科学・基礎/半導体物理学
29.逆格子逆格子ベクトルについてはすでに前項で導入しました。格子ベクトル \[\mathbf{R}=n_1\mathbf{a}_1+n_2\mathbf{a}_2+n_3\mathbf{a}_3\tag{1}\] と逆格子ベクトル\[\mathbf{K}=m_1\mathbf{b}_1+m_2\mathbf{b}_2+m_3\mathbf{b}_3\tag{2}\]の間には\[\begin{align} \mathbf{K}\cdot\mathbf{R} &= \left ( m_{1}\mathbf{b}_{1}+m_{2}\mathbf{b}_{2}+m_{3}\mathbf{b}_{3}\right) \cdot\left ( n_{1}\mathbf{a}_{1}+n_{2}\mathbf{a}_{2}+n_{3}\mathbf{a}_{3}\right) \\&= 2\pi n\tag{3}\end{align}\]の関係があります。ここで\(\mathbf{a}_1\)、\(\mathbf{a}_2\)、\(\mathbf{a}_3\) は基本格子ベクトル、\(\mathbf{b}_1\)、\(\mathbf{b}_2\)、\(\mathbf{b}_3\) は逆格子空間の基本ベクトル、\(n_1,n_2,n_3\)、 \(m_1,m_2,m_3\)、\(n\) はそれぞれ正負の整数です。
この逆格子ベクトルは何を示しているのでしょうか。これについて考えてみます。
ここで図29-1に示すように、3本の基本格子ベクトルの方向(直交しているとは限りません)と交点A、B、Cをもつ結晶面(格子面)Pを考えます。原点Oと各交点A、B、Cとの距離をそれぞれ \(n_{1}a_{1} ,n_{2}a_{2} ,n_{3}a_{3}\) とします。ただし、 \(a_1=\left |\mathbf{a}_1\right |\)、\(a_2=\left |\mathbf{a}_2\right |\)、\(a_3=\left |\mathbf{a}_3\right |\) としました。ここで仮につぎのようなベクトル \(\mathbf{K}'\)を考えます。
\[\mathbf{K}'=2\pi\left (\frac{1}{n_1 a_1}\mathbf{b}_1+\frac{1}{n_2 a_2}\mathbf{b}_2+\frac{1}{n_3 a_3}\mathbf{b}_3\right )\tag{4}\]
のようにとると、このベクトル \(\mathbf{K}'\) は格子面Pに垂直になります。これは以下のように示されます。P上のベクトル\(\overrightarrow{AB}\)は
\[\overrightarrow{AB}=-n_1 a_1\mathbf{a}_1 + n_2 a_2\mathbf{a}_2 + 0 \mathbf{a}_3\tag{5}\]
と書けます。この \(\overrightarrow{AB}\) と \(\mathbf{K}'\) の内積を計算します。
\[\begin{align}\mathbf{K}'\cdot\overrightarrow{AB} &= 2\pi\left (\frac{1}{n_1 a_1}\mathbf{b}_1+\frac{1}{n_2 a_2}\mathbf{b}_2+\frac{1}{n_3 a_3}\mathbf{b}_3\right )\cdot \left (-n_1 a_1\mathbf{a}_1 + n_2 a_2\mathbf{a}_2 + 0 \mathbf{a}_3\right ) \\ &=2\pi\left (-1+1\right ) \\ &= 0\tag{6}\end{align}\]
となり、\(\overrightarrow{AB}\) と \(\mathbf{K}'\) は直交していることがわかります。これはベクトル\[\overrightarrow{AC}=-n_1 a_1\mathbf{a}_1+0 a_2\mathbf{a}_2+n_3a_3\mathbf{a}_3\tag{7}\]についても同様です。これよりベクトル \(\mathbf{K}'\) は格子面Pに垂直であることがわかります。
ここでベクトル \(\overrightarrow{AB}\) と \(\overrightarrow{AC}\) の外積 \(\overrightarrow{AB} \times\overrightarrow{AC}\) を計算してみます。ベクトル \(\overrightarrow{AB}\) と \(\overrightarrow{AC}\) は同一平面P上にありますから、外積で得られるベクトルはPに垂直となります。
3次元ベクトル \(\mathbf{s}=\left ( s_1,s_2,s_3 \right )\) と \(\mathbf{t}=\left ( t_1,t_2,t_3 \right )\) の外積はつぎの公式によって計算できます。
\[\mathbf{s}\times\mathbf{t}=\pmatrix{s_{2}t_{3}-s_{3}t_{2}\cr s_{3}t_{1}-s_{1}t_{3}\cr s_{1}t_{2}-s_{2}t_{1}\cr}\]
すなわち
\[\overrightarrow{AB}\times\overrightarrow{AC}=\pmatrix{n_{2}n_{3}a_{2}a_{3}\cr n_{1}n_{2}a_{1}a_{2}\cr n_{1}n_{2}a_{1}a_{2}\cr}=\frac{1}{n_{1}n_{2}n_{3}a_{1}a_{2}a_{3}}\left ( \frac{\mathbf{a}_1}{n_{1}a_{1}}+\frac{\mathbf{a}_2}{n_{2}a_{2}}+\frac{\mathbf{a}_3}{n_{3}a_{3}}\right )\tag{8}\]
この結果より、格子面Pに垂直な結晶軸は \(\left [1/n_{1}a_{1},1/n_{2}a_{2},1/n_{3}a_{3}\right ]\)で表されることがわかります。
図29-1にも示すように格子面P上の1つの格子点の位置を \(X\left (x,y,z \right )\) をとします。このときベクトル
\[\overrightarrow{AX} =\left (x-n_{1}a_{1}\right ) \mathbf{a}_{1}+y\mathbf{a}_{2}+z\mathbf{a}_{3} \tag{9}\]
は格子面P上にあるので、格子面に垂直な結晶軸とは直交します。したがって
\[\left ( \frac{\mathbf{a}_{1}}{n_{1}a_{1}}+\frac{\mathbf{a}_{2}}{n_{2}a_{2}}+\frac{\mathbf{a}_{3}}{n_{3}a_{3}}\right ) \cdot \lbrace\left (x-n_{1}a_{1}\right )\mathbf{a}_{1}+y\mathbf{a}_{2}+z\mathbf{a}_{3} \rbrace =0\]
です。これより
\[\frac{x}{n_{1}a_{1}}+\frac{y}{n_{2}a_{2}}+\frac{z}{n_{3}a_{3}}=1\tag{10}\]
の関係が得られます。
ここで 格子ベクトル \[\overrightarrow{OX}=x\mathbf{a}_1+y\mathbf{a}_2+z\mathbf{a}_3\tag{11}\] と上記のベクトル \(\mathbf{K}'\) との内積を求めます。
\[\mathbf{K}' \cdot \overrightarrow{OX}=2\pi\left ( \frac{x}{n_{1}a_{1}}+\frac{y}{n_{2}a_{2}}+\frac{z}{n_{3}a_{3}}\right ) =2\pi\]
整数倍の位置にある格子面も考慮すれば上式は
\[\mathbf{K}'\cdot\overrightarrow{OX}=2\pi n\tag{12}\]
となり、これは(3)式と一致しますから、ベクトル \(\mathbf{K}'\) は逆格子ベクトル \(\mathbf{K} \) であることがわかります。(2)式と(4)式を比較すれば \[m_i=\frac{2\pi}{n_{i}a_{i}}\]となります。ただし \(i=1,2,3\) です。もう一度、(12)式を書けば、
\[|\mathbf{K}|\cdot|\overrightarrow{OX}|\cos\theta_k =2\pi n\]
です。\(\theta_k\) は \(\mathbf{K}\) と \(\overrightarrow{OX}\) のなす角度です。原点Oから格子面Pまでの距離を \(d\) とすると、\(|\overrightarrow{OX}|\cos\theta_k=d \) ですから
\[d=\frac{2\pi n}{|\mathbf{K}|}\tag{13}\]
となり、格子面間の距離は逆格子ベクトルの長さによって決まることが分かります。
ここで実空間と逆格子空間のイメージをもっとも簡単な単純立方格子の場合を例にとって示しておきます。図29-2は実空間の図で基本格子ベクトルはx、y、zの方向で長さは \(a_1=a_2=a_3=a\) です。この長さを格子定数と言います。図29-3は逆格子空間の図で単純立方格子の場合は逆格子空間の基本ベクトルも直交することがわかります。また基本ベクトルの長さは \(2\pi/a\) となります。
さて前項(9)式を再掲します。
\[\left ( \mathbf{k}+\mathbf{K} \right )^{2}= \mathbf{k}^{2}\tag{14}\]
この式の逆格子ベクトル \(\textbf{K}\) と波数ベクトル \(\textbf{k}\) の関係は図29-4のように表わされます。
つまり \(\mathbf{K}\) と垂直で、\(\mathbf{K}\) を2等分する面P上に \(\mathbf{k}+\mathbf{K}\) の終点が来るような関係になります。角 \(\theta\) を図のようにとると \(\mathbf{K}\) と \(\mathbf{k}\) の関係は
\[2\left | \mathbf{k} \right |\sin \theta = \left | \mathbf{K} \right |\tag{15}\]
と書くこともできます。波数 \(\mathbf{k}\) と波長 \(\lambda \) の関係 \[| \mathbf{k} |= \frac{2\pi }{\lambda }\tag{16}\] と(13)式の関係を用いると、(15)式は \[2d\sin \theta = n\lambda\tag{17}\] となります。これはブラッグ反射の条件式に一致しています。
ブラッグ反射を復習しておきますと、図29-5のように間隔 \(d\) の反射面があって、これに波長 \(\lambda\) の光が角度 \(\theta\) で入射するとき、面 \(P_{1}\) で反射した光より面 \(P_{2}\) で反射した光は \(2d\sin\theta\) だけ光路長が長くなります。この光路長差がちょうど波長 \(\lambda\) の整数倍になっていれば、2つの面で反射した光は強め合います。この強め合う条件を示したのが、(17)式です。
この原理を応用して結晶に波長のわかったX線あるいは電子線を当てれば結晶面間の距離を測定することができます。これがX線回折(または電子線回折)の原理です。(14)式からわかるように \(d\) は逆格子ベクトルの長さに逆比例しますから、面を格子ベクトルで表すより逆格子ベクトルの成分で表すミラー指数は合理的なのです。
バンド理論における前項(7)式の関係は外部から電子線を照射するのとは違って、結晶内の電子と原子核の間の作用に関するものですが、エネルギーギャプが生じるのは電子が結晶面で反射され干渉を起こすというイメージで捉えることができることを示しています。
逆格子の概念はドイツの結晶学者、エヴァルト(P.P.Ewalt)によって提唱されました。エヴァルト球で知られるようにエヴァルトは結晶のX線解析の研究からこの概念を導入しました。ここでは3次元バンド理論から逆格子を導入し、最後にブラッグ反射との関係を導きましたが、歴史的には逆の経路を辿ったと言えます。