光デバイス/光制御素子
4.量子閉じ込めシュタルク効果
前項で紹介した電界吸収型光変調器では電界印加によって光吸収率が変化する量子井戸層が利用されています。量子井戸は層に垂直方向に電界を印加することによって光吸収特性が変化する性質があります。この現象を引き起こしているのが、「量子閉じ込めシュタルク効果」と呼ばれる効果です。
量子井戸の光吸収は同じ半導体の厚い層やバルク結晶の光吸収とは少しちがった特性をもっています。これを説明するためには「励起子」というものを説明する必要があります。原子や電子のように後ろに「子」が付く言葉は粒子であることを示しています。日本の女性名に「子」が付くのはこれとは関係がないようです。
それなら励起子も粒子の仲間かということになりますが、これは一般に疑似粒子という分類になっています。真の粒子ではないが、粒子とみなすと考えやすいといった意味です。
結晶に光を当てるとそのエネルギーを得て結晶を作っている原子につなぎ止められていた電子が原子から離れることができるようになります。電子はマイナスの電荷をもっているので、それがいなくなった後の原子にはプラスの電荷をもった穴(のようなもの)ができると考えられます。これを正孔と呼んでいます。この状態を「原子が励起されて電子-正孔対が生成した」と言います。ところが電子と正孔は負と正の電荷をもっているので、電子がもといた場所から十分離れないと、クーロン力がはたらいて電子と正孔が引き合い互いの運動が束縛された図4-1に模式的に示すような状態が生まれます。この状態を英語ではexiton(エキシトンまたはエクサイトンと発音する)と呼び(日本語訳は「励起子(れいきし)」)、量子力学では擬似的な粒子と考えます。
この励起子を作っている電子と正孔が個々に分離するにはわずかなエネルギー(数meV~数10meV程度)しか必要でありません。これは室温の熱エネルギーと同程度ですから、結晶中では通常室温で電子と正孔に分離していまいます。このため普通、励起子は極低温でしか存在できません。しかし量子井戸の場合は様相がちがいます。量子井戸中では狭い範囲に電子が閉じ込められているので、電子が励起された場合に正孔から遠ざかりにくいと想像されます。そのため室温でも励起子が存在できます。
励起子が存在するか否かは、光吸収特性から判定できます。電子-正孔対が形成されるエネルギーよりわずかに低いエネルギーで励起子は生成されますから、電子-正孔対発生に対応した吸収よりわずかに低いエネルギー(長波長)で光吸収が発生します。量子井戸ではこの吸収が室温でも観測されることから、励起子の室温での存在が確認されました。
電界による光吸収の変化に話を戻します。量子井戸にはバルク結晶にはない複数のサブバンドと呼ばれる構造が伝導帯、価電子帶に生じることは、「半導体デバイスの物理」、20項で説明しています。このため、量子井戸の光吸収はこの伝導帯のサブバンドと価電子体のサブバンドの間で発生する励起子の吸収によって生じ、少しずつ違う波長に吸収ピークが生じます。
このサブバンド間のエネルギーの差は電界によって電位が傾斜するために図4-2に示すように少しだけ減少します。この減少のため励起子による光吸収のピークは電界を印加すると少しだけ長波長側へずれます。この現象を「量子閉じ込めシュタルク効果」(Quantum-Confined Stark Effect, 略してQCSE)と呼んでいます。この効果はベル研究所のD.A.B.Millerらによって1985年に提唱されています(1)。
因みに「シュタルク効果」は古くから知られていた現象で、孤立した原子や分子に電界をかけると、電界がないときにくらべてこの原子や分子による光吸収が変化する現象です。量子井戸の光吸収でも電界印加によって似た現象が起こることから、量子閉じ込めシュタルク効果という名前が付けられました。
次項でもう少し量子準位の電界による変化について理論的な説明を加えます。
(1)D.A.B.Miller, et al, Phys.Rev., Vol.32, p.1043 (1985)