光デバイス/光制御素子
15.電気光学効果を利用した光変調素子
7項で説明していますが、屈折率変化を利用すれば光の変調が行えます。電気信号によって屈折率を制御する代表的な現象が、8項で説明した電気光学効果で、これを利用した光変調素子はいろいろな方式が知られています。この項では結晶をそのまま使うバルク型、次項では光導波路を用いた導波路型の光変調素子の代表的な例を紹介します。
光位相変調素子
電気光学効果を示す結晶に電極を着けて電圧を印加すると、屈折率が変化します。この結晶に光を入射すると結晶を通過する光は屈折率の変化の影響を受けます。その影響は結晶中で光の速度の変化に現れます。ということは結晶に電圧をかけるとその大きさにしたがって通過する光の位相が変化することになります。これが位相変調の原理です。
少し数式を使って位相変調を表してみます。結晶の原子の並びに沿って座標軸(xyz軸)をとり、y-z平面に垂直にx方向に向けて \(E_i \exp(i\omega t) \) で表される直線偏光した光を \(x=0\) の位置から入射するとします。\(E_i\) は入射光の振幅、\(\omega\) は角周波数です。この光が結晶中の \(x\) の位置まで進行したとき、位相に \(\phi\) の遅れが生じるとします。結晶が透明で吸収がないとすれば、位置 \(x\)、時間 \(t\) における電界 \(E(x,t)\) は
\[E(x,t)=E_i \exp\lbrace i(\omega t-\phi)\rbrace\]
と表されます。この光が \(x=l\) の位置で結晶から出射するとき、位相の結晶内での遅れは、結晶の屈折率を \(n\) とすると、\(\phi=nkl\) と表され、屈折率が電気光学効果等によって時間変化するとすれば
\[E(l,t)=E_o (t)=E_i \exp\lbrace i(\omega t-n(t)kl)\rbrace\tag{1}\]
となり、出射光 \(E_o\) は位相が変調された光になります。
ここでは屈折率変化が1次の電気光学効果(ポッケルス効果)によって起こる場合を考えていますが、代表的な物質(結晶)について既に8項で取り上げ、代表的な電気光学効果をもつ結晶について、特定方向に電界を印加した場合の屈折率変化について示しています。これによると印加電界 \(F(t)\) による屈折率変化 \(n(t)\) は
\[n(t)=bn^3 r_{ij}F(t)\]
の形で表されます。ここで \(n\) は光の進行方向に対応した屈折率、\(r_{ij}\) は電界の方向に対応した電気光学係数、\(b\) は結晶面間隔に依存した定数です。
ここで考える位相変調素子の基本的な構成は図15-1に示すように直方体状に切り出した結晶に電極を着けた単純な構成のものです。ただし屈折率変化を効率的に生じさせるためには結晶の切り出しは結晶の所定の方位に沿って行わなければなりません。方位を定めて切断する方法については立ち入りませんが、X線回折と切断を組み合わせる方法が確立しています。
つぎに8項にしたがって具体例を示しておきます。
(1)閃亜鉛鉱型結晶
GaAsやInPなどが属する(\(\overline43m\))という結晶形です。この結晶は立方晶で等方性であり、電界がかかった場合にだけ異方性が生じ、屈折率変化が起きます。このため電気光学定数にも方向性はありません。ただし結晶面間の距離が方向によって異なるため、電界の効果が方向によって異なります。
8項で例示した(111)面に垂直に電界を印加する場合を考えると、切り出した(111)面に、対向する電極を設けます。ただし図15-1にも示すように電極を設ける面の間の距離を \(d\)、光の入射面から出射面までの距離を \(l\) とします。光の入射方向をx’方向とすると、これはx 軸をxy 面内で45°回転させた方向になります。このとき印加電圧 \(V\) に依存した位相変化 \(\Delta\phi\) は8項(15)式から次式で表されることになります。
\[\Delta\phi= \frac{n_0^3 r_{41}Vl}{2\sqrt{3}d}\]
(001)面や(110)面に電極を着けた場合も類似した結果となります。
(2)水素結合型結晶
KDPなどに代表されるこの結晶は(\(\overline42m\))という結晶形に属し、これも立方晶で等方性です。例えばz軸に垂直な(001)面に電極を設け、光をy’軸に平行に入射した場合、位相変化は8項(17)式より
\[\Delta\phi= \frac{n_0^3 r_{63}Vl}{2d}\]
となります。この結晶の場合は \(r_{63}\) が関わってきます。
(3)LiNbO3(LN)結晶
LNは3mの結晶形に属し、上の2つの例とは異なって異方性をもつ一軸性の結晶です。光軸(c軸)に垂直な面で切り出した結晶(これをzカットと呼ぶ場合があります)を例に考えます(これに垂直なxカット、yカットの結晶が利用される場合もあります)。xy面に平行な結晶表面に対向する電極を設けます。
この電極に電圧 \(V\) を印加すると位相変化 \(\Delta\phi\) は8項(18)式より
\[\Delta\phi=\frac{n_e^3 r_{33}Vl}{2d}\]
となります。ここで \(n_e\) は異常光に対する屈折率です。LNの場合は\(r_{33}\) が効いてきます。
なお一般に、変調電圧 \(V\) が
\[V(t)=V_m\cos\omega_m t\]
のような正弦波交流電圧であるとすると(1)式は
\[E_o =E_i \exp\lbrace i\left (\omega t-nkl+\phi_m\cos\omega_m t\right )\rbrace\]
と書けます。ただし
\[\phi_m =\left (\frac{bkn^3 r_{ij} l}{d}\right )V_m\]
となります。
このように媒体の屈折率を変化させた場合、光の位相は変調されますが、光の強度には影響がありません。位相が変調された光から元の変調信号を得る(これを復調といいます)にはどうしたらよいか、あまり簡単には思いつかないと思います。ここでは説明をしませんが、少し複雑な方法を必要としあまり容易ではありません。やはり通常は強度で変調した方が利用がしやすいと思われます。そこでつぎに強度変調を行うにはどうしたらよいかについて説明します。
光強度変調素子
上記のように媒体の屈折率を電気光学効果により変化させれば光の位相を制御できることがわかりますが、これを光の強度の変調に変換できないでしょうか。偏光子は特定の方向に偏光した光は通過させますが、その他の方向の偏光は遮断する性質をもった素子です(「結晶光学」14項参照)。位相の変化は偏光方向の変化に対応しますから、位相変調素子からの出射光を偏光子に入射すると、一定方向の偏光だけが通過することができるので、位相の変化を光の強度の変化に変換することができると考えられます。以下、LN結晶の場合を例にその方法を説明します。
光はx軸に平行に結晶中を通過するように入射しますが、結晶の入射面に対向して偏光子を置き、z軸に対して45°傾いた直線偏光を入射します。入射光の電界のy、z方向成分 \(E_y (x,t)\)、\(E_z (x,t)\) は
\[E_y (x,t)=\frac{E_i}{\sqrt{2}}\cos (\omega t-\phi_y)\]
\[E_z (x,t)=\frac{E_i}{\sqrt{2}}\cos (\omega t-\phi_z)\]
と書けます。ここで \(E_i\) は入射光の強度、\(\omega\) は角周波数、\(\phi_y\)、\(\phi_z\) はそれぞれy方向、z方向成分の位相です。
これにより入射側の偏光子にしたがって方向が規定された直線偏光が結晶に入射されます。印加電界の大きさによって屈折率が変化するため、結晶を通過する偏光が回転します。その回転角の大きさにより、図15-2に示すように出射側にもう一つの偏光子を置けば、その方向により通過する光の強度が変化するので、入力電気信号によって出射光強度を制御できることになります。この2つめの偏光子を検光子と呼ぶことがあります。以下、少し数式を使って変調動作を説明します。
図15-2に示すようにx、z軸に対して45°傾けた偏光子を置き、これを通して直線偏光を結晶に入射するとします。このとき、x、z方向の電界成分 \(E_x\)、\(E_z\) は入射光強度を \(E_0\) として
\[E_y (t,y) = \frac{E_0}{\sqrt{2}}\cos (\omega t-\phi_x) \]
\[E_z (t,y) = \frac{E_0}{\sqrt{2}}\cos (\omega t-\phi_z) \]
と書けます。ここでx、z方向の位相 \(\phi_x\)、\(\phi_z\) は、それぞれ常光線、異常光線に対する屈折率の電気光学効果(ポッケルス効果)による変化によって決まります。LiNbO3の電気光学効果による屈折率変化は上にも述べましたが、8項(18)式に示されています。印加電圧を \(V\) とすれば
\[\phi_z =k n_z y=k y\left (n_e -\frac{1}{2}n_e^3 r_{33}\frac{V}{d}\right )\]
\[\phi_x =k n_x y=k y\left (n_0 -\frac{1}{2}n_0^3 r_{13}\frac{V}{d}\right )\]
が得られます。したがって2つの位相の差 \(\Delta\phi\) は
\[\Delta\phi =\phi_x -\phi_z =k (n_0 -n_e )y+\frac{1}{2} k(n_e^3 r_{33}-n_o^3 r_{13})\frac{V}{d}y\]
となります。
ここで位相差 \(\Delta\phi\) を求めた理由は、付録8に示すように、結晶入射側の偏光子に対して出射側に90°の角度で検光子を置いた場合、出射光強度は \(\sin^2 (\Delta\phi/2)\) に比例するからです。\(y=l\) における出射光強度 \(I_o \) は入射光強度を \(I_i \) とすると
\[\begin{align}I_o &= I_i \sin^2 \left\lbrace k (n_0 -n_e )l+\frac{1}{2}k (n_e^3 r_{33}-n_o^3 r_{13})\frac{V}{d}l/2\right\rbrace \\ &= I_i \sin^2 \left\lbrace\frac{\pi(n_o -n_e)l}{\lambda}+\frac{\pi V}{2V_{\pi}}\right\rbrace\tag{2}\end{align}\]
となります。ここで \(V_{\pi}\) は
\[V_{\pi}=\frac{\lambda d}{(n_e^3 r_{33}-n_o^3 r_{13})l}\tag{3}\]
であり、\(\pi\) の位相差を与える電圧に相当するので、半波長電圧と呼んでいます。
(2)式の関係から、変調電圧 \(V\) と変調光強度 \(I_o\) の関係は図15-3のように \(V=0\) のところから位相がずれた正弦波の2乗の関係になります。
変調の直線性(リニアリティ)をよくするためには、この特性の直線に近い部分を使うのが望ましいので、変調電圧 \(V(t)\) は、変調信号 \(v(t)\) に直流バイアス \(V_b\) を加えて、\(V(t)=V_b +v(t)\) とし、とくに(2)式のsinの中身が
\[\frac{\pi(n_o -n_e)l}{\lambda}+\frac{\pi V_b}{2V_{\pi}}\simeq\frac{\pi}{4}\]
となるように \(V_b\) を設定し、かつ \(|v(t)| \ll V_{\pi}\) であるように \(v(t)\) の振幅を小さくするのが望ましいと言えます。このような条件のもとで(1)式は
\[I_o =\frac{I_i}{2}\left (1+\frac{\pi v(t)}{V_{\pi}}\right )\]
と近似でき、変調信号に比例した強度の変調出力が得られることになります。
光変調素子は通信用に用いられることが多いですが、この場合にはどこまで高い周波数の信号に対応できるかが重要になります。電気光学効果は原子の分極に基づいているので、原理的に高速応答が可能です。それでは応答速度を制限する要因は何かと言えば、外部回路による制限です。
図15-1や2のように単純に電極に変調信号源をつないだ回路構成は、高い周波数では図15-4のような等価回路で表されると考えられます。図15-1や2では、説明はしませんでしたが、電源に並列に抵抗 \(R_L\) が挿入されています。これはインピーダンス整合のためのもので、電源の内部抵抗 \(R_s\) と等しい値の抵抗を用います。これがないと高周波信号の場合は反射が生じて変調信号がうまく変調器にかからなくなります。等価回路にはこれらの抵抗が示されています。変調器自体は単純なコンデンサとみなせます。このような場合の光変調器を集中定数型と呼びます。
電源が角周波数 \(\omega\) の交流電圧 \(v_i (\omega)\) を供給するとき、変調器に \(v_m (\omega)\) の変調電圧がかかるとします。変調器の容量を \(C\) とすると、
\[\left | \frac{v_m}{v_i}\right | =\frac{1}{\sqrt{4+(\omega CR)^2}}\tag{4}\]
の関係が得られます。したがって例えば、\(|v_m /v_i |\) が直流の場合に比べて \(1/\sqrt{2}\) に減少するのは角周波数が\(\omega=2/CR\) となるときです。この角周波数 \(\omega\) と容量 \(C\) の関係を数値で当たってみましょう。電極面積を \(S\)、電極間距離(結晶の厚み)を \(d\) とすると、\(C=\varepsilon\varepsilon_0 S/d\) ですから、\(S=5 \times 5=25\mathrm{mm^2}\)、\(d=2\mathrm{mm}\) 、結晶の屈折率を \(n=3\) とすると、\(\varepsilon=n^2 =9\) 、\(\varepsilon_0 =8.85\times 10^{-12}F/m \) ですから、\(C\simeq 1\mathrm{pF}\) と見積もれます。このとき 例えば \(R=100\Omega\) とすると \(\omega\simeq 2\times 10^{10}\mathrm{rad/s}\) となり、周波数 \(f\) に直すと \(f=\omega/2\pi\simeq 3\mathrm{GHz}\) 程度と見積もれます。
もう一つ、高速応答を制限する要因があります。ここまでは光が結晶を通過する間、位置によらず一様な変調電圧がかかることを前提にしています。しかし変調電源の周波数が高くなるとこの前提が成り立たなくなります。この制限について検討しておきます。
上記の各式より、電気光学効果による位相変化は \(a\) を定数として \(\Delta\phi=aFl\) の関係で表されます。ここで長さ \(l\)、屈折率 \(n\) の結晶を光が通過する時間を \(t_t\) とすると
\[t_t =\frac{ln}{c}\]
です。ただし \(c\) は真空中の光速です。変調信号の周波数が高い場合、電界 \(F\) は位置 \(z\) の関数と考えなければならないので、位相変化は
\[\begin {align}\Delta\phi (t) &= a\int_0^l F(t')\mathrm{d}z \\ &=a\frac{c}{n}\int_{t-t_t}^t F(t')\mathrm{d}t'\end{align}\tag{5}\]
のように表されます。ここで印加電界 \(F\) が
\[F(t)=F_m\exp (i\omega_m t)\]
のような時間変化をしているとすると、(5)式の位相変化は
\[\begin{align}\Delta\phi &= a\frac{c}{n}F_m\int_{t-t_t}^t \exp(i\omega_m t')\mathrm{d}t' \\ &=\phi_0 r\exp(i\omega_m t)\tag{6}\end{align}\]
となります。ただし\(\omega_m t_t \ll 1\) であれば
\[\phi_0 =a\frac{c}{n}t_tF_m = aF_m l\]
となります。また(6)式における \(r\) は
\[r=\frac{1-\exp(i\omega_m t_t)}{i\omega_m t_t}\]
であり、周波数の位相変化に及ぼす影響を表す係数と考えることができます。そこで \(|r|^2=1/2\) となるときが周波数 \(\omega_m \) の限界とします。\(|r|^2\) は
\[|r|^2 =\frac{2}{(\omega_m t_t )^2}\lbrace 1-\cos(\omega_m t_t )\rbrace\]
となるので、\(\omega_m t_t\) の最大値は \(2\sqrt{2}\simeq 2.8\) となります。少し具体的な数値を考えてみます。\(l=5\) mm、\(n=3\) とすると、\(c=3\times 10^8\) m/sですから、\(t_t=5\times 10^{-11}\) secとなります。これより限界となる変調周波数 \(f_m\) はおよそ10 GHzとなります。
以上より、この後者の影響より、前者の静電容量による制限の影響の方が大きいという結果です。以上は極めて大雑把な見積もりですが、一般に容量による制限の方が効くと言われています。このため変調器の容量を減らして周波数の増大を図ればよいですが、容量を減らすために電極面積を減らすのが簡単な手段です。そのために結晶の長さ \(l\) を減らして電極面積を減らせばよいと考えられますが、\(l\) は位相変化\(\Delta\phi\) に比例していますから、これを補うためには電界 \(F\) を増大させる必要があります。しかし高周波信号の振幅を大きくするのは必ずしも容易ではありません。
この静電容量の影響を減らす手段として、別の考え方があります。光変調器自体の構造は同じですが、図15-5に示すように、変調信号源を接続します。光の入射端に近い位置に信号源を接続し、出射端に近い位置に負荷抵抗を接続します。これにより高周波の変調信号は光の進行方向に沿って電極上を進行します。この構成の光変調器を進行波型と呼んでいます。
\(x=0\) の点から時刻 \(t\) に光が結晶に入射するとして、時刻 \(t'\) における光の進行位置 \(t'\) は
\[x(t')=\frac{c}{n}(t-t')\]
となります。ただし \(n\) は結晶の屈折率です。この \(z(t')\) における変調信号による進行波電界 \(F\) は
\[F(t',x(t'))=F_m \exp\lbrace i(\omega_m t'-kx(t'))\rbrace\]
と表されます。この電界による電気光学効果により生じる位相差 \(\Delta\phi(t)\) はつぎのように表されます。
\[\begin{align}\Delta\phi (t) &= \frac{\pi}{\lambda}n^3r_{ij}\int_0^l F(t',x(t'))\mathrm{d}x \\ &=\Delta\phi_0 \frac{\exp\lbrace i\omega_m t_t (1-c/c_m )\rbrace -1}{i\omega_m t_t (1-c/c_m)}\exp(i\omega_m t)\tag{7}\end{align}\]
ここで、\(\Delta\omega_0 =(\pi/\lambda)n^3 r_{ij}F_m l \) 、\(c_m =c/\sqrt{\varepsilon_{reff}}=c/n_m\) です。この(7)式は(6)式と同じ形になっています。そこで上記同様に
\[\omega_m t_t \left (1-\frac{c}{c_m}\right )=2.8\]
のときが、最大の周波数 \(f_{max}\) であるとみなすことにします。すると
\[f_{max}\cdot l=\frac{2.8C}{2\pi n(1-C/C_m n)}=\frac{1.4C}{\pi|n_0 -n_m|}\]
となり、これより \(n_0\) が \(n_m\) に近づくと \(f_{max}\rightarrow\infty\) となることがわかります。少なくとも \(0 \lt n_m \lt 2n\) であれば集中定数型の場合より改善されることがわかります。
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