光デバイス/光制御素子
<付録9>ガウシアンビーム
ここで取り上げている光制御素子は入射した光に何らかの作用を及ぼして出射する機能素子ですが、素子への光の入出射は光ファイバのような光導波路を結合して行う場合が多いですが、レーザビームのような光ビームを直接結合して使う場合もあります。
そのような場合、光ビームの性質を知っておく必要があります。身近な道具としてレーザポインタというのがあります。スクリーン上に投影された画面を指し示すのに使われますが、これから出射されるレーザビームが空間を伝わる光ビームの例です。赤色などの可視光が使われますが、空間に塵や煙などの浮遊物がないと直進するビームはあまり見えませんが、スクリーン上にはもちろんスポット状の反射光を視認できます。
このレーザビームがスクリーンに直角に照射されている場合、スクリーン上のスポットは円形状に見えると思います。この円内の光の強度は一様でしょうか。小さいので視認は難しいかも知れません(レーザポインタの光でも直接目に入れるのは安全上避けた方がいいので、スクリーンからの反射光もあまり凝視しない方がいいと思いますが)。
普通に想像してもスポット内の光強度が一様とは考えにくく、中心が強く外周にいくにしたがって弱くなっているように思われます。その強度分布は大方、正規分布(ガウス分布)のようになるのではないかと推測されるのではないでしょうか。
この推測は正しく、マックスウェルの方程式から空間を伝わる光(電磁波)の強度分布を求めると、ガウス分布が導かれます。これをガウシアンビームと呼んでいます。以下にその導出を示し、さらにガウシアンビームの性質を説明します。
つぎの真空中のマクスウェルの方程式から出発します。
\[\begin{align}\nabla\times\boldsymbol{E} &= -\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t} \\ \nabla\times\boldsymbol{B} &= \varepsilon_0 \mu_0 \frac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}\end{align}\]
この2式よりつぎの波動方程式が得られます。
\[\nabla^2 \boldsymbol{E}-\varepsilon_0 \mu_0 \frac{\nabla^2 \boldsymbol{E}}{\partial t^2}=0\]
ただし、\(\nabla\times\nabla\times\boldsymbol{E}=\nabla (\nabla\cdot\boldsymbol{E})-\nabla^2\boldsymbol{E}\)、\(\nabla\cdot\boldsymbol{E}=0\) の関係を用いました。ここで電界 \(\boldsymbol{E}\) をxyz座標にとり、周波数 \(\omega\) の平面波とします。すなわち
\[\boldsymbol{E}(x,y,z,t)=\Re\lbrace\boldsymbol{E}(x,y,z)\rbrace\exp(i\omega t)\]
を上の波動方程式に代入すると、ヘルムホルツ方程式
\[(\nabla^2+k^2)\boldsymbol{E}(\boldsymbol{r},\omega)=0\tag{1}\]
が得られます。ただし、\(\boldsymbol{r}=(x,y,z)\)、\(k\) は波数で、\(k=2\pi/\lambda=\omega/c\) です。ここで電界 \(\boldsymbol{E}\) を平面波
\[\boldsymbol{E}(\boldsymbol{r})=\boldsymbol{E}_0 (\boldsymbol{r})\exp (-ikz)\]
として(1)式に代入すると
\[\left (\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}-2ik\frac{\partial}{\partial z}\right )\boldsymbol{E}_0 (\boldsymbol{r})=0\]
が得られます。ここで光の進行方向(z方向)の電界成分の変化は小さいとすると(近軸近似)、
\[\left (\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}-2ik\frac{\partial}{\partial z}\right )\boldsymbol{E}_0 (\boldsymbol{r})=0\tag{2}\]
となり、これを近軸ヘルムホルツ方程式と呼ぶことがあります。
この(2)式を満たす電界 \(\boldsymbol{E}\) を求めることになります。その手順は多くの文献等に示されていますが、少しずつ異なるようです。ここでは解として初めからつぎのガウス分布型の関数
\[\boldsymbol{E}_0(x,y,z)=\exp\left [-i\left\lbrace a(z)+\frac{k}{zb(z)}(x^2+y^2)\right\rbrace\right ]\tag{3}\]
を仮定します。ここで \(a(z)\)、\(b(z)\) は \(z\) を変数とする未知の関数です。(3)式を(2)式に代入し、微分を計算すると次のような結果が得られます。
\[\left (\frac{\partial^2}{\partial x^2 }+\frac{\partial^2}{\partial y^2} \right )E=\left (-2i\frac{k}{b(z)}-\frac{k^2}{\lbrace b(z)\rbrace^2}r^2\right )E\tag{4}\]
\[\frac{\partial E}{\partial z}=\left (-i\frac{\mathrm{d}a}{\mathrm{d}z}+i\frac{k}{2b(z)}r^2 -\frac{\mathrm{d}b(z)}{\mathrm{d}z}\right )E\tag{5}\]
(4)、(5)式を(2)式に代入すると
\[\left (-2i\frac{k}{b(z)}-\frac{k^2}{\lbrace b(z)\rbrace^2}r^2 -2k\frac{\mathrm{d}a(z)}{\mathrm{d}z}+\frac{k}{2b(z)r^2}\right )E=0\tag{6}\]
(6)式が \(r\) に依らず成り立つためには \(r^2\) の項の係数と定数項がともに 0 でなければならないので、つぎの2式が成り立ちます。
\[\frac{k^2}{\lbrace b(z)\rbrace^2}\left (-1+\frac{\mathrm{d}b(z)}{\mathrm{d}z}\right )=0\]
\[-2k\left (\frac{i}{b(z)}+\frac{\mathrm{d}a(z)}{\mathrm{d}z}\right )=0\]
したがって
\[\frac{\mathrm{d}b(z)}{\mathrm{d}z}=1\tag{7}\]
\[\frac{\mathrm{d}a(z)}{\mathrm{d}z}=-\frac{i}{b(z)}\tag{8}\]
となります。(7)式より \(b(z)=z+b_0\) となります。ここで積分定数 \(b_0\) を実数と仮定すると(3)式より
\[|\boldsymbol{E}|=|\exp\lbrace-ia(z)\rbrace\exp\lbrace -ikr^2/2b(z)\rbrace|=\exp [\Im\lbrace b(z)\rbrace]\]
となり、\(|E|\) が \(r\) に依存しないことになってしまい、不合理です。そこで
\[b_0 =iz_R\]
と置くことにします。ここで \(z_R\) は実数で、 \(b_0\) は純虚数とします。
つぎにこの関係を用いて(8)式の方を計算します。
\[i\frac{\mathrm{d}a(z)}{\mathrm{d}z}=\frac{1}{b(z)}=\frac{1}{z+iz_R}\]
これを両辺積分して
\[\begin{align}ia(z) &= \ln (z+iz_R)-\ln(iz_R)+ia(0) \\ &=\ln\left (1-i\frac{z}{z_R}\right )+ia(0) \\ &=\ln\sqrt{1+\left (\frac{z}{z_R}\right )^2}-i\tan^{-1}\left (\frac{z}{z_R}\right )+ia(0)\end{align}\]
ここで \(g(z)=\tan^{-1}\left (\frac{z}{z_R}\right )\) とすれば
\[a(z)=-i\ln\sqrt{1+\left (\frac{z}{z_R}\right )^2}-g(z)+a(0)\]
となります。以上の結果を(3)式に代入すると、求める電界 \(E(r,z)\) は次のように求められます。
\[\begin{align}E(r,z) &= \exp\left\lbrace -i\left (a(z)+\frac{k}{2b(z)}r^2\right )\right\rbrace \\ &= \exp\left\lbrace -\ln\sqrt{1+\left (\frac{z}{z_R}\right )^2}+ig(z)-ia(0)-ik\left (\frac{r^2}{2R(z)}-i\frac{\lambda r^2}{2\pi w(z)}\right )\right\rbrace \\ &= \frac{\mathrm{e}^{-ia(0)}}{\sqrt{1+\left (\frac{z}{z_R}\right )^2}}\mathrm{e}^{ig(z)}\exp\left\lbrace -i\frac{kr^2}{2R(z)}-\frac{r^2}{\lbrace w(z)\rbrace^2}\right\rbrace \\ &= \frac{w_0 \mathrm{e}^{-ia(0)}}{w(z)}\mathrm{e}^{ig(z)}\exp\left\lbrace -i\frac{kr^2}{2R(z)}-\frac{r^2}{\lbrace w(z)\rbrace^2}\right\rbrace\end{align}\]
ただし、
\[R(z)=z\left\lbrace 1+\left (\frac{z_R}{z}\right )^2\right\rbrace\tag{9}\]
\[w(z)=w_0\sqrt{1+\left (\frac{z}{z_R}\right )^2}\tag{10}\]
\[w_0=\sqrt{\frac{2z_R}{k}}=\sqrt{\frac{\lambda z_R}{\pi}}\tag{11}\]
としました。上式では \(a(0)\) が定まっていませんが、これは \(E\) を規格化することによって定まります。すなわち、
\[\int |E|^2 \mathrm{d}x\mathrm{d}y=1\]
より、
\[\int\exp\left (-2\frac{x^2 +y^2}{\lbrace w(z)\rbrace^2}\right )\mathrm{d}x\mathrm{d}y=\frac{2}{\pi \lbrace w(z)\rbrace^2}\]
となるので
\[E(z)=\sqrt{\frac{2}{\pi\lbrace w(z)\rbrace^2}}\exp\left [i\left\lbrace g(z)-\frac{kr^2}{2R(z)}\right\rbrace-\frac{r^2}{\lbrace w(z)\rbrace^2}\right ]\tag{12}\]
が得られます。これを基本ガウシアンビームと呼びます。光の強度 \(I(r,z)\) についてはつぎのように表せます。
\[I(r,z)=\frac{1}{2}\sqrt{\frac{\varepsilon_0}{\mu_0}}|E(r,z)|^2 =I(0,0)\left (\frac{w_0}{w(z)}\right )^2 \exp\left (-\frac{2r^2}{\lbrace w (z)\rbrace^2}\right )\tag{13}\]
この強度分布を付図9-1に示します。
以下、式中の各パラメータについて少し説明します。
まず、指数の実部の分母 \(w(z)\) はガウス分布の標準偏差ですから、ビームの広がり(Beam Radius)を表します。この様子を付図9-2に示します。位置 \(z\) の\(w(z)\) における電界の強度は\(z=0\) の電界強度の1/eになります。\(z=0\) の位置をビームウェスト(Beam waist) と呼び、このときの \(w(0)=w_0\) をビームウェスト半径と呼びます。また \(z=z_R\) のとき、\(w(z_R)=\sqrt{2}w_0 \) となりますが、この \(z_R\) をレイリー長(Rayliegh Range)と呼びます。
さらに \(z\gg z_R\) となると、\(w(z)\) は図からわかるように \(z\) にほぼ比例して増加するようになります。この増加が漸近する直線とz軸がなす角 \(\theta\) はつぎのように表されます。
\[\theta=\lim_{z\rightarrow\infty}\frac{w(z)}{z}=\frac{w_0}{z_0}=\frac{\lambda}{\pi w_0}\tag{14}\]
つぎに指数の虚部について考えます。
まず \(R\) ですが、\(z=0\) に点光源があるとすると、それによる電界 \(E\) は球面波になり、
\[E(r)\propto\frac{1}{r}\exp (-ikr)=\frac{1}{r}\exp\left (-ik\sqrt{x^2 +y^2 +z^2}\right )\]
と書けるはずです。近軸近似、\(x^2 +y^2 \ll z^2\) を適用すると
\[E(z)\simeq\frac{1}{r}\exp i\left\lbrace\left (-kz-k\frac{x^2+y^2}{2r}\right )\right\rbrace\tag{15}\]
となります。この式と(12)式を比べると、\(R\) は \(r\) に対応していることがわかり、波面の曲率を表していると考えられます。(9)式から、\(R(0)=\infty\)、\(R(z_R)=2\)、また \(z\gg z_R\) では \(R(z)=z\) となることがわかります。これより\(z=0\) では平面波で \(z\) が十分大きくなると球面波に近づくことがわかります。付図9-2の等位相面はこの変化の様子を示しています。
つぎに \(g(z)=tan^{-1}(z/z_R)\) ですが、(13)式の \(-kz\) の替わりに入っています。つまり球面波とは異なる位相変化が起こることを示しています。\(g(z)\) にはグイ(Gouy) 位相という名前が付いています。