光デバイス/光制御素子

16.導波路型光変調素子

 前項では電気光学効果を用いた光変調器を取り上げました。これは結晶片に電極を付けただけの簡単な構造で実現されていますが、バルク型などと呼ばれ、結晶方位に沿って切り出した結晶片があれば、作製はそれほど難しくありません。ただしこの構造だけでは位相の変調しかできず、光強度の変調をするには偏光子と組み合わせる必要がありました。2個の偏光子を組み合わせる必要があるので、あまり小型にできない難点があります。またバルク結晶はあまり薄く加工できないので、屈折率変化を生じさせるために必要な電界を得るため、かなり高電圧を必要とすることも欠点でした。

 このようなバルク型の欠点を補えるのが導波路型の素子です。以下に説明するように導波路型の場合は偏光子を組み合わせる必要がありませんから、素子を小型化できます。また導波路層は薄く形成されるので、印加電圧を低くすることができます。ただし光導波路を作製するにはそれなりの加工技術を必要とします。

 導波路型光変調器の方式はいろいろありますが、主なものとしては7項で述べた3種類があります。以下、順に取り上げます。

(1)干渉型

 電気光学効果をもつ結晶に光導波路を図16-1に示すような形状に形成します。入力光を2つに分岐する分岐導波路を設け、これをもう一度、合流導波路によって合流させ出力するようにします。分岐導波路から合流導波路に至る2つの導波路は基本的には等しい長さにします。

 2つの導波路の一方または両方に電圧をかけられるように電極を設けます。この電極に電圧を印加すると、電気光学効果によって電極直下の導波路の屈折率が変化するので、導波光の位相が変化します。2つの導波路が合流する際、2つの導波光の位相差が半波長であれば、2つの導波光は合流した際、打ち消しあいます。つまり印加する電圧によって2つの導波路を伝搬する光の位相に差を設けられれば、これを合流することにより入力光を強度変調した出力光を得ることができます。このような光路の構成を利用した干渉計をマッハ-ツェンダ(Mach-Zehnda)干渉計と呼んでいます。

 以下、少し式を書いて説明を加えておきます。2つに分けた後の光が平行に \(z\) 方向に進行するとし、各光の電界成分を \(E_1\) と \(E_2\) とすると、

\[E_1 =A_1 \mathrm{exp}\left\lbrace i(k_1 z-\omega t)\right\rbrace\]

\[E_2 =A_2 \mathrm{exp}\left\lbrace i(k_2 z-\omega t)\right\rbrace\]

 ここで \(A_1\)、\(A_2\) は各光の振幅、\(k_1\)、\(k_2\) は波数、\(\omega\) は角周波数です。2つの光の位相差を \(\delta\) とすると、

\[\delta=(k_1 -k_2 )z\]

であり、この位相差が

\[\delta=\pm 2m\pi~~~~~(m=0,1,2,\cdots)\]

のとき、光は合流後、強められ、

\[\delta=\pm (2m+1)\pi~~~~~(m=0,1,2,\cdots)\]

のとき、弱められます。波数 \(k\) は、波長 \(\lambda\) の光が屈折率 \(n\) 中を進む場合、\(k=2\pi n/\lambda\) と表されます。図16-1において、電極直下の屈折率制御部の屈折率を \(n'\) に変化させると、

\[k_1 -k_2 =\frac{2\pi}{\lambda}(n'-n)\]

となり、位相差が変化しますから、これを利用して光変調が行えます。

(2)方向性結合器型

 13項で説明しているように光導波路を伝搬する光のエネルギーは導波路のコア層内に完全に閉じ込められるわけではなく、クラッド層側にしみ出します。その程度はコア層とクラッド層の屈折率差が小さいほど大きくなります。

 それではこの光がしみ出しているクラッド層に第2のコア層が近接して存在するとどうなるでしょうか。しみ出した光のエネルギーは近接した第2のコア層に結合して伝搬するのではないかと想像されます。この現象もマクスウェルの方程式を解けば明らかにできますが、空間の屈折率の分布が少し複雑になるとマクスウェルの方程式を解くのが難しくなります。そこでこのような場合にマクスウェルの方程式を近似的に解く方法が知られています。この近似解法は「モード結合理論」と呼ばれています。モード結合理論は数式が煩雑になるので付録5に概要をまとめました。ここではそれをベースに方向性結合器について説明します。

 図16-2に示すように2つの導波路が形成され、その一部に互いに近接する部分が設けられているとします。上記のようにこのような構造の場合、一方の導波路を伝搬してきた光は、導波路の近接部分で他方の導波路に乗り移ることが期待されますが、このような導波路構造を方向性結合器と呼んでいます。

 一方の導波路から他方の導波路へ光が乗り移る位置は、モード結合理論によれば、光が進行する方向に沿って周期的に現れます。つまり任意の位置で乗り移れるわけではありません。またこの周期は両方の導波路の伝搬定数に依存します。伝搬定数は導波路の実効屈折率に比例しますから、導波路の屈折率を制御すれば、導波光が一方から他方の導波路に乗り移る位置を制御できることになります。この原理によれば、電気光学効果をもつ結晶に2つの平行な導波路を形成し、電極を設けて導波路の屈折率を変化させることにより、光が乗り移る、移らないの状態を制御できるので、これを利用して光変調器が実現できることになります。

 少し数式を使って上記のことを説明してみます。図16-2に示すように2つの導波路は対称な形状の近接部分をもち、その少なくとも一方の導波路に長さ \(L\) の電極が設けられているとします(図は表面側の電極を示していて、対向電極は導波路の裏面側に設けられているとします。つまり導波路表面に垂直方向に電界がかかけられるようになっているとします。実際の光変調器に用いられる電極の構造はいろいろあり、対称性の点からは両方の導波路に電極を設けた方がよいですが、ここでは簡単のため上記のような電極構成とします。

 ここで方向性結合器への入射光はつねに一方の導波路の入射ポートから入り、強度が \(P\) であるとします。導波路の損失は無視できるとし、電極への印加電圧により、導波路の出射ポート1と2から出射される光の強度比が一定値より大きくなるように切り換えられればよいとします。

 まず入力光が乗り移らず、そのまま出射ポート1から出る場合を考えます。モード結合理論によれば、この場合は

\[\gamma L=m\pi~~~~~~m=1,2,\cdots\]

が成り立つことが条件です。付録5、(26)式により、\(\gamma^2 =\chi^2 +\delta^2\) の関係があり、\(\delta=\beta_1 -\beta_2\) です。伝搬定数は屈折率に依存するので、電気光学効果をもつ結晶であれば、\(\delta\) は印加電圧に依存するので、\(\gamma L=\pi\) となるように印加電圧を調整すればよいことになります。

 一方、入力光が完全に乗り移り、すべて出射ポート2から出射する場合を考えます。付録5の結論によると、\(F=1\) でないと反対側の導波路からの出射光強度は小さくなってしまうので、\(F=1\) であることが条件です。これは付録5の(25)式から \(\delta=0\) であることを意味します。すなわち印加電圧を 0 として \(\beta_1 =\beta_2\) を保つ必要があります。

 さらに光が一方から他方に乗り移る距離である結合長 \(L_c\) は付録5(26)式より

\[L_c =\frac{2\gamma}{\pi}\]

で表されます。したがって方向性結合器は \(L=L_c \) であるように製作する必要があり、任意の長さ \(L\) では電圧を印加しても他方の導波路への完全な乗り移りは実現できません。これはかなりの制約になり、方向性結合器型の難点になります。

 この難点をなくし、印加電圧の調整により、他方の導波路への乗り移りを可能にする工夫もなされています。詳細な説明は省略しますが、方向性結合器に電極を2組設け、二つの方向性結合器が連接されたような状態を作り、2組の電極に互いに逆方向の電圧をかけて乗り移りを実現するものです。

(3)内部全反射型(Total Internal Reflection(TIR)型)

 7項で述べた反射を利用するもので、図16-3に示すような交叉導波路を用いたものが知られています。電気光学効果をもつ結晶に2つの導波路1、2が角 \(\theta\) で交叉するように設けます。その交叉部表面に図のような近接した一対の電極を設けます。

 電極に電圧を掛けない状態では導波路1に入射した光は交叉部を直進します。一方、電極に電圧を印加して屈折率を変化させ、この部分で全反射が起こるようにすれば、光を導波路2へ導くことができます。

 図のように導波路の交叉部の電極に対して導波路1からの入射光が角度 \(\theta_i\) で入射するように交叉導波路を作製します。ここで導波路の屈折率を \(n\) とし、電極に電圧 \(V\) を印加したときの屈折率変化を \(\Delta n\) とすると、この屈折率変化がポッケルス効果によるものであれば8項で示しているように

\[\Delta n=\frac{1}{2}r_{ij}n^3\frac{V}{d}\]

と表されます。\(r_{ij}\) は特定の結晶系をもつ結晶材料の電気光学係数、\(d\) は結晶に設けた電極の間の距離です。ここで全反射が起こる臨界角を \(\theta_c\) とすると、7項で説明しているように

\[\sin\theta_c =1-\frac{\Delta n}{n}\]

の関係があります。ただし \(\theta_i \gt \theta_c\) です。ここで、導波路の交叉角 \(\theta\) が小さく、入射光が電極の長手方向に対して浅い角度で入射していると、\(\pi/2-\theta_i \ll 1\) であり、この場合は

\[V \ge \frac{d}{r_{ij}n^2}\left (\frac{\pi}{2}-\theta_i\right )^2 \simeq \frac{d}{r_{ij}n^2}\left (\frac{\theta}{2}\right )^2\]

と近似できます。ここで \(\theta=2(\pi/2-\theta_i)\) と置きました。

 以上、導波路型光変調器について主要な3つのタイプを紹介しました。ここでは電気信号を制御信号として用い、電気光学効果による屈折率変化を利用する例を紹介しましたが、屈折率変化の手段はこれ以外でも構いません。非線形光学効果を利用し、光信号を制御信号とするもの、あるいは熱光学効果を利用し、温度変化により制御を行うもの、等々もあります。

(追補)熱光学効果を用いた導波路型光制御素子(1)

 他で取り上げないので、熱光学効果による導波路型素子についてここで触れておきます。熱光学効果とは、あえて名付ける必要もないのですが、屈折率の温度依存性のことを意味しています。あらゆる物質の屈折率は多かれ少なかれ温度依存性をもっていますから、原理的には熱光学効果を利用した素子は材料を選ばず形成できると言えます。

 となると注目されるのは電気光学効果とか磁気光学効果など特異な効果を示さない言わば光学的に不活性な材料になります。その代表の一つはSiOです。集積回路技術でSi基板上にSiO膜を形成し、これをパターニングする技術は高度に確立しているので、光導波路の形成は自在に可能と言えます。電子回路と光回路を融合する、いわゆるシリコンフォトニクスにおいて光を制御するのに熱光学効果が期待されています。

 もう一つは高分子材料です。光学的な効果は乏しいですが、安価な材料を利用することができ、光導波路への加工も容易なので、熱光学効果で制御性が付与できれば有用な材料になり得ます。

 この熱光学効果の光制御素子への適用が意識され始めたのは1980年代のようです。熱伝導を利用するので、屈折率が変化する部分の体積が小さい方が有利です。このためほとんどは導波路型のデバイスとして応用されます。基本的には図16-4に示すように、導波路表面に金属膜ヒータを設置し、電流のオンオフによりヒータ直下の導波路の温度を変化させる方式が用いられています。

 しかし熱伝導を利用するため、応答速度には限度があるので、連続的な信号による光変調には不向きで、オンオフを切り替え、一方の状態を保つ光スイッチとしての応用として、図16-1のようなマッハツェンダ型の光スイッチが主として検討されています。(2)温度変化によって生じる屈折率変化による位相変化を利用するものですから、基本的な要素は位相シフタ(移相器)で、光スイッチ以外でもこの要素を利用する素子には応用できます。例えば光強度をアナログ的に設定できる光可変減衰器などにも応用されています。

 少し理論的な面にも触れておきます。屈折率の温度変化を考えるのに、「結晶光学」7項で導いたローレンツ-ローレンツの公式

\[\frac{n^2 -1}{n^2 +2}=\frac{N\alpha}{3\varepsilon_0}\tag{1}\]

から出発します。この公式の両辺を温度 \(T\) で微分することを考えますが、屈折率 \(n\) の他、原子の密度 \(N\)、分極率 \(\alpha\) も温度の関数と考えます。まず(1)式左辺の屈折率の関数を \(f(n)\) と置いて、\(n\) で微分すると

\[\frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}n}=\frac{6n}{(n^2 +2)^2}\]

が得られ、

\[\frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}T}=\frac{\mathrm{d} f}{\mathrm{d} n}\cdot\frac{\mathrm{d}n}{\mathrm{d}T}\]

ですから、左辺の温度微分は

\[\frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}T}=\frac{6n}{(n^2 +2)^2} \frac{\mathrm{d}n}{\mathrm{d}T}\tag{2}\]

となります。一方、(1)式右辺の温度微分を考えると、これも \(\mathrm{d}f/\mathrm{d}T\) に等しく

\[\begin{align}\frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}T} &= \frac{1}{3\varepsilon_0}\left (\alpha\frac{\mathrm{d}N}{\mathrm{d}T}+N\frac{\mathrm{d}\alpha}{\mathrm{d}T}\right ) \\ &= \frac{N\alpha}{3\varepsilon_0}\left (\frac{1}{N}\frac{\mathrm{d}N}{\mathrm{d}T}+\frac{1}{\alpha}\frac{\mathrm{d}\alpha}{\mathrm{d}T}\right )\tag{3}\end{align}\]

の関係が得られます。(2)、(3)式より、次式が得られます。

\[\frac{\mathrm{d}n}{\mathrm{d}T}=\frac{(n^2 +2)(n^2 -1)}{6n}\left (\frac{1}{N}\frac{\mathrm{d}N}{\mathrm{d}T}+\frac{1}{\alpha}\frac{\mathrm{d}\alpha}{\mathrm{d}T}\right )\tag{4}\]

が得られます。これを熱光学定数と呼ぶことがあります。

(1) G.Coppola, et al, Optical Engineering, 50(7), 071112 (2011)

(2) 例えば、特開平06-34924