光デバイス/光制御素子

5.量子エネルギーの電界による変化

 3項で電界吸収型光変調素子を紹介し、前項(4項)でその動作原理の概略を説明しました。一言でまとめると、半導体量子井戸に電界が印加されると吸収端の波長が変化するという現象がこの光変調素子の原理です。

 この項ではもう少し理論的にこの現象を考えてみます。具体的には量子井戸に電界がかかったとき、量子準位のエネルギーがどのように変化するかを理論的に考察します。

 印加電界を \(F\) とすると、1次元のポテンシャルエネルギー \(V(x)\) は

\[V(x)=qFx\]

と表される(\(q\) は電子電荷)ので、ハミルトニアンは印加電界のない場合の \({\cal{H}}_{0}\) に対して

\[{\cal{H}}={\cal{H}}_{0}+qFx\]

のように変化します。この電界の項が加わると、シュレディンガー方程式を解いて固有エネルギーを求めることが困難になります。そこで電界 \(F\) があまり大きくないとして、近似的な解を求めることを考えます。厳密な解が求まる系からの変化が小さい場合には摂動法と呼ばれる近似計算の方法がしばしば用いられます。この方法の説明は少し面倒なので「付録1」にまとめて示しました。

 摂動法によれば、固有エネルギー \(E_n\) の近似解はつぎのように級数展開した形で表されます。    \[E_{n}=E_{n}^{(0)}+\lambda E_{n}^{(1)}+\lambda^{2}E_{n}^{(2)}+\cdot\cdot\cdot\]

 ここで \[\begin{align}E_{n}^{(1)} &= \int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\tag{1} \\ E_{n}^{(2)} &= -\sum_{m\neq n}\frac{|\int\psi_{m}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x|^{2}}{E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}}\tag{2}\end{align}\]

です。なお、\(\psi_{n}^{(0)\ast}\) は \(\psi_{n}^{(0)}\) の複素共役を表します。

 ここでは簡単のため、障壁の高さが無限大の量子井戸を仮定します。図5-1のように座標(原点)をとり、幅 \(2a\) の量子井戸を考えます。

 このような量子井戸内の電子についての波動関数、固有エネルギーは「半導体デバイスの物理」20項で求めています。印加電界のない基準となる波動関数 \(\psi_{n}^{(0)}\) と固有エネルギー \(E_n^{(0)}\) はつぎのようになります。\(m^{\ast}\) は電子の有効質量です。

   \[\begin{align}\psi_{n}^{(0)} &= \frac{1}{\sqrt{2a}}\cos\frac{n\pi}{2a}x~~~~~\left(n=1,3,5,\cdot\cdot\cdot\right)\tag{3} \\ \psi_{n}^{(0)} &= \frac{1}{\sqrt{2a}}\sin\frac{n\pi}{2a}x~~~~~\left(n=2,4,6,\cdot\cdot\cdot\right)\tag{4} \\ E_{n}^{(0)} &= \frac{\pi^{2}\hbar^{2}n^{2}}{8m^{\ast}a^{2}}\tag{5}\end{align}\]

\(n=1\) の場合について1次の摂動項(1)式に(3)式を代入すると    \[E_{1}^{(1)}=\frac{qF}{2a}\int_{-a}^{a}x\cos^{2}\left(\frac{\pi x}{2a}\right)\mathrm{d}x\]

となりますから

\[\frac{\pi}{2a}x=X~~~\left(\frac{\pi}{2a}\mathrm{d}x= \mathrm{d}X\right)\tag{6}\]

と変数変換して 三角関数の公式

\[\cos^{2}X=\frac{1}{2}\left(1+\cos 2X\right)\]

を用い、部分積分を行うと

\[\int_{-\pi/2}^{\pi/2}X\cos2X\mathrm{d}X=\left[\frac{X}{2}\sin 2X\right]_{-\pi/2}^{\pi/2}-\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\sin 2X\mathrm{d}X=0\]

となり、また

\[\int_{-\pi/2}^{\pi/2}X\mathrm{d}X=0\]

ですから、結局

\[E_{1}^{(1)}=0\tag{7}\]

となり、1次の摂動近似では効果が記述できないことがわかります。このためつぎに2次の摂動項を計算する必要があります。同じように \(n=1\) の量子準位について2次の項(2)式を計算するためには \(n=1\) 以外の準位の効果をすべて取り入れる必要があります。しかしそれは現実的には困難ですから、もっとも大きな影響をもつと考えられる \(n=2\) の場合のみを考慮して計算してみます。

 まず(2)式の分子の積分を計算します。 \[\int_{-a}^{a}\psi_{2}|qFx|\psi_{1}\mathrm{d}x=\frac{qF}{2a}\int_{-a}^{a}x\cos\left(\frac{\pi x}{2a}\right)\sin\left(\frac{\pi x}{a}\right)\mathrm{d}x\]

 (6)式と同じ変数変換をすると   \[\int_{-a}^{a}\psi_{2}|qFx|\psi_{1}\mathrm{d}x=\frac{2aqF}{\pi^{2}}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}X\cos X\sin 2X\mathrm{d}X\] となります。積分公式    \[\int\cos X\sin 2X\mathrm{d}X=\frac{1}{2}\cos X-\frac{1}{6}\cos 3X\]

を用い、部分積分を行うと

\[\begin{align}&\int_{-\pi/2}^{\pi/2}X\cos X\sin 2X\mathrm{d}X \\ &= \left[\frac{X}{2}\cos X-\frac{X}{6}\cos 3X\right]_{-\pi/2}^{\pi/2}-\frac{1}{2}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\cos X\mathrm{d}X+\frac{1}{6}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\cos 3X\mathrm{d}X \\ &= 0-1+\frac{1}{9}=-\frac{8}{9}\end{align}\]

となり、分子の積分は大体 -1 程度ということになります。したがって分子は    \[\left |\int_{-a}^{a}\psi_{2}|qFx|\psi_{1}\mathrm{d}x\right |^{2}\simeq\frac{4a^{2}q^{2}F^{2}}{\pi^{4}}\tag{8}\] となります。

 一方、分母は \(n=1,2\) のエネルギーですから(5)式を用いて    \[E_{1}^{(0)}-E_{2}^{(0)}=-\frac{3\pi^{2}\hbar^{2}}{8m^{\ast}a^{2}}\tag{9}\]

となります。したがって固有エネルギーの2次の摂動項 \(E_1^{(2)}\) は(8)/(9)を計算すれば求められ

   \[E_{1}^{(2)}\simeq\frac{32a^{4}q^{2}F^{2}m^{\ast}}{3\pi^{6}\hbar^{2}}\tag{10}\]

となります。

 (10)式は量子井戸の障壁の高さが無限大、量子準位は1と2のみ考えるなど極めて簡略化した計算から求められたものですから、これを一般化して考えるのは危険です。しかし大雑把に言って、量子閉じ込めシュタルク効果の電界によるエネルギー変化は印加電界の2乗に比例するという結果です。また量子井戸の幅の4乗に比例し、電子の有効質量に比例するということも示されています。

 量子閉じ込めシュタルク効果についてはさらに厳密な解析も行われていますが、ここでは以上に留めます。