^{\infty}T\left ( x,t \right )\mathrm{d}x=Q\] です。つまり \(t=0\) の初期状態では、\(x=0\) のところに \(Q\) という熱量が集中して存在するという境界条件での(3)式の解が(4)式であるということになります。熱量 \(Q\) のパルスが \(x=0\) のところに \(t=0\) の時点で投入され、その後の変化を(3)式は表していると言えます。
\(t=0\) の瞬間に、\(x=0\) のところに熱パルスが存在するというのは現実の姿からは少し遠いようにみえます。現実には一定時間 \(t_p \)、熱の投入が続くと考えると、温度 \(T\) は(4)式をこの時間の間で積分して \[T\left ( x \right )=\frac{Q}{\sqrt{4\pi\lambda}}\int_{0}^{t_{p}}\frac{1}{\sqrt{t_{p}-t}}\exp \left \{-\frac{x^{2}}{4\lambda \left ( t_{p}-t \right )}\right \}\mathrm{d}t\tag{5}\] のように示されます。これが結論の式ですが、このままでは実験値との比較はむずかしいので、もう少し変形を加えます。
まず \[\frac{1}{t_{p}-t}\rightarrow y\] のような変数変換を行います。 \[\frac{1}{\left ( t_{p}-t \right )^{2}}\mathrm{d}t=\mathrm{d}y \]あるいは \[\mathrm{d}t=\frac{\mathrm{d}y}{y^{2}}\] の関係を使って(5)式の積分を書き換えると \[T\left ( x \right )=\frac{Q}{\sqrt{4\pi\lambda }}\int_{1/t_{p}}^{\infty}y^{-3/2}\exp\left ( -\frac{x^{2}}{4\lambda } y\right )\mathrm{d}y \]と書けます。これをさらに部分積分の公式 \[\int u\left ( y \right )\frac{\mathrm{d} v\left ( y \right )}{\mathrm{d} y}dy=u\left ( y \right )v\left ( y \right )-\int \frac{\mathrm{d}u\left ( y \right )}{\mathrm{d}y}v\left ( y \right )\mathrm{d}y\] を使い、 \[u\left ( y \right )=\exp \left (-\frac{x^{2}}{4\lambda} y \right )\] \[v\left ( y \right )=-2y^{-1/2}\] とすると \[\begin{align}T\left ( x \right ) &= \frac{Q}{\sqrt{4\pi \lambda }}\left [ 2y^{-1/2}\exp\left (-\frac{x^{2}}{4\lambda } y \right ) \right ]_{1/t_{p}}^{\infty } \\ &- \frac{Q}{\sqrt{4\pi\lambda }}\cdot\frac{x^{2}}{2\lambda }\int_{1/t_{p}}^{\infty }y^{-1/2}\exp \left ( \frac{x^{2}}{4\lambda } y\right )\mathrm{d}y\tag{6}\end{align}\] となります。ここで上式右辺第1項は \(y \rightarrow \infty\) で 0 となるので、\(y=1/t_p\) の下限を計算すると
\[\begin{align}T\left ( x \right ) &= \frac{Q}{\sqrt{\pi\lambda }}\sqrt{t_{p}}\exp\left ( -\frac{x^{2}}{4\lambda t_{p}}\right ) \\ &- \frac{Q}{\sqrt{4\pi\lambda }}\cdot\frac{x^{2}}{2\lambda }\int_{1/t_{p}}^{\infty }y^{-1/2}\exp \left ( \frac{x^{2}}{4\lambda } y\right )\mathrm{d}y\tag{7}\end{align}\]
が得られます。
さて以後(7)式で \(x=0\) の位置を接合の位置とみなし、この点だけを考えます。上式右辺第2項には \(x^2 \) が含まれているので、この項は 0 となり、右辺第1項のみが残って \[T\left ( 0 \right )=Q\sqrt{\frac{t_{p}}{\pi\lambda }}\tag{8}\] という関係が得られます。
ここで接合に与えられる熱量は電流パルスによるジュール熱ですから、流れ込む電力を \(P\)、接合の断面積を \(A\) とし、半導体の密度を \(\rho\) 、比熱を \(C_p\) とすると \[Q=\frac{P}{A}\cdot\frac{1}{\rho C_{p}}\] の関係があり、また半導体の熱伝導率を \(K\) とすると、熱拡散定数 \(\lambda \) は \[\lambda=K\rho C_{p}\] と書けるので、(8)式は次のように書き換えられます。 \[T\left ( 0 \right )=\frac{P}{A}\sqrt{\frac{t_{p}}{\pi K\rho C_{p}}}\] これまで温度 \(T\) はとくに断らずに使用してきましたが、これは絶対零度を基準にした温度ではなく、熱量の投入による温度上昇を表しています。そこで基準となる室温を \(T_0 \)、接合が破壊する温度を \(T_B \) とすると、上式は \[\frac{P}{A}=\sqrt{\pi K\rho C_{p}}\left ( T_{B}-T_{0} \right )\frac{1}{\sqrt{t_{p}}}\tag{9}\] となります。これがWunsch-Bellモデルの結論の式です。破壊が生じるとき、流入電力 \(P/A\) は電流パルスの幅 \(t_p \) の平方根に反比例するという関係が示されています。
実験としてはパルス幅を固定し、投入電力を上げていき、どこで破壊が起きるかを調べるか、または投入電力を固定し、パルス幅を長くしていったときどこで破壊が起きるかを調べます。結果を \(\log\left ( t_{b} \right )\) と \(\log\left ( P/A \right )\)の関係にプロットすると図16-1のように傾きが1/2になれば本モデルが妥当であると言えます。
短いパルスの場合は破壊に大きな電力が必要で、長いパルスでは破壊に要する電力は小さいという点は常識的に理解でき、これが熱によって起こるならば、図のような関係が得られるというのが結論です。
(1)D.C.Wunsch and R.R.Bell, IEEE Trans.Nuc.Sci.,NS-15,p.244-259 (1968)