光デバイス/光制御素子
<付録1> 摂動法量子力学の理論を実際の原子などに適用するためにはシュレディンガー方程式という微分方程式を解くことが求められます。しかし解析に解けるのは水素原子だけで、より複雑な構造の原子まして多数の原子からなる結晶などについては解くことはできません。
しかし実際の物質について適用できないと理論の意味がないので、厳密解は無理にしても近似計算によって理論を実際の物質に適用する努力が行われてきました。その近似計算の方法として代表的な方法の一つが摂動法です。この方法の数学的な説明はかなり複雑なので、付録として独立して説明することにします。
この摂動法は量子力学のために作られた方法ではなく、古くは天文学の星の軌道計算などに使われてきた方法です。例えば太陽の周りを回る地球の軌道は太陽と地球の間の万有引力によって大体決まりますが、厳密には他の惑星、金星や火星や木星などによる引力の影響をわずかながら受けるので、それによって少し軌道が影響を受けます。このわずかな変化はまともに複数の天体からの引力を考慮して厳密に計算するのは困難です。
そこで考案された近似方法が摂動法です。「摂動」は英語の"purtervation"の訳語ですが、"purterve"は辞書を引くと「乱す」という意味です。つまり摂動法とはわずかな乱れがある場合を計算する近似方法を意味します。基本的には乱れがないとき、例えば地球と太陽しかない場合、地球の軌道を表す解がわかっているとし、乱れが生じたとき、例えば火星の引力の影響を考慮する場合、火星の影響を考えない場合に対して違いはわずかなものと考えます。そのときの解は乱れのない場合の分かっている解をもとに、それに微小な項を級数として加えた関数で表せるであろうと仮定します。そしてこの級数の係数を合理的に決定すれば、近似解が得られるという考え方です。
ここでは軌道計算のような古典力学から解き明かす一般的な方法にまでは立ち返らず、量子力学のための近似方法だけを説明します。
対象とする系は時間に依存しない定常状態で、固有エネルギーは1つだけ、つまり縮退のない1次元の系とします。この場合のシュレディンガー方程式は波動関数を \(\psi\)、固有エネルギーを \(E\)、ポテンシャルエネルギーを \(V\) として \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\partial^2 \psi}{\partial x^2}+(V-E)\psi=0\]
と書けますが、これを書き直して
\[-(\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}-V)\psi=E\psi\]
とすると、左辺のカッコ内(符号を含めて)がハミルトン演算子(ハミルトニアン)\(\cal{H}\) ですから
\[{\cal{H}}\psi= E\psi\tag{1}\]
となります。シュレディンガー方程式の解析解が得られ、\(\psi\) が既知であるような基準となる状態(例えば \(V=0\) の場合)の(1)式を \[{\cal{H}}^{(0)}\psi_{n}^{(0)}=E_{n}^{(0)}\psi_{n}^{(0)}\tag{2}\]
と書きます。右肩の添え字(0)は基準状態(摂動のない状態)を表し、波動関数の添え字 \(n\) は量子数(つまり(2)式の解は複数あるのでそれに番号をつける)で、面倒ですが後で登場する他の状態と区別するために付けてあります。
ここで外力が加わるなどしてポテンシャルエネルギーが変化したとします。(1)式よりハミルトニアンが変化しますから、これを
\[{\cal{H}}={\cal{H}}^{(0)}+\lambda{\cal{H}}\]
と書きます。\(\lambda\) は定数で 0~1の値をとるとします。このときシュレディンガー方程式は
\[\left ({\cal{H}}^{(0)}+\lambda{\cal{H}}\right )\psi_{n}=E_{n}\psi_{n}\tag{3}\]
となります。ここで \(\psi_n\) が求めたいけれども解が得られない波動関数です。\(\lambda\) が小さいとすれば、これを使って \(\psi_n \) と \(E_n \) を展開した関数を用いて求めたい解は近似できると考えます。その級数を
\[\psi_{n}=\psi_{n}^{(0)}+\lambda\psi_{n}^{(1)}+\lambda^{2}\psi_{n}^{(2)}+\cdot\cdot\cdot\tag{4}\]
\[E_{n}=E_{n}^{(0)}+\lambda E_{n}^{(1)}+\lambda^{2}E_{n}^{(2)}+\cdot\cdot\cdot\tag{5}\]
と書きます。これを(3)式に代入すると、
\[\begin{align}{\cal{H}}^{(0)}\psi_{n}^{(0)} &+ \lambda\left ({\cal{H}}^{(0)}\psi_{n}^{(1)}+{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\right)+\lambda^{2}\left({\cal{H}}^{(0)}\psi_{n}^{(2)}+{\cal{H}}'\psi_{n}^{(1)}\right ) +\cdot\cdot\cdot \\ = E_{n}^{(0)}\psi_{n}^{(0)} &+ \lambda\left ( E_{n}^{(0)}\psi_{n}^{(1)}+E_{n}^{(1)}\psi_{n}^{(0)}\right)+\lambda^{2}\left (E_{n}^{(0)}\psi_{n}^{(2)}+E_{n}^{(1)}\psi_{n}^{(1)}+E_{n}^{(2)}\psi_{n}^{(0)}\right)+\cdot\cdot\cdot\tag{6}\end{align}\]
となりますが、\(\lambda\) の各次数について(6)式の両辺の係数は等しいはずですから、次数ごとに整理すると
<0次>\[\left ({\cal{H}}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right )\psi_{n}^{(0)}=0\]
<1次>\[\left({\cal{H}}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)\psi_{n}^{(1)}=E_{n}^{(1)}\psi_{n}^{(0)}-{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\tag{7}\] <2次> \[\left({\cal{H}}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)\psi_{n}^{(2)}=\left(E_{n}^{(1)}-{\cal{H}}'\right)\psi_{n}^{(1)}+E_{n}^{(2)}\psi_{n}^{(0)}\tag{8}\]
となります。0次は(2)式と同じ式になります。
つぎにここでの直接の目的である固有エネルギーの第1、第2摂動近似を求めてみます。 まず1次ですが、(7)式を用います。両辺に左から複素共役関数 \(\psi_n^{(1)\ast}\) をかけて積分し、スカラー積(内積)をつくります。すると(7)式左辺は
\[\begin{align}(7)式左辺 &=\int\psi_{n}^{(0)\ast}\left({\cal{H}}-E_{n}^{(0)}\right)\psi_{n}^{(1)}\mathrm{d}x \\ &= \left\lbrace\int\psi_{n}^{(1)\ast}\left({\cal{H}}-E_{n}^{(0)}\right)\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\right\rbrace^{\ast}\\ &= \left\lbrace\int\psi_{n}^{(1)\ast}\left(E_{n}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right )\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\right\rbrace^{\ast} \\ &=0\end{align}\]
となり、0であることがわかります。なお、2行目の式は、\({\cal{H}}-E_{n}^{(0)}\) がエルミート演算子(1)であることにより、3行目の式は(2)式の関係を用いてそれぞれ得られます。
つぎに(7)式の右辺ですが、
\[\begin{align}(7)式右辺&= \int\psi_{n}^{(0)\ast}\left(-{\cal{H}}'+E_{n}^{(1)}\right)\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x \\ &= -\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x+E_{n}^{(1)}\int\psi_{n}^{(0)\ast}\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x \\ &= -\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x+E_{n}^{(1)}\end{align}\]
となります。(7)左辺が0であるので \[E_{n}^{(1)}=\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\tag{9}\]
が得られます。
1次の \(\psi_n^{(1)}\)、これを1次の摂動項と呼びますが、これを求めるのが、この近似解法の最初の目的です。そこでまず \(\psi_n^{(1)}\) を \(\psi_n^{(0)}\) で展開して表示します。 \[\psi_{n}^{(1)}=\sum_{m}C_{m}\psi_{m}^{(0)}\tag{10}\]
(10)式を(7)式に代入すると \[\left({\cal{H}}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)\sum_{m}C_{m}\psi_{m}^{(0)}=\left(-{\cal{H}}'+E_{n}^{(1)}\right)\psi_{n}^{(0)}\]
これを書き直して \[\sum_{m}C_{m}\left(E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)\psi_{m}^{(0)}=\left(-{\cal{H}}'+E_{n}^{(1)}\right)\psi_{n}^{(0)}\tag{11}\] となります。
(11)式の左から共役関数の \(\psi_k^{(0)\ast}\) をかけて積分し、スカラー積(内積)を作ります。まず左辺は
\[(11)式左辺 =\sum_{m}C_{m}\left(E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)\int\psi_{k}^{(0)\ast}\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x\]
積分の中は \(m=k\) の場合以外はすべて 0 になるので
\[(11)式左辺=C_{k}\left(E_{k}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)\tag{12}\]
となります。つぎに(11)式の右辺は
\[\begin{align}(11)式右辺 &= \int\psi_{k}^{(0)\ast}\left(-{\cal{H}}'+E_{n}^{(1)}\right)\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x \\ &= -\int\psi_{k}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x+E_{n}^{(1)}\int\psi_{k}^{(0)\ast}\psi_{n}^{0}\mathrm{d}x\end{align}\tag{13}\] となります。\(k \neq n\) のとき(12)、(13)式から \[C_{k}\left(E_{k}^{(0)}-E_{n}^{(0)}\right)=-\int\psi_{k}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\] の関係が得られ、これより展開係数 \(C_k\) が次式のように求められます。 \[C_{k}=\frac{\int\psi_{k}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x}{E_{k}^{(0)}-E_{n}^{0}}\tag{14}\]
一方、\(k=n\) の場合を(12)、(13)式に適用すると \[0=-\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x + E_{n}^{(0)}\]
が得られるので、エネルギー \(E\) の1次の摂動解は \[E_{n}^{(1)}=\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\tag{15}\]
となり、(9)式の結果と一致します。
一方で(14)式は \(k=n\) のとき分母が 0 になってしまうため、この式からは \(C_n\) は求められません。これを解決するため \(\psi_n\) の規格化条件を用いてみます。(4)式に戻って \[\begin{align}\psi_{n} &= \psi_{n}^{(0)}+\lambda\psi_{n}^{(1)}+\lambda^{2}\psi_{n}^{(2)}+\cdot\cdot\cdot \\ &= \psi_{n}^{(0)}+\lambda\left(C_{n}\psi_{n}^{(0)}+\sum_{k\neq n}C_{k}\psi_{k}^{(0)}\right)+\cdot\cdot\cdot \\ &= \left(1+\lambda C_{n}\right)\psi_{n}^{(0)}+\lambda\sum_{k\neq n}C_{k}\psi_{k}^{(0)}+\cdot\cdot\cdot\end{align}\]
と書けます。これより
\[\left |\psi_{n}\right|^{2}=\left(1+\lambda C_{n}^{\ast}\right)\left(1+\lambda C_{n}\right)+\lambda^{2}\left(\cdot\cdot\cdot\cdot\right)+\cdot\cdot\cdot\] \[=1+\lambda\left(C_{n}^{\ast}+C_{n}\right)+\lambda^{2}\left(\cdot\cdot\cdot\right)+\cdot\cdot\cdot\tag{16}\] となります。規格化条件は(16)式=1ですから
\[C_{n}^{\ast}+C_{n}=0\]
となります。
以上より1次の摂動による波動関数の解は
\[\psi_{n}^{(1)}=-\sum_{m\neq n}\frac{\int\psi_{m}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x}{E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}}\psi_{m}^{(0)}\tag{17}\] となり、(15)式と(17)式が1次の摂動による解となります。
つぎに2次の摂動を考えます。固有エネルギーを求めるには1次の場合と同様に(8)式から出発します。(8)式を変形して \[\left({\cal{H}}'-E_{n}^{(1)}\right)\psi_{n}^{(1)}+\left({\cal{H}}-E_{n}^{(0)}\right)\psi_{n}^{(2)}=E_{n}^{(2)}\psi_{n}^{(0)}\tag{18}\]
1次の場合と同様に、左から \(\psi_n^{(0)*}\) をかけて積分しスカラー積を求めると、(10)式の右辺が求める \(E_n^{(2)}\) になります。 \[E_{n}^{(2)}=\int\psi_{n}^{(0)\ast}\left({\cal{H}}'-E_{n}^{(1)}\right)\psi_{n}^{(1)}\mathrm{d}x\]
\(\psi_n^{(1)}\) に(10)式の関係を用いるとつぎのようになります。 \[\begin{align}E_{n}^{(2)} &= \int\psi_{n}^{(0)\ast}\left({\cal{H}}'-E_{n}^{(1)}\right)\sum_{m}C_{m}\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x \\ &= \int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\sum_{m}C_{m}\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x-\int\psi_{n}^{(0)\ast}E_{n}^{(1)}\sum_{m}C_{m}\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x \\ &=\sum_{m}C_{m}\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x-E_{n}^{(1)}\sum_{m}C_{m}\int\psi_{n}^{(0)\ast}\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x\end{align}\] この式の右辺第2項の積分は、\(m\neq n\) のときは 0 で、\(m=n\) のときは \(C_n\) が 0 ですから、結局右辺は第1項のみが残ります。 \[E_{n}^{(2)}=\sum_{m}C_{m}\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x\]
ここで \(C_m\) に(14)式の関係を代入して \[\begin{align}E_{n}^{(2)} &= -\sum_{m\neq n}\frac{\int\psi_{m}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\int\psi_{n}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{m}^{(0)}\mathrm{d}x}{E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}} \\ &= -\sum_{m\neq n}\frac{\int\psi_{m}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\lbrace\int\psi_{m}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\rbrace^{\ast}}{E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}} \\ &= -\sum_{m\neq n}\frac{\left|\int\psi_{m}^{(0)\ast}{\cal{H}}'\psi_{n}^{(0)}\mathrm{d}x\right|^{2}}{E_{m}^{(0)}-E_{n}^{(0)}}\end{align}\tag{19}\] この(19)式がエネルギーの2次の摂動解です。
波動関数の2次の摂動解も同様に計算できますが、長くなるので省略します。さらに進んで縮退のある場合、時間に依存する系の場合などについても摂動法が適用できますが、計算はさらに複雑になりますので、これらについては量子力学の教科書を見ていただくようにお願いし、摂動法についての紹介はここまでとします。
(1)エルミート演算子\(A\) は \(\int\psi_{1}(x)^{\ast}(A\psi_{2}(x))\mathrm{d}x=\int(A\psi_{1}(x))^{\ast}\psi_{2}(x)\mathrm{d}x\) の関係を満たします。