科学・基礎/半導体物理学
40.p型とn型前項で示したように、真性半導体では電子と正孔の数が等しく、その数はバンドギャップエネルギーと温度で決まっていました。この限りでは半導体と絶縁体に本質的違いはありません。
半導体を一般の絶縁体と明確に区別できるのは、伝導電子を正孔とはアンバランスに増やすまたは減らすことができることにあります。伝導電子の数を増やすにはどうするかというと、半導体の分野では常套手段があります。純粋な半導体に微量の不純物を入れるという方法です。不純物というと良くないイメージがあるかも知れませんので、添加物といった方がよいかも知れません。英語では添加物を添加することをドーピングと言い、添加物のことをドーパントと言います。一般用語としてのドーピングは悪い意味ですが。
説明を分かりやすくするために、4 価のシリコンにドーピングする場合を例にとります。シリコンの結晶に微量の5 価の添加物、例えばリン(P)をドーピングすることを考えます。
図40-1のように周りが 4 価の Si 原子で囲まれたなかに 5 価の P 原子が入ると、この P 原子は4つの電子を出して Si 原子と手を結びあいますが、5 価の P 原子はもう 1 個価電子をもっているので、これが浮いていまいます。P 原子はできるだけ周りの Si 原子となじみたいという性質があるので、余った 1 個の電子にはつれなく、簡単にこれを離します。こうして P 原子 1 個について 1 個の伝導電子が生まれることになります。
このように負の電荷をもった電子が多い半導体を負(ネガティブ)の頭文字 n をとって n 型の半導体と呼びます。4 価の元素からなる半導体の場合は 5 価の添加物を入れますが、GaAs などのⅢ-V族半導体の場合は、 6 価の元素(例えばセレン)を添加物として入れると同じことが起きます。このような n 型の半導体を作るために添加される添加原子を電子を出すという意味でドナーと呼びます。臓器移植で臓器を提供する人のことをドナーと言いますが、言葉は同じです。
動きやすい電子をたくさんもった n 型半導体はわかりやすいですが、p 型半導体とは何でしょうか。図40-2のように 4 価の Si に 3 価の元素、例えばホウ素(B)を加えた場合を考えます。すると今度は電子が 1 個不足します。そうなると B 原子はやはり周りの Si になじみたいので、どこからか 1 個の電子を補給してすべて埋まった状態にしようとします。もし図40-2のように隣の Si 原子の価電子を取り込んでしまうと、今度はそのシリコン原子の周りで電子が 1 個不足してしまいます。そこで困った Si 原子はまた次の隣の原子から電子を取り込むというふうに、電子が不足している穴の開いたところがつぎつぎに移動します。これは周りからみるとプラスの粒子が動いているように見え、正孔と呼ばれることは前項で説明した通りです。
このように正孔が多い半導体を正(ポジティブ)の頭文字 p をとって p 型の半導体と呼びます。4 価の元素からなる半導体の場合は 3 価の添加物を入れますが、GaAs などのⅢ-V族半導体の場合は、2 価の元素(例えば亜鉛)を添加物として入れると同じことが起きます。このような p 型の半導体を作るために添加される原子を電子を受け入れるという意味でアクセプタと呼びます。
ドナーから価電子を離すにもエネルギーは必要です。しかしそれは大変小さく、室温の熱エネルギーでも十分で、1 個の電子はほとんどのドナー原子から離れてしまいます。ですから添加したドナーの数とほとんど同じ数の電子が n 型半導体中には発生することになります。アクセプタの数と正孔の数についても同じことが言えます。普通、ドナーやアクセプタは \(1 \mathrm{cm}^3\) 中に 10 の 16 乗から 10 の 18 乗個程度入れます。ものすごい数のように思えますが、 \(1 \mathrm{cm}^3\) 中の Si 原子の数は 10 の 23 乗個とかいったレベルですので、これに比べるとわずか 100 万分の 1 程度の量、すなわち ppm 程度の濃度で入っているに過ぎません。このような微量の添加によって効果を出すので、もともとの半導体の純度はもっと高くしておかなければなりません。これも半導体技術がむずかしい理由の一つです。
シリコン結晶中の P が価電子を1つ離した状態では、リン原子は正電荷を持ちますから、これと電子の間にクーロン引力がはたらきます。原子核と電子の距離を \(r\)、シリコン結晶の誘電率を \(\varepsilon\) とすると、このクーロン力によるポテンシャルエネルギー \(V\left ( r\right) \) は \[V\left ( r \right )= -\frac{q^{2}}{4\pi \varepsilon r}\] と表せます。\(q\) は電子電荷です。これを用いてシュレディンガー方程式を書くと \[\left \{ -\frac{\hbar^{2}}{2m^{*}}\triangledown ^{2}-\frac{q^{2}}{4\pi \varepsilon r} \right \}\psi = E\psi\tag{1}\] となります。なお、\(m^{*}\) は電子の有効質量です。この方程式のかたちは19項で説明した原子核と 1 個の電子からなる水素原子についての方程式 \[\left \{ -\frac{\hbar^{2}}{2m}\triangledown ^{2}-\frac{q^{2}}{4\pi \varepsilon_{0} r} \right \}\psi = E\psi\tag{2}\] と同じです。
この方程式の解を求める手順に立ち入ると脇道が長くなってしまいますので、ここでは省略し結果だけを示します。エネルギー固有値は \[E= E_{n}= -\frac{q^{2}}{2\left ( 4\pi \varepsilon _{0} \right )a_{B}}\cdot \frac{1}{n^{2}}\tag{3}\] と表されます。ただし \(n=1\),2,・・・です。また \(a_{B}\) はボーア半径で \[a_{B}= \frac{\left ( 4\pi \varepsilon _{0} \right )\hbar^{2}}{mq^{2}}\tag{4}\] と書かれます。
各定数の値、\(q=1.602 × 10^{-19}~\mathrm{C}\) 、\(m=9.110 × 10^{-31}~\mathrm{kg}\)、\(\hbar=1.054 × 10^{-34} ~\mathrm{J}\cdot \mathrm{sec}\)、\(\varepsilon _{0 }= 8.854×10^{-12}~ \mathrm{C}^{2}/\mathrm{N}\cdot \mathrm{m}^{2}\) を用いて計算すると \[\begin{align}E_{n} &= -\frac{13.6}{n^{2}}\left ( \mathrm{eV} \right ) \\ a_{B} &=0.053 (\mathrm{nm})\end{align}\] が得られます。
本題の(1)式の解は、当然(3)、(4)式と同じ形になります。ただし \[\begin{align}\varepsilon _{0} &\rightarrow \varepsilon \\ m &\rightarrow m^{*}\end{align}\] という置き換えは必要です。すると \[\begin{align} E_{n} &= -13.6\frac{m^{*}}{m}\frac{1}{\varepsilon {_{r}}^{2}}\frac{1}{n^{2}}\left ( \mathrm{eV} \right ) \\ a_{B}^{*} &= 0.053\frac{m}{m^{*}}\varepsilon _{r}\left ( \mathrm{nm} \right )\end{align}\] が得られます。\(a_{B}^{*} \) を有効ボーア半径ということがあります。ここで \[\varepsilon = \varepsilon _{r}\varepsilon _{0}\] と書き、\(\varepsilon _{r}\) を比誘電率と呼びます。
Si の比誘電率を 12、\(m^{*}=0.2m\)とすると、\(E_{1}=0.019~\mathrm{eV}\)、\(a_{B}^{*}=3.2\mathrm{nm}\) となります。エネルギーは Si のバンドギャップエネルギー(\(1.1~\mathrm{eV}\) )に比べて 1/100 程度となります。またボーア半径は水素原子に比べて 60 倍ほど大きくなります。
言い換えれば電子は価電子帯から励起される場合より 1/100 も小さいエネルギーで容易に原子から離れ、伝導帯に励起されることになります。この様子を図示すると、図40-3のように伝導帯のすぐ下(上記の例で言えば 0.019eV 下)にドナー準位ができ、ここから電子が室温でも簡単に伝導帯に励起されるということになります。
正孔を供給する不純物(アクセプタ)の場合は、ドナーの場合と同じように計算できます。有効質量が電子と正孔とでは少し違いますが、図40-4のように価電子帯のすぐ上にアクセプタ準位ができます。
価電子帯の電子は僅かなエネルギーでこのアクセプタ準位に励起されますので、価電子帯にたくさんの正孔ができることがわかります。電子は価電子帯とアクセプタ準位の間を簡単に行き来できますから、原子自体は動かなくても、電子が不足した原子は刻々変わり、これが見かけ上、正孔が移動していることになるわけです。図40-4を眺めていると何となく正孔の概念が分かってくるのではないでしょうか。