科学・基礎/半導体物理学
19.多原子系の記述
前項で原子核と電子が1個または2個からなる系を例に、原子核と電子を多数含む系、単独原子系のシュレディンガー方程式がどんな形になるかを考えましたが、最終的な目標は結晶系のシュレディンガー方程式をどう書くかということです。ここではそれに向けて数学的な準備も含めて説明します。
前項で1個の電子に対するシュレディンガー方程式をつぎのように書きました。 \[\begin{gather}-\frac{\hbar^{2}}{2m }\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x^2}+ \frac{\partial^2 }{\partial y^2}+ \frac{\partial^2 }{\partial z^2}\right )\psi \left ( x,y,z\right )-\frac{e^{2}}{4\pi \varepsilon_{0} r}\psi \left ( x,y,z \right ) \\ = E\psi \left ( x,y,z\right )\end{gather}\]
この式では使いませんでしたが、量子力学では演算子という記号を使って式を書くのが普通です。前に出てきましたが、量子力学では運動量 \(p\) を波動関数 \(\Psi\) を用いて \[\frac{\hbar}{i}\left ( \frac{\partial }{\partial x} + \frac{\partial }{\partial y} + \frac{\partial }{\partial z}\right )\Psi = p\Psi\] と表します。ここで \[\hat{p}= \frac{\hbar}{i}\left ( \frac{\partial }{\partial x} + \frac{\partial }{\partial y} + \frac{\partial }{\partial z}\right )\] と置いて、この \(\hat{p}\) を運動量演算子と呼びます。
演算子は数学用語で、何らかの演算操作を施すことを示す記号です。この例では波動関数を位置について微分し、\(h/i\) をかけるという演算を \(\hat{p}\) という記号で示すというものです。
さらに運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを加えた \[\mathcal{H}= -\frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x^2} + \frac{\partial^2 }{\partial y^2} + \frac{\partial^2 }{\partial z^2}\right ) + V\] をハミルトン演算子(ハミルトニアン、Hamiltonian)と呼び、これは量子力学ではよく使われます。
ハミルトン(Hamilton)というのは人名で、19世紀、イギリスの数学者です。当時、ニュートンの運動方程式を数学的に解析する解析力学という分野が発展し、ハミルトンは運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを加えた関数を使うと座標変換などの数学的解析に便利なことを示しました。この関数が元祖のハミルトニアンで、量子力学のハミルトニアンは同じ物理量を表す演算子に転用されたものです。
ハミルトニアンを使うと、シュレディンガー方程式は \[\mathcal{H}\Psi = E\Psi\tag{1}\] と簡単な形に書けます。しかも原子核、電子の数など系が変わってもこの式の形は不変です。このことがハミルトミアンを使った表式の意味です。
多数の原子核、電子がある系でのハミルトニアンは \[\mathcal{H}\left ( q_{1},q_{2},\cdots ,q_{f} ,p_{1},p_{2},\cdots ,p_{f}\right )\] と書いています。\(q_{1},q_{2},\cdots ,q_{f}\) は \(f\) 個の座標変数で、\( p_{1},p_{2},\cdots,p_{f}\) はこの各座標変数に対応する運動量です。
結局、ハミルトニアンは系の中の各原子核と電子の座標と運動量の関数ということになります。2つの直交座標なら前項の例のように座標変数は \(x_{1},x_{2},x_{3},y_{1},y_{2},y_{3}\)の 6 個(\(f=6\) )です。この系は自由度が 6 の系と言います。
前項の式から類推できるようにハミルトニアンの中の各項は単純に加え合わされているだけなので、グループ分けしてから足し合わせるような形に書くことができます。ハミルトニアンを3つに分類すると \[\mathcal{H}= \mathcal{H}_{L} + \mathcal{H}_{e} + \mathcal{H}_{eL}\] と書けます。ここで、\(\mathcal{H}_{L}\) は原子核に関する座標と運動量のみを含み、原子核の運動エネルギーと原子核同士の間のクーロン力によるポテンシャルエネルギーからなります。\(\mathcal{H}_{e}\) は電子に関する座標と運動量のみを含み、電子の運動エネルギーと電子同士の間のクーロン力によるポテンシャルエネルギーからなります。\(\mathcal{H}_{eL}\) は原子核と電子に関する両方の変数を含み、原子核と電子の間のクーロン力によるポテンシャルエネルギーからなります。
このハミルトニアンを使って上に書いた(1)式と同じ形のシュレディンガー方程式が得られますが、自由度 \(f\) が大きければ、実際には極めて多くの変数を含む複雑な式になります。いずれにしてもこんなに多数の項を含む方程式は解ける見込みはありません。
しかしこのシュレディンガー方程式は半導体中の電子の状態を表しているという狭い範囲に留まらず、自然界にあるすべての結晶の形までを表しています。このため、多少の簡単化、近似をしてでもこの式の解を求めることは大変重要な意味をもちます。