科学・基礎/半導体物理学
42.固体中の電子伝導

 この項では少し話題を変えて、固体中とくに半導体中の電気伝導について考えます。8項では固体中の電子の運動をニュートンの運動方程式にしたがうとして考えました。負の電荷をもつ電子を電界中におくと力がはたらいて電子が加速運動をします。これでは定常的に流れる電流は説明できません。そこで固体中の電子に原子との衝突などによって加速が妨げられる効果を考慮し、オームの法則が導けることを示しました。

 半導体の電気伝導特性もとくに電界が小さい場合にはこのオームの法則に従いますが、電界が大きくなると説明ができなくなる場合があります。電流にかかわる多数の電子は36項で説明したようにエネルギー分布をもっていますが、古典電子論ではこのようなエネルギー分布は考慮されていません。

 36項で示したように電子は熱平衡状態ではフェルミ分布 \(f_0\) に従います。

\[f_{0}=\frac{1}{\exp \lbrace\left ( \varepsilon-\varepsilon_{F}\right )/kT\rbrace +1}\tag{1}\]

ここで \(\varepsilon_{F}\) はフェルミエネルギーです。電子のエネルギー \(\varepsilon\) は次式で示されるように波数 \(k\) の2乗に比例します。

\[\varepsilon=\frac{\hbar^{2}k^{2}}{2m}\tag{2}\]

 この系に電界 \(E\)、すなわち力 \(F=eE\) を加えると、分布は熱平衡状態 \(f_{0}\) から新たな分布 \(f\) に変化すると考えられます。ただしこの変化はどんどん増大するわけではなく、古典電子論の運動方程式の場合と同じように、電子が原子と衝突するなどの影響により変化が抑制され、あるところで落ち着くと考えられます。

 この考え方に従えば、分布の時間変化 \(\mathrm{d}f/\mathrm{d}t\) は

\[\frac{\mathrm{d} f}{\mathrm{d} t}=\left ( \frac{\partial f}{\partial t}\right )_{d}+\left ( \frac{\partial f}{\partial t}\right )_{c}\tag{3}\]

と書けると考えられます。ここで右辺第1項は外力による分布変化でドリフト(流動)項と呼ばれ、第2項は衝突などによる分布変化で衝突項と呼ばれています。

 この(3)式はボルツマン(Boltzmann)方程式と呼ばれています。元来気体の分子運動を古典力学によって説明するために導かれた式ですが、後に固体中の電子にも拡張適用されました。固体に適用した場合を区別してボルツマン-ブロッホ(Boltzmann-Bloch)方程式という場合もあります。以下、この式がどのような考えから導かれたかを考えます。

 自由電子モデル(21項参照)において、波数ベクトル \(\mathbf{k}\) は

\[\mathbf{k}=\frac{2\pi}{L}\mathbf{g}\]

と表されます。ここでベクトル \(\mathbf{g}\) のxyz成分を \(\mathbf{g}=\left ( g_{x},g_{y},g_{z}\right )\) と書くと、\(g_{x},g_{y},g_{z}\) は それぞれ \(0,\pm 1,\pm 2,\cdots \) です。また、\(L\) は結晶の周期です。

 以上から波数 \(k\) は \(k_{x},k_{y},k_{z}\) を座標軸にとった座標系(k空間と言います)をとると、36項で示した通り、各格子点に対応する値をとりますから、波数 \(k\) の状態の数は \(k\) 空間で単位立方体の体積 \(\left (2\pi/L\right )^3\) 当たり1個となります。したがって波数の微小な範囲 \(\Delta \mathbf{k}\) 当たりの状態数(状態密度)は

\[\frac{\Delta\mathbf{k}}{\left (2\pi /L\right )^3 }=\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\Delta\mathbf{k}\]

となります。ただし \(V\) は実空間での単位格子の体積で \(V=L^3 \) です。\(\Delta\mathbf{k}\) は微小といってもこの体積 \(V\) の立方体よりは十分大きい必要があります。なお、スピンを考慮すれば状態数はさらにこの2倍となりますが、ここではスピンは変化せず1つの状態を保つと考えます。

 波数範囲 \(\Delta\mathbf{k}\) にある電子の数 \(\Delta N\) は34項で述べている通り、状態密度×エネルギー分布で表されますから、熱平衡状態において

\[\Delta N=\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}f_{0}\left (\mathbf{k}\right )\mathrm{d}\mathbf{k}\]

となります。ただし \(\Delta\mathbf{k} \rightarrow 0\) として \(\Delta\mathbf{k}\) を \(\mathrm{d}\mathbf{k}\) に置き換えました。上で \(\Delta\mathbf{k}\) は \(V\) より大きくとるとしながら、ここでは 0 に近づけるという矛盾したような説明でわかりにくいですが、数学的な操作です。

 この \(f_{0}\) が電界 \(E\) により変化した場合を考えます。変化後の分布を \(f\left (k,t\right )\) とします。熱平衡状態からずれた分布は一般に時間変化するので、\(f\) は時間 \(t\) の関数です。また空間的にも一様でないこともあり得ますが、ここではそれは無視します。

 この熱平衡状態からずれた電子の数は

\[N\left ( t\right )=\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}f\left ( \mathbf{k},t \right )\mathrm{d}\mathbf{k}\tag{4}\]

と書けます。波数 \(\Delta k\) の範囲で、微小な時間 \(\Delta t\) の間に波数が \(k_0\) から \(k\) に変化したとすると、電子の増加分 \(\Delta N\) は

\[\Delta N=\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\left [ f\left ( \mathbf{k}_{0},t-\Delta t\right )-f\left ( \mathbf{k},t\right ) \right ]d\mathbf{k}\tag{5}\]

となります。

 ここで電界 \(\mathbf{E}\) が印加された場合の波数 \(\mathbf{k}\) の時間変化 \(\mathrm{d}\mathbf{k}/\mathrm{d}t\) を考えます。電子の運動量を \(\mathbf{p}\) とすると、運動方程式は 

\[\frac{\mathrm{d}\mathbf{p}}{\mathrm{d}t}=e\mathbf{E}\]

です。量子力学における \(\mathbf{p}=\hbar\mathbf{k}\) の関係を用いると

\[\frac{\mathrm{d}\mathbf{k}}{\mathrm{d} t}=\frac{e\mathbf{E}}{\hbar}\tag{6}\]

となります。もう一度 \(\mathrm{d}\mathbf{k}\rightarrow\mathbf{k}-\mathbf{k}_{0}\) および \(\mathrm{d}t\rightarrow\Delta t\) とおき、(6)式の関係を用いれば

\[\mathbf{k}-\mathbf{k}_{0}=\Delta t\frac{e\mathbf{E}}{\hbar}\tag{7}\]

と書けます。

 この(7)式を(5)式に代入すると

\[\Delta N=\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\left [ f\left ( \mathbf{k}-\Delta t\frac{e\mathbf{E}}{\hbar},t-\Delta t \right )-f\left ( \mathbf{k},t \right ) \right ]d\mathbf{k}\]

となります。ここで

\[f\left ( \mathbf{k}+\Delta \mathbf{k} \right )=f\left ( \mathbf{k} \right ) + \frac{\mathrm{d} f}{\mathrm{d} \mathbf{k}}\Delta \mathbf{k}+\cdots\]

\[f\left ( t+\Delta t \right )=f\left ( t \right ) + \frac{\mathrm{d} f}{\mathrm{d} t}\Delta t+\cdots\]

という展開を行い、右辺第1項までの近似を用いると

\[\Delta N =\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\left ( -\frac{e\mathbf{E}}{\hbar}\frac{\partial f}{\partial \mathbf{k}}-\frac{\partial f}{\partial t}\right )\mathrm{d}\mathbf{k}\Delta t\tag{8}\]

となります。これは分布 \(f\) の電界による変化に起因する電子数の変化を示しているので、ドリフト項に相当します。これに衝突による分布の変化、すなわち衝突項

\[N\left ( t \right )=\frac{V}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\left ( \frac{\partial f}{\partial t}\right )_{c}\]

が等しいとおいた

\[\frac{\partial f}{\partial t}+\frac{e\mathbf{E}}{\hbar}\cdot\frac{\partial f}{\partial \mathbf{k}}=\left ( \frac{\partial f}{\partial t}\right )_{c}\tag{9}\]

が固体中の電子に対するボルツマン方程式(またはボルツマン-ブロッホ方程式)です。

 このボルツマン方程式に従って電子が運動することにより電流が流れますが、それがどのような形で表されるかについて考えます。

 ここでは定常電流を考えます。定常状態では

\[\frac{\partial f}{\partial t}=0\]

ですから、(9)式は

\[\frac{e\mathbf{E}}{\hbar}\cdot\frac{\partial f}{\partial \mathbf{k}}=\left ( \frac{\partial f}{\partial t}\right )_{c}\tag{10}\]

となります。ここで衝突項として古典論で採用した緩和時間 \(\tau\) を用いた形(9項参照)が分布関数 \(f\) の変化に対しても成り立つと仮定して

\[\left ( \frac{\partial f}{\partial t}\right )_{c}=-\frac{f-f_{0}}{\tau }\tag{11}\]

とします。(11)式を(10)式に代入して

\[\frac{e\mathbf{E}}{\hbar}\cdot\frac{\partial f}{\partial \mathbf{k}}=-\frac{f-f_{0}}{\tau}\]

とし、これを書き直して

\[f-f_{0}=\frac{e\tau}{\hbar}\mathbf{E}\cdot\frac{\partial f_{0}}{\partial \mathbf{k}}=\frac{e\tau}{\hbar}\frac{\partial f_{0}}{\partial \varepsilon }\mathbf{E}\cdot\frac{\partial \varepsilon}{\partial \mathbf{k}}\tag{12}\]

とします。ここで \(f\) の \(f_{0}\) からの変化はわずかであると考え、(12)式右辺では \(f\) を \(f_{0}\) で置き換える近似を採用しています。電界 \(\mathbf{E}\) が \(x\) 方向であるとして \(x\) 方向成分だけを考えると

\[\frac{\partial \varepsilon}{\partial k_{x}}=\frac{\hbar^{2}k_{x}}{m^{*}}=\hbar v_{x}\tag{13}\]

となります。ただし \(m^{*}\) は電子の有効質量で、

\[v_{x}=\frac{\hbar k_{x}}{m^{*}}\]

です。したがって

\[f-f_{0}=e\tau E_{x}v_{x}\frac{\mathrm{d} f_{0}}{\mathrm{d} \varepsilon}\tag{14}\]

となります。

 さて電流は、[電荷]×[キャリアの濃度]×[電荷の移動速度]で表されますから 、\(x\) 方向の単位体積当たり ( \(V=1\) )の電流 \(J_{x}\) は

\[\begin{align}J_{x} &= \frac{1}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\int -ev_{x}f\left (\mathbf{k}\right )\mathrm{d}\mathbf{k} \\ &= -\frac{e^{2}E_{x}}{\left ( 2\pi\right)^{3}}\int\tau v_{x}^{2}\frac{\mathrm{d}f_{0}}{\mathrm{d}\varepsilon}\mathrm{d}\mathbf{k}\tag{15}\end{align}\]

となります。なお、ここで(14)式を用いるに当たって、熱平衡状態の分布である \(f_0\) は電流には寄与しないので、(14)式左辺の \(f_0\) は無視しました。

 上式の \(\mathrm{d}f_{0}/\mathrm{d} \varepsilon \) を求めます。まず

\[\frac{1}{f_0}=g\left ( \varepsilon \right )=\exp \left (\frac{\varepsilon -\varepsilon_{F}}{kT}\right )+1\]

と置くと

\[\begin{align} \frac{\mathrm{d} f_{0}}{\mathrm{d} \varepsilon } &= \frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} \varepsilon }\left [ \frac{1}{g\left ( \varepsilon \right )}\right ]=-\left [ \frac{1}{\left [ g\left ( \varepsilon \right )\right ]^{2}} \right ]\frac{\mathrm{d} g}{\mathrm{d} \varepsilon } \\ \frac{\mathrm{d} g}{\mathrm{d} \varepsilon } &= \frac{1}{kT}\exp \left (\frac{\varepsilon-\varepsilon_{F}}{kT}\right ) = \frac{1}{kT}\left [g\left (\varepsilon \right )-1 \right ]\end{align}\]

となりますから、

\[\frac{\mathrm{d} f_{0}}{\mathrm{d} \varepsilon }=-\frac{f_{0}\left ( 1-f_{0} \right )}{kT}\tag{16}\]

が得られます。さらに電子の濃度 \(n\) が

\[n=\frac{1}{\left ( 2\pi\right )^{3}}\int_{0}^{\infty }f_{0}d\mathbf{k}\tag{17}\]

と表されることを用いれば、(15)式は

\[J_{x}=\frac{ne^{2}E_{x}}{kT}\int_{0}^{\infty}\tau v_{x}^{2}f_{0}\left ( 1-f_{0}\right )d\mathbf{k}/\int_{0}^{\infty}f_{0}\mathrm{d}\mathbf{k}\tag{18}\]

のように変形されます。敢えてこのような分子分母の形に変形したのは後の便宜のためです。

 さてエネルギーについては11項で触れたエネルギー等分配の法則により、

\[\begin{align} &\int v_{x}^{2}f\left ( \varepsilon \right )\mathrm{d}\mathbf{k} = \int v_{y}^{2}f\left ( \varepsilon\right )\mathrm{d}\mathbf{k} =\int v_{z}^{2}f\left ( \varepsilon\right )\mathrm{d}\mathbf{k} \\ &= \frac{1}{3}\frac{2}{m^{*}}\int \varepsilon f\left ( \varepsilon\right )\mathrm{d}\mathbf{k}\tag{19}\end{align}\]

が成り立ちます。また、36項で説明したように、3次元 \(k\) 空間における \(\Delta \mathbf{k}\) は、微小な厚さ \(\mathrm{d}k\) の球殻の体積に相当しますから、

\[\mathrm{d}\mathbf{k}=4\pi k^{2}\mathrm{d}k=4\pi\left ( \frac{2m^{*}}{\hbar^{2}}\right )^{1/2}\frac{m^{*}}{\hbar^{2}}\varepsilon^{1/2}\mathrm{d}\varepsilon\tag{20}\]

です。以上の(19)、(20)式より、(18)式の電流は

\[J_{x}=\frac{2e^{2}nE_{x}}{3kTm^{*}}\int_{0}^{\infty}\tau\varepsilon ^{3/2}f_{0}\left ( 1-f_{0}\right )\mathrm{d}\varepsilon/\int_{0}^{\infty}\varepsilon^{1/2}f_{0}\mathrm{d}\varepsilon\tag{21}\]

となります。ここで \(f_{0}\ll 1\) であるとし、\(f_{0}\sim\exp \left (-\varepsilon /kT\right )\) のような関数形で近似できるとすると、つぎの関数の積分は部分積分を使って

\[\begin{align}\int_{0}^{\infty}\varepsilon^{3/2}f_{0}\mathrm{d}\varepsilon &= -kT\left [ f_{0}\varepsilon^{3/2}\right ]_{0}^{\infty }+\frac{3kT}{2}\int_{0}^{\infty}\varepsilon^{1/2}f_{0}\mathrm{d}\varepsilon \\ &= \frac{3}{2}kT\int_{0}^{\infty}\varepsilon^{1/2}f_{0}\mathrm{d}\varepsilon\end{align}\]

という形に変形できます。そこで(21)式の分母を置き換えると、

\[J_{x}=\frac{ne^{2}\left \langle \tau \right \rangle}{m^{*}}E_{x}\tag{22}\]

の形の式が得られます。ただし

\[\left \langle \tau \right \rangle=\frac{\int_{0}^{\infty}\tau\varepsilon^{3/2}f_{0}\mathrm{d}\varepsilon}{\int_{0}^{\infty}\varepsilon^{3/2}f_{0}\mathrm{d}\varepsilon}\]

と置きました。これをするために(18)式の形をとったわけです。

 ここで仮に

\[\sigma=\frac{ne^{2}\left\langle \tau\right\rangle}{m^{*}}\] \[\mu=\frac{e\left\langle\tau\right\rangle}{m^{*}}\]

と置けば、従来のオームの法則

\[J_{x}=\sigma E_{x}=ne\mu E_{x}\]

が得られます。これは以前導いた電流の式に形のうえでは一致することになります。言うまでもなく \(\sigma\) は導電率、\(\mu\) は移動度に相当します。

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