科学・基礎/半導体デバイス物理

5.pn接合を流れる電流

 前項で、pn接合に外部から電位差を与えた場合に、n側、p側の電子、正孔濃度を求めました。ただし外部から電位差を与えている、言い換えれば外部に電源をつないで電圧をかけている状態では、電子、正孔は全体として留まっていることはなく移動していますから、外部回路に電流が流れます。

 ここでは、以上を念頭にpn接合を流れる電流の式を求めます。電子、正孔の移動は第一に電界がかかることによって起きます。これによって流れる電流をドリフト(drift)電流と言うことがありますが、これは半導体物理学のセクションの8項(古典電子論)で求めたようにオームの法則で表されます。 \[J= -en\mu E\tag{1}\] ここで \(n\) は電子濃度、\(\mu\) は電子の移動度、\(E\) は電界です。

 また電荷の有無には関係なく、粒子の濃度に濃淡があると粒子は拡散という現象で濃度の濃い部分から薄い部分へ動いて濃度を一様にしようとします。粒子が電荷をもっていればこの拡散によっても電流が生まれます。これが第二の場合で、これを拡散電流と言い、すでに式を求めています(同10項)。 \[J= -eD\frac{\mathrm{d} n}{\mathrm{d} x}\tag{2}\] ただし \(D\) は拡散定数です。

 この2つの式がそのままpn接合を流れる電流を表すわけではありません。pn接合を作る半導体へのキャリアの出入りの収支が合っていることが必要です。そこで図5-1に示すように、断面積が1(単位面積)の半導体をx方向(1次元)に流れる電子を考え、微小な長さ \(\mathrm{d}x\) の部分への電子の出入りに着目します。

 この部分の中の電子数の変化は \[\frac{\partial n}{\partial t}\mathrm{d}x= -\frac{J_{n}\left ( x \right )}{e}+\frac{J_{n}\left ( x+\mathrm{d}x \right )}{e}-R_{n}\mathrm{d}x\tag{3}\] と書けます。ここで \(J_{n}\) は電子が移動することによる電流で、右辺第1項が入ってくる電子数、第2項が出て行く電子の数で、この両者の差が \(\mathrm{d}x\) の中の電子数の変化に相当します。

 しかし \(\mathrm{d}x\) の中で消えたり生まれたりする電子もあり得ます。例えば電子と正孔が再結合して消滅することがあり、また価電子が励起されて電子が生成されることもあります。

 (3)式右辺第3項は電子の再結合による消滅を表しています。\(R_{n}\) は再結合係数です。もちろん電子の生成を表す項も必要ですが、ここでは外部から流れ込む電子の方が支配的と考え、内部で生成する電子の項は省略しています。

 \(\mathrm{d}x\) は微小距離ですからこの幅のなかでの電流の変化は直線的(線形)とみなしてよいでしょう。それを式で表すと \[J_{n}\left ( x+\mathrm{d}x \right )= J_{n}\left ( x \right )+\frac{\partial J_{n}}{\partial x}\mathrm{d}x\] となります。これを(3)式に入れると \[\frac{\partial n}{\partial t}= \frac{1}{e}\frac{\partial J_{n}}{\partial x}-R_{n}\tag{4}\] が得られます。これは「電流連続の式」と呼ばれる電磁気学における基本式です。半導体中を流れる電流はこの式を満たしている必要があります。ここで \(R_{n}\) は電子の寿命 \(\tau_{n}\) を用いて \[R_{n}= \frac{\Delta n}{\tau_{n} }\] と書けるので、電流連続の式は \[\frac{\partial n}{\partial t}= \frac{1}{e}\frac{\partial J_{n}}{\partial x}-\frac{\Delta n}{\tau_{n} }\tag{5}\] とも書けます。

 さてpn接合を流れる電流は障壁を乗り越える方向に流れますから、ドリフト電流は原理的に流れず、拡散電流のみと考えられます。そこで(5)式に(2)式を入れて、 \[\frac{\partial n}{\partial t}= D_{n}\frac{\partial^{2} n}{\partial x^{2}}-\frac{\Delta n}{\tau_{n} }\tag{6}\] を得ます。ただし電子の拡散定数を \(D_{n}\) とします。

 いま考えるのは定常状態での電流ですから、\(\partial n/\partial t=0\) とすると次の式を得ます。 \[\frac{\partial^{2} n}{\partial x^{2}}-\frac{\Delta n}{D_{n}\tau _{n}}= 0\tag{7}\] ここで、\(\Delta n\) は電子濃度 \(n\) の平衡状態(電圧のかかっていない状態)の濃度 \(n_{0}\) からのずれですから(7)式は \[\frac{\partial^{2} n}{\partial x^{2}}-\frac{n-n_{0}}{D_{n}\tau _{n}}= 0\tag{8}\] と書き直せます。この微分方程式を解くためには境界条件が必要です。ここに前項で求めたp側の電子濃度を使います。pn接合の電位障壁のp側の一番端の位置を \(x=d\) とすると、この点での電子濃度 \(n \left ( d\right )\) は前項の結果より、 \[n\left ( d \right )= n_{p}\exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )\tag{9}\] であるはずですから、これを一つの境界条件とします。もう一つはp側の接合から十分遠い位置での電子濃度を \(n \left (\infty \right )\) とすると、 \[n \left ( \infty \right )= n_{p}\tag{10}\] が境界条件となります。

 (8)式の微分方程式を境界条件(9)、(10)のもとで解くと(解法は脇道が長くなるのでここでは割愛します)、 \[n-n_{p}= n_{p}\exp \left ( -\frac{x-d}{\sqrt{D_{n}\tau _{n}}} \right )\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right ) -1 \right \} \tag{11}\] となります。

 (2)式を用いて \(x=d\) において流れる電流 \(I_{n}\) を求めると \[I_{n}= en_{p}\frac{D_{n}}{L_{n}}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right ) -1\right \} \tag{12}\] となります。ここで \[L_{n}= \sqrt{D_{n}\tau _{n}}\] と置きました。正孔による電流 \(I_{p}\) も同様にして \[I_{p}= ep_{n}\frac{D_{p}}{L_{p}}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{b}}{k_{B}T} \right )-1 \right \} \tag{13}\] が得られます。全電流 \(I\) は(12)、(13)式の和をとって \[I= e\left ( \frac{D_{n}}{L_{n}} n_{p}+\frac{D_{p}}{L_{p}}p_{n}\right )\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )-1 \right \} \] となります。ここで\[I_{s}= e\left ( \frac{D_{n}}{L_{n}}n_{p}+\frac{D_{p}}{L_{p}} p_{n}\right )\] とおけば上式は \[I= I_{s}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )-1 \right \} \tag{14}\] と表されます。

 (14)式の \(I-V_{b}\) 特性をグラフに書くと図5-2のようになります。グラフは一例とし て \(I_{s}=0.1~mA\)、\(kT=0.025~eV\)として計算したものです。\(V_{b}\gg 0\)(順バイアス)の場合、(14)式の指数関数は急増し、すぐに1より大きくなるので、電流 \(I_{+}\) は  \[I_{+}= I_{s}\exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )\] と指数関数で近似されます。一方、\(V_{b}\lt 0\)(逆バイアス)の場合は指数関数の項は 0 に近づきますから、電流 \(I_{-}\) は \[I_{-}= -I_{s}\] となり、電流は一定値 \(-I_{s}\) に近づきます。これを飽和すると言い、\(I_{s}\) を飽和電流と言います。

 逆バイアスの場合は電子、正孔にとってpn接合の障壁はなくなります。このためドリフト電流が流れ、電流は電圧とともに増加しそうに思えますが、そうはならないことが示されています。これは上流側の電子または正孔は少数キャリアでその濃度が小さく、外部からはキャリアが供給されないためです。

 以上からpn接合に流れる電流は外部電圧の方向(極性)に対して非対称であることが示されました。飽和電流は非常に小さいので、pn接合ダイオードにはほとんど一方向にしか電流が流れないことになります。この性質を利用して交流を直流に直す、いわゆる整流ができることになります。