科学・基礎/半導体デバイス物理

4.pn接合における電子、正孔濃度

 前項では、p型とn型の半導体を接合したとき、どのような電位分布ができるかを算出しました。この状態は正負の電荷が釣り合った平衡状態ですから、電流は流れていません。pn接合をデバイスとして応用するときには電流を流して使います。そこでつぎはpn接合に流れる電流の式を求めたいわけですが、そのためにpn接合における電子と正孔の濃度をまず考える必要があります。

 言うまでもなくpn接合に電流を流すためにはp型半導体とn型半導体の間に電源をつないで電位差を与えます。例えばn側にマイナス電位を与えると、n型半導体に電子が入ってきます。n型半導体ですから平衡状態でも電子がたくさんいますが、それよりさらに電子が過剰になるので、電子はp側へ入り込もうとします。

 しかし前項で見たようにpn接合部分にはこの電子を流れを堰き止めるような電位障壁があります。n側にマイナス電位を与えるということはこの障壁を低めることを意味します。ただし、この障壁がなくなってしまうような高い電圧をかけることを考えているわけではありません。

 ところで電子はフェルミ分布というエネルギー分布をもっていることを「半導体物理」のセクションで示しました。電子のエネルギーは伝導帯の底の値だけをもっているわけではなく、図4-1のように高いエネルギーをもったものもあります。このためpn接合の障壁より高いエネルギーをもっている電子はこの障壁を越えることができます。その数がどの程度かをまず求めます(図の電子数は実際の濃度比を表している訳ではありません)。

 p側とn側の伝導帯の底のエネルギーを \(E_{Cp}\)、\(E_{Cn}\)、印加電圧を \(V_{b}\) とすると \[E_{Cp}-E_{Cn}= e\left ( V_{D}-V_{b}\right ) \] の関係があります。n側の電子がこの障壁を越えるためには \(E_{Cp}\) 以上のエネルギーをもつ必要があります。そのようなエネルギーをもつn側伝導帯の電子数 \(n_{n}\) は \[n_{n}= \int_{E_{Cn}+eV_{D}-eV_{b}}^{\infty }f_{e}\left ( E \right )D_{e}\left ( E \right )dE\tag{1}\] と表されます。

 ここで \(f_{e}\left (E \right)\) はフェルミ分布関数です。n側半導体のフェルミ分布関数は \[f_{e}\left ( E \right )= \frac{1}{1+\exp \left ( \frac{E-E_{Fn}}{kT} \right )}\] と表されます。\(E_{Fn}\) はn側半導体のフェルミエネルギーです。これをボルツマン分布で近似すれば \[f_{e}\left ( E \right )\simeq \exp \left (- \frac{E-E_{Fn}}{kT} \right)\tag{2}\] となります。

 \(D_{e}\left ( E\right )\) は伝導帯の状態密度で、n側半導体においては \[D_{e}\left ( E \right )= \frac{\left ( 2m_{e} \right )^{3/2}}{2\pi ^{2}h^{3}}\left ( E-E_{Cn} \right )^{1/2}\tag{3}\] であり、  (2)、(3)式を(1)式に入れて積分を具体的に書くと、 \[n_{n}= \frac{\left ( 2m_{e} \right )^{3/2}}{2\pi ^{2}h^{3}}\exp \left ( \frac{E_{Fn}}{kT} \right )\int_{E_{Cp}}^{\infty }\left ( E-E_{Cn} \right )^{1/2}\exp \left ( -\frac{E}{kT} \right )\mathrm{d}E\] となります。この積分は計算が難しいですが、\(E_{Cn}\) を \(E_{Cp}\) に置き換えられれば、 \[n_{n}= \frac{\left ( 2m_{e} \right )^{3/2}}{2\pi ^{2}h^{3}}\exp \left ( \frac{E_{Fn}}{kT} \right )\int_{E_{Cp}}^{\infty }\left ( E-E_{Cp} \right )^{1/2}\exp \left ( -\frac{E}{kT} \right )\mathrm{d}E\] となり、この形なら積分公式 \[\int_{0}^{\infty }\sqrt{x}\mathrm{e}^{-x}dx= \frac{\sqrt{\pi }}{2}\] が使えます。\(E_{Cn}\) を \(E_{Cp}\) に置き換えてもエネルギーが大きければ誤差は小さくなると考えられます。積分結果は \[n_{n}= N_{C}\exp \left ( -\frac{E_{Cp}-E_{F}}{kT} \right )\tag{4}\] となります。ただし \[N_{C}= 2\left ( \frac{2\pi m_{e}kT}{h^{2}} \right )^{3/2}\] です。p側の電子濃度 \(n_{p}\) も同様にして \[n_{p}= N_{C}\exp \left ( -\frac{E_{Cp}-E_{Fp}}{kT} \right )\tag{5}\] と表されます。(4)、(5)式から \[n_{n}= n_{p}\exp \left ( \frac{E_{Fp}-E_{Fn}}{kT} \right )\] が得られます。 \[E_{Fp}-E_{Fn}= eV_{b}\] の関係がありますから \[n_{n}= n_{p}\exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )\] という関係が得られ、電圧 \(V_{b}\) によってn側の電子濃度は指数関数的に増えることがわかります。

 p側の正孔濃度 \(p_{p}\) も同様にして \[p_{p}= p_{n}\exp \left ( \frac{eV_{b}}{kT} \right )\] と表されます。

 \(n_{n}\) と \(n_{p}\)(または \(p_{p}\) と \(p_{n}\) )の比、すなわち \(\exp \left ( eV_{b}/kT\right )\) の値がどのくらいか見積もっておきます。まず、\(kT\) ですが、ボルツマン定数 k は \(k = 8.6×10^{-5}\) (eV/K) ですから室温(T=300K)では \(kT\) は約0.026eVとなります。\(V_{b}\) は1V程度ですから \(eV_{b}\) は1eV程度であり、\(eV_{b}/kT\) はおよそ40くらいの値になります。ということは \(\mathrm{e}^{40}\) は非常に大きな値であり、図のイメージとはまったく違ってn側とp側の電子濃度(または正孔濃度)の比は非常に大きく、また \(V_{b}\) の増加に伴ってその比は急増することになります。