光デバイス/光制御素子
<付録6>弾性波による光の回折
10項では光弾性効果を現実的に応用するため、音波を圧力源とする音響光学効果について説明しました。ただし弾性体中に伝搬させた音波と光がどのように相互作用するかについてはほとんど説明していません。ここではデバイス応用に直接関係するこの相互作用について説明します。
この音響光学効果を利用するため、固体弾性体の表面に超音波を伝搬させる表面弾性波が多く利用されます。音波の振動による圧力を弾性体の表面に沿って加えると表面弾性波が弾性体表面を伝搬し、固体表面に屈折率の周期的変化を生じさせることができます。屈折率の周期的な変化は回折格子(グレーティング)の形成を意味しますが、これは固定的なものではなく、表面弾性波によって制御された回折格子となります。
この回折格子に外部から光が入射したとき、どのような干渉が起こるかを考えます。付図6-1に示すように、厚さ \(W\) の弾性体に下面から超音波を加えて弾性波を伝搬させると屈折率の周期変化が生じます。これに対して横方向の表面から光を入射させた場合、どのような回折が起こるかを考えます。
初めに屈折率の周期変化が移動しない場合を考えます。超音波が弾性体内で定在波になっている場合に相当し、弾性体端部に音波の反射体を設けて定在波を作ります。音波の波長を \(\Lambda\)、速度(位相速度)を \(V\) とします。この弾性体に横方向から直角に波長 \(\lambda_0\) の光を入射すると回折が生じます。光速 \(c\) は音速 \(V\) よりずっと大きいので、光が幅 \(w\) の弾性体を通過する時間は音波が1波長分伝搬する時間よりずっと短いと言えます。すなわち、\(w/c\ll\Lambda/V\) です。このため光が弾性体を通過する間、屈折率 \(n\) は一定とみなせます。
したがって光の入射表面と出射表面における位相差 \(\Delta\psi\) は
\[\Delta\psi =2\pi\frac{w}{\lambda}=2\pi\frac{nw}{\lambda_0}\]
と書けます。ただし \(n\) は弾性体の屈折率、\(\lambda\) は弾性体中における光の波長です。弾性体の光が出射する側の面において音波の同位相の波面は距離 \(\Lambda\) の間隔で並んでいることになります。したがって同じ間隔で同じ位相の光が出射側の端面から出射することになります。ホイヘンスの原理(「結晶光学」13項参照)によれば、距離 \(\Lambda\) の間隔で出射端面で素元波が生じると考えてよいと言えます。したがって \(m\) 次の回折光の回折角 \(\theta_m\) は
\[\Lambda\sin\theta_m =m\lambda_0\]
で与えられます。
つぎに音波が進行波である場合を考えます。この場合は音波の同位相の波面が速度 \(V\) で弾性体内を移動します。付図6-2に示すように弾性体外部の空気中から光が角 \(\Theta_1\) で屈折率 \(n\) の弾性体に入射するとき、屈折角 \(\theta_1\) は、スネルの法則により
\[n\sin\theta_1 =\sin\Theta_1\]
の関係で表されます。
この光が弾性体内を移動する弾性波の波面で反射されますが、同位相の位置間の距離 \(\Lambda\) (音波の波長)だけ離れた波面で反射されるとき、その光路長差は \(2\Lambda\sin\theta_1\) で与えられます。したがって1次の回折光が生じる条件は
\[2\pi\frac{2\Lambda\sin\theta_1}{\lambda}=2\pi\times 1\]
です。これはすなわち結晶のX線回折について導かれたブラッグの式
\[2\Lambda\sin\theta_1 =\lambda\]
と同じ関係であることがわかります(「結晶の話」11項参照)。この式の両辺に \(n\) をかけて \(\lambda=\lambda_0 /n\) の関係を用いると
\[2\Lambda\sin\Theta_1 =\lambda_0\]
となり、弾性体の内外において同じ形の関係が成り立ちます。弾性波の波面で反射せず、そのまま弾性体外へ出る光を0次光とすると、この0次光と1次の回折光がなす角 \(\Delta\Theta_1\) は
\[\Delta\Theta_1 =2\theta_1 \simeq 2\sin\theta_1 =\lambda/\Lambda\]
と書けます。ただし \(\theta_1\) は小さいとして \(\sin\theta_1 \simeq\theta_1\) の近似を用いました。
さらに2次以上のm次回折光が存在する場合、このm次回折光は弾性波の波面に対して角 \(\theta_m\) で反射されるとすると、
\[\Lambda\sin\theta_1 +\Lambda\sin\theta_m =m\lambda\]
であり、0次光とm次の回折光がなす角 \(\Delta\Theta_m\) については
\[\begin{align}\Delta\Theta_m &=\Theta_1 +\Theta_m \\ &\simeq\sin\Theta_1 +\sin\Theta_m = n(\sin\theta_1 +\sin\theta_m ) \\ &= n\frac{m\lambda}{\Lambda}=m\frac{\lambda_0}{\Lambda} \\ &= m\Delta\Theta_1\end{align}\]
が成り立ちます。
ところで超音波が進行波の場合、波面で反射する光は反射前後で波長が変化すると考えられます。これはドップラー効果によるものです。ドップラー効果とは静止した観測者に対して音源が近づくように移動する場合は音の周波数が上がり、遠ざかる場合は周波数が下がって観測者に聞こえる現象のことで、光の場合も同様にいわゆるレッドシフト、ブルーシフトが生じる現象です。
ここでの現象は反射光の反射位置が、反射面すなわち弾性波の波面の移動とともに移動していることによります。この反射面の移動を考慮した場合について以下、考察します。
付図6-3は「結晶光学」2項の図2-1と同様に反射面での光束の様子を示す図です。弾性波の波面Pに対して光束ABが角度 \(\theta\) で入射するとします。光束の一端AがA'で反射面Pに到達したとき(\(t=0\)とします)、対応する他端B'はまだ反射面に到達しておらず、\(\Delta t\) だけ遅れて反射面のB"に到達するように思われますが、実際は反射面PはP'に移動しており、光束の他端Bはb”で反射面に到達することになります。このときA'で反射した光束はa"に達しています。
AB間の距離を \(\overline{\mathrm{AB}}\) と表すと
\[\overline{\mathrm{A'a"}}=\overline{\mathrm{B'b"}}=c\Delta t\]
が成り立ちます。A'b"の距離の波面P方向の成分を \(x\) とすると
\[x=\frac{\overline{\mathrm{A'a"}}-V\Delta t\sin\theta'}{\cos\theta'}=\frac{\overline{\mathrm{B'b"}}+V\Delta t\sin\theta}{\cos\theta}\]
となりますが、\(V\ll c\) であり、\(\theta\)、\(\theta'\) も小さいとすると、上式の分子第2項は無視できます。したがって\(\overline{\mathrm{A'a"}}=x\cos\theta'\)、\(\overline{\mathrm{B'b"}}=x\cos\theta\) とみることができます。このため \(\overline{\mathrm{A'a"}}\simeq\overline{\mathrm{A'A"}}\)、\(\overline{\mathrm{B'b"}}=\overline{\mathrm{B'B"}}\) と見なせるので、波面の移動は無視してよいことになります。
そこで経路AA'A"A'"と経路BB'B"B'"を通る光の位相差は
\[2\pi\frac{\mathrm{B'B"}}{\lambda}-2\pi\frac{\mathrm{A'A"}}{\lambda'}=2\pi\left(\frac{X\cos\theta}{\lambda}-{X\cos\theta'}{\lambda'}\right )=2m\pi\]
すなわち
\[X\left (\frac{\cos\theta}{\lambda}-\frac{\cos\theta'}{\lambda '}\right )=m\]
となります。上式が \(X\) によらず成り立つためには \(m=0\) すなわち
\[\frac{\cos\theta}{\lambda}=\frac{\cos\theta'}{\lambda'}\]
が成り立たなければなりません。
波長 \(\lambda\) の入射光の振動数 \(f\) は、光速を \(c\) として \(f=\lambda/c\) です。光を反射する波面は速さ \(V\) で移動しているので、反射後の光の振動数 \(f_p\) はドップラー効果により
\[f_p =\frac{c+V\sin\theta}{c}f=\frac{c+V\sin\theta}{\lambda}\]
となります。移動する波面は振動数 \(f_p\) の光を発する光源とみなせます。この移動の速度成分は \(V\sin\theta'\) ですから、静止している観測者からみた反射光の振動数 \(f'\) は
\[f'=\frac{c}{c-V\sin\theta'}f_p =\frac{c+V\sin\theta}{c-V\sin\theta'}\frac{c}{\lambda}\]
となります。波長に直せば
\[\lambda' =\frac{c}{f'}=\frac{c-V\sin\theta'}{c+V\sin\theta}\lambda\]
となります。この式は
\[\frac{c}{\lambda'}-\frac{c}{\lambda}=\frac{V\sin\theta'}{\lambda'}+\frac{V\sin\theta}{\lambda}\]
のように変形できるので、これに(1)式を用いると
\[f'-f=\frac{V}{\Lambda}\]
の関係が得られます。ここで \(V/\Lambda\) は超音波の振動数に相当しますから、反射後の光の振動数の変化は超音波の振動数に等しいことになります。