光デバイス/光制御素子

18.表面弾性波光制御素子

 10項で光弾性効果、音響光学効果について説明しました。この項ではこれらの効果を応用した光制御素子を取り上げます。光弾性効果は弾性体に応力を加えたとき、屈折率が変化する効果です。音響光学効果はこの応力を音波、特に超音波を伝搬させることによって発生させるものです。

 この音響光学効果を利用する方法として表面弾性波(Surface Acoustic Wave, SAW)があります。音波は一般に媒体内部にも伝搬できますが、表面弾性波はとくに媒体の表面に超音波を伝搬させるものです。これにより固体表面に屈折率の周期的変化を生じさせることができ、表面付近に光を伝搬させる光導波路と相性が良いと言えます。

 屈折率の周期的な変化は14項でも触れているように回折格子(グレーティング)の形成を意味しますが、表面弾性波によって形成される回折格子は固定的に作り込まれた回折格子とちがって制御可能な回折格子となります。制御可能とは外部信号によって回折格子を生じさせたり、消去できたりし、さらには回折格子の周期を可変にできることを意味します。

 回折格子のはたらきは基本的には光を回折させることなので、表面弾性波を使えばこの回折の状態を制御できることになります。具体的には回折によって光の進行方向を変える機能が基本となります。そのまま光偏向素子となりますし、光の向きを逸らすことによって強度を変調する光変調素子あるいは光スイッチともなります。

 まず固体表面に弾性波を伝搬させる方法を説明します。入力は電気信号です。電気信号を応力に変換するには圧電効果の逆の逆圧電効果を用います。このためには圧電効果をもつ材料を用いて電気-応力変換を行います。

 圧電効果をもつ材料は天然物から人工物まで多岐にわたっています。形態も単結晶などに限定されず、セラミクスなどが使われます。実際に素子に利用される物質としては、強誘電体が多いと思われます。もっともよく使われているのはPZTやPLZTと呼ばれるジルコン酸鉛系ですが、ニオブ酸鉛や半導体の酸化亜鉛などもあります。GaAsなど化合物半導体の利用も試みられています。

 この圧電材料の表面に電極を着けますが、通常は図18-1に示すような形状の、いわゆる櫛形電極を組み合わせたものが使われます。これは交叉歯電極あるいはIDT(Interdigital Transduser)と呼ばれます。このような形状にするのは対向する電極の長さをできるだけ長くするためです。

 この電極に交流電圧を加えると、圧電体に弾性波が励振され、基板表面を伝搬します。基板他端に負荷抵抗を設けたもう一対のIDTを設ければ、弾性波はここで吸収されるので、基板表面では進行波となります。基板表面に導波路を設け、弾性波の進行方向に直角に光を伝搬させると、この光は弾性波によって形成されている屈折率変化によって回折され、方向が変化します。この弾性波による光の回折については付録6で補足しています。

 以下に以上のような表面弾性波を利用した光制御素子の代表例として光偏向素子を紹介します。

 光導波路を伝搬する光の方向を制御するのは表面弾性波の基本的なはたらきです。基本的な素子構造の例を図18-2に示します。

 圧電効果をもつ材料の表面にスラブ導波路が形成されていて、その表面にIDTを設け、これに交流電圧をかけて表面弾性波(SAW)を発生させるようにします。IDTは一対になるように設けていますが、一方は電源を接続したSAWの励振用です。他方は吸収用で、負荷抵抗を接続してSAWを終端させますが、無くても構いません。

 この表面弾性波が伝搬する方向とほぼ直角に光を伝搬させます。スラブ導波路に光を導入し、取り出すために図では一対のグレーティングカプラを設けていますが、これはプリズムを設けてもよいですし、レンズを使うなど何らかの方法で導波路の端面に光を結合しても構いません。

 導波光は表面弾性波がつくる回折格子で回折され、方向を変えます(偏向されます)。入力交流電圧の周波数 \(f\) を変化させれば、偏向方向を連続的に変化させることができます。原理の説明のため図18-3を示します。

 音波は図の下側から上方に向かって幅 \(L\) をもって進行するとし、入射光は音波の進行方向に対して直角に近い角度で図のように入射するとしますが、その進行方向は音波の進行方向と反対方向の成分をもつとします。

 幅 \(L\) が十分大きいとすると回折はブラッグ回折になり、回折光の波数ベクトル \(\boldsymbol{k}_d\) と入射光の波数ベクトル \(\boldsymbol{k}_i\) の関係は、音波の波数ベクトルを \(\boldsymbol{k}_s\) とすると、

\[\boldsymbol{k}_d =\boldsymbol{k}_i +\boldsymbol{k}_s\]

となり、角周波数 \(\omega\) は、同じ添え字を付けて表せば

\[\omega_d =\omega_i +\omega_s\]

が成り立ちます。なお、音波の伝搬方向が逆方向(図で言えば上方から下方に向かう)場合は \(\boldsymbol{k}_s\)、及び \(\omega_s\) の符号が反対のマイナスとなります。ただし、実際には音波の周波数は光の周波数に比べてずっと小さいので、\(\omega_s\) は無視でき、\(\omega_d \simeq \omega_i \) が成り立ち、\(\boldsymbol{k}_d \simeq \boldsymbol{k}_i\) も成り立ちます。したがって

\[|\boldsymbol{k}_s |\sin\theta =|\boldsymbol{k}_i |/2\]

となります。入射光の真空(または空気)中での波長を \(\lambda\)、音波の波長を \(\Lambda\) とすると、

\[2n\Lambda \sin\theta=\lambda\]

の関係、すなわちブラッグ回折の関係が得られます。\(n\) は弾性体(導波路)の屈折率です。\(\lambda\ll\Lambda\) ですから、\(\theta\) は非常に小さいことになり、したがって近似的には

\[\theta\simeq \frac{|\boldsymbol{k_i}|}{2|\boldsymbol{k_s}|}=\frac{\lambda}{2n\Lambda}\]

が成り立ちます。さらに入力信号の周波数を \(f\)、音速を \(v_s\) とすると、上式より

\[\theta=\frac{\lambda}{2nv_s}f\]

の関係が得られ、偏向角はそれが小さい範囲では入力信号の周波数に比例することが分かります。

 2つ以上の入力信号周波数を用いて表面弾性波の方向を切り換えることにより、光スイッチあるいは光変調器としても使うことができます。

 上記の関係は光が理想的な光線である場合に成り立ちます。しかし実際の光は一定の広がりをもつ光ビームです。通常このような光ビームは中心から周囲に向かって強度が正規分布になったガウシアンビームと仮定して扱いますが、このガウシアンビームは進行するに従って広がります。この辺りは付録9で説明しています。

 図18-4はこのような光ームが反射面で反射された後、角 \(\delta\theta\) で広がる様子を示しています。反射前の入射ビームも進行とともに広がりますが、図では省略して示しています。

 この反射面が上記の弾性波であるとして入射ビームが偏向される場合、偏向角 \(\Delta\theta\) が \(\delta\theta\) より小さいと光のスポットが分離できないことになります。そこで光のスポットが分離できる最小の偏向角が重要になります。この限界の偏向角を偏向素子の分解能と呼んでいます。

 小な周波数変化 \(\Delta f\) に対する偏向角の変化を \(\Delta\theta\) とすると上式から

\[\Delta\theta=\frac{\lambda}{2nv_s}\Delta f\]

 入射光ビームをガウシアンビーム(付録9参照)とみなし、その広がり角 \(\delta\theta\) は位置 \(z\) でのビーム径を \(D\) とすると

\[\delta\theta =\frac{z\lambda}{\pi nD}\]

で与えられます。分解できる最小のスポット数 \(N\) は \(\Delta\theta\) と \(\delta\theta\) の比で表されると考えられるので、

\[N=\frac{\Delta\theta}{\delta\theta}=\frac{\pi}{4}\Delta f\left (\frac{D}{v}\right )\]

となります。この \(N\) が光偏向素子の分解能となります。