科学・基礎/半導体物理学
18.原子系の記述前項で、量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式へ至る道筋を簡単に紹介しました。時間に依存しない定常状態のシュレディンガー方程式(前項(7)式) \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\partial^2 }{\partial x^2}\Psi + V\Psi = E\Psi\tag{1}\] は質量 \(m\) の粒子1個がポテンシャルエネルギー \(V\) の空間を1次元の \(x\) 方向にだけ運動している場合に対応するもっとも簡単化された式です。
それではここでの目的である多数の原子核とそれを取り巻く電子からなる結晶という系を解析するためのシュレディンガー方程式はどう表されるのでしょうか。
まずは水素原子を考えます。水素原子は図18-1のようにプラスの単位電荷(電子1個の電荷の絶対値) \(e\) をもった原子核の周りに1個の電子がある系です。原子核から距離 \(r\) のところにいる電子には正負の電荷 \(e\) が引き合うクーロン力がはたらきますから、これが位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)になります。式で書けば、 \[V= -\frac{e^{2}}{4\pi \varepsilon _{0} r}\tag{2}\] となります。ここで \(\varepsilon _{0}\) は真空の誘電率です。
シュレディンガー方程式の方は3次元で考えなければなりませんから、波動関数を \(\psi \left ( x,y,z \right )\) として、あとは(1)式に(2)式のポテンシャルエネルギー \(V\) を代入して \[\begin{gather} -\frac{\hbar^{2}}{2m }\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x^2}+ \frac{\partial^2 }{\partial y^2}+ \frac{\partial^2 }{\partial z^2}\right )\psi \left ( x,y,z\right )-\frac{e^{2}}{4\pi \varepsilon_{0} r}\psi \left ( x,y,z \right ) \\ = E\psi \left ( x,y,z\right ) \end{gather}\] となると考えられます。
それではヘリウム原子ではどうなるでしょうか。ヘリウムは図18-2に示すように \(2e\) の電荷をもつ原子核と2個の電子1、2からなっています。
この場合、重要なのは波動関数はこの系に対して決まるのであって、電子1個1個に対して決まるのではないということです。正確に言えば、系の固有エネルギーに対して波動関数が決まります。
となると各粒子の運動エネルギーをどう書くかが問題です。古典力学なら電子1と電子2のそれぞれの速度が求まれば運動エネルギーも決まりますが、量子力学における運動量は波動関数を使って \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x^2}+ \frac{\partial^2 }{\partial y^2} +\frac{\partial^2 }{\partial z^2}\right )\Psi \left ( x,y,z \right )\] と表現されます。複数の粒子がある場合、どう表すのでしょうか。
量子力学では波動関数は系の中にある各粒子の位置の関数になっていると考えます。このため、運動量を表すための位置に関する2次微分を異なる座標系 \(\left (x_1,y_1,z_1\right )\) と \(\left (x_2,y_2,z_2\right )\) のもとで行う形に表します。 \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x_{1}^2}+\frac{\partial^2 }{\partial y_{1}^2} +\frac{\partial^2 }{\partial z_{1}^2} + \frac{\partial^2 }{\partial x_{2}^2}+\frac{\partial^2 }{\partial y_{2}^2} +\frac{\partial^2 }{\partial z_{2}^2} \right)\Psi \left ( \mathbf{r_{1}},\mathbf{r_{2}} \right )\]
一方、ポテンシャルエネルギーですが、電荷を持っている粒子が3つあり、それぞれの間にクーロン力がはたらきます。原子核と電子1の間の引力によるポテンシャルエネルギー \(V_{1}\) は、 \[V_{1}= -\frac{e^{2}}{2\pi\varepsilon _{0} r_{1}}\] 原子核と電子2の間の引力に対して \(V_{2}\) は、 \[V_{2}= -\frac{e^{2}}{2\pi\varepsilon _{0} r_{2}}\] 電子1と2の間の斥力に対して \(V_{12}\) は、 \[V_{12}= \frac{e^{2}}{4\pi\varepsilon _{0} r_{12}}\] となります。ヘリウム原子内ではこれらを重ね合わせたポテンシャルエネルギー \(V\) がはたらきます。 \[V\left ( \mathbf{r_{1}},\mathbf{r_{2}} \right )= V_{1}+ V_{2}+ V_{12}\]
以上を合わせて、電子が2つの場合のシュレディンガー方程式は \[\begin{gather} -\frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x_{1}^2}+\frac{\partial^2 }{\partial y_{1}^2} +\frac{\partial^2 }{\partial z_{1}^2} + \frac{\partial^2 }{\partial x_{2}^2}+\frac{\partial^2 }{\partial y_{2}^2} +\frac{\partial^2 }{\partial z_{2}^2} \right)\Psi \left ( \mathbf{r_{1}},\mathbf{r_{2}} \right ) \\ +V\left ( \mathbf{r_{1}},\mathbf{r_{2}} \right) \Psi \left ( \mathbf{r_{1}},\mathbf{r_{2}} \right) \\ = E \Psi \left ( \mathbf{r_{1}},\mathbf{r_{2}} \right)\end{gather}\] となります。
以上の例は原子核が1個の場合ですから、原子核の位置を原点と考え電子だけに注目してきました。しかし正確には原子核の運動も考える必要があります。さらに原子核が複数になった場合には、原子核の位置も考慮に入れる必要が出てきます。原子核が複数の場合のもっとも簡単な例が図18-3に示す水素分子です。\(e\) の電荷をもつ原子核a、bと電子1、2が2個ずつある系です。
この場合は原子核間の距離 \(r_{ab}\) と原子核間にはたらくクーロン力も考慮し、2つの原子核と2つの電子それぞれの間の4通りのクーロン力を考慮する必要があります。波動関数も2つの原子核、2つの電子の位置の関数となります。
以上のようにシュレディンガー方程式には系内のすべての原子核と電子の運動エネルギーの和とこれらが作るポテンシャルエネルギーを算入すればよいことが分かります。