科学・基礎/半導体物理学
11.アインシュタインの関係式前項の拡散現象の理論で拡散の起こりやすさを示す定数として拡散定数が出てきました。この拡散定数 \(D\) と移動度 \(\mu\) の間の関係として次式のようなアインシュタインの関係式が知られています。 \[\mu = \left ( -e \right )D/kT\tag{1}\] ここで \(k\) はボルツマン定数、\(T\) は絶対温度です。
移動度 \(\mu\) については8項(オームの法則)の(8)式で、 \[\mu= \left ( -e \right )\tau/m\tag{2}\] で表されることを示していますので、これより(1)式は緩和時間 \(\tau\) を使って \[D= kT \frac{\tau }{m}\tag{3}\] と簡単な式になります。
古典電子論による解析の例としてこのアインシュタインの関係式の導出が可能ですので、以下でそれを取り上げます。
個々の電子に関する運動方程式から出発します。8項のオームの法則の導出の際と同様に、電子が原子と衝突を繰り返しながら運動(ブラウン運動)している場合を考えます。 \[m\frac{\mathrm{d} v_{i}}{\mathrm{d} t}+m\frac{v_{i}}{\tau }= F_{i}\left ( t \right )\tag{4}\] ここで \(F_{i}\left ( t \right )\) は個々の電子に時間 \(t\) ではたらく力ですが、電場など外部からの力ははたらかない場合を想定しますので、\(F_{i}\left ( t \right )\) の平均値は 0 です。
さらに時刻 \(t= 0\) で位置 \(x_{0}\) にいた電子が時刻 \(t\) で位置 \(x\) に移動したとし、これは少しテクニックですが、(4)式の両辺に \(\left( x-x_{0}\right )\) をかけます。 \[\left ( x-x_{0}\right )\frac{\mathrm{d^{2}}x_{i}}{\mathrm{d} t^{2}}+\left ( x-x_{0}\right )\frac{v_{i}}{\tau }= \left( x-x_{0} \right )\frac{F_{i}\left ( t\right )}{m}\tag{5}\] 上式左辺第1項を積の微分である次式の関係 \[\frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} t}\left \{ \left ( x-x_{0}\right ) \frac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d} t}\right \}= \left ( x-x_{0}\right )\frac{\mathrm{d}^{2}x}{\mathrm{d} t^{2}}-\left ( \frac{\mathrm{d} x}{\mathrm{d} t}\right )^{2}\] を使って書き直すと、 \[\frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} t}\left \{ \left ( x_{i}-x_{0i}\right) \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}\right \}-\left ( \frac{\mathrm{d}x_{i}}{\mathrm{d} t}\right )^{2}+\frac{1}{\tau }\left ( x_{i}-x_{0i}\right)\frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}= \left ( x_{i}-x_{0i}\right ) \frac{F_{i}\left( t \right )}{m}\tag{6}\] となります。
ここで全電子に関して平均をとります。\(F_{i}\) の平均は 0 ですから、右辺の \(x_{i}F_{i}\) の平均も 0 となります。またここで重要なのが \(\left ( \mathrm{d}x_{i}/\mathrm{d}t \right )^{2}\) の平均値 \(\overline{\left ( \mathrm{d}x_{i}/\mathrm{d}t \right )^{2}}\) が \(kT/m\) に等しくなるということです。そこで \[\overline{\left ( \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} x}\right )^{2} } =kT/m\tag{7}\] が成り立つことを以下で示します。
古典電子論では、電子という粒子がニュートン力学に従って空間を運動すると考えます。一方で空間を運動する多数の分子をニュートン力学によって解析して気体の圧力などを求めるのが気体分子運動論という理論です。古典電子論の範囲では、この理論を電子の運動にも適用して、多数の電子の運動を解析します。
まずニュートンの運動方程式は \[F= \frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} t} \left ( mv\right )\] ですから、力 \(F\) が時間の関数であれば、上式を時間について \(t_{1}\) から \(t_{2}\) まで積分すると \[I= mv_{2}-mv_{1}= \int_{t_{1}}^{t_{2}}F\textrm{d}t\] となります。\(v_{1}\) と \(v_{2}\) は時刻 \(t_{1}\) と \(t_{2}\) のときの粒子の速度です。この \(I\) を力積と呼びます。力 \(F\) がある時間はたらくと、運動量が変化することがわかります。
上式は1個の粒子に関するものですが、壁に多数の分子がつぎつぎと衝突して力を及ぼしている場合にも、ある時間内に壁にはたらく力は1個1個の粒子による力積の総和で表現できます。このため単位面積当たりの力積の総和を求めれば、それが壁にはたらく圧力ということになります。
いま図11-1のようにx軸に垂直な壁があって、これに粒子が衝突する場合を考えます。壁に入射する粒子の速度の \(x\) 方向成分を \( v_{x}\) とすると、弾性衝突であれば壁に衝突した粒子は同じ速度で反対方向に反射されるので、反射後の粒子の速度は \( -v_{x}\) となります。
いま図11-2のような一辺が \(L\) の立方体のなかでの粒子の運動を考え、\(x\) 方向の速度成分 \(v_{x}\) である粒子の密度を \(n\left ( v_{x}\right )\) であるとします。このとき単位面積当たりの力積は、 \[I= \left \{ mv_{x}-m\left ( -v_{x}\right )\right \}n\left ( v_{x}\right )L=2mv_{x}n\left ( v_{x}\right )L\] となります。速度 \(v_{x}\) で距離 \(L\) を移動するのに \(\Delta t\) の時間がかかるとすると \[I= 2mv_{x}n\left ( v_{x}\right )v_{x}\Delta t= 2mn\left ( v_{x}\right )v_{x}^{2} \Delta t\] と書き直せます。粒子は様々な方向に様々な速度で運動していますから、これをすべての \(v_x\) について積分すれば全体の力積が得られます。 \[I= \int_{0}^{\infty } 2mn\left ( v_{x}\right )v_{x}^{2} \Delta t\mathrm{d}v_{x}\tag{8}\]
ここで \(v_{x}^{2}\) の平均値 \(\overline{v_{x}^{2}}\) は定義にしたがって \[\overline{v_{x}^{2}}=2\frac{L^{3}}{N} \int_{0}^{\infty } n\left ( v_{x}\right )v_{x}^{2}\textrm{d}v_{x}\tag{9}\] と書けます。\(N\) は立方体中の全粒子数です。ただし \[n\left ( v_{x}\right )= n\left ( -v_{x}\right)\] としました。(9)式を(8)式に代入して \[I= m\Delta t\frac{N}{L^{3}} \overline{v_{x}^{2}}\tag{10} \] となります。
ところで粒子の速度 \(v\) の2乗の平均値 \(\overline{v^{2}}\) は、\(x\)、\(y\)、\(z\) 方向の速度の2乗の平均値が \(\overline{v_{x}^{2}}\)、\(\overline{v_{y}^{2}}\)、\(\overline{v_{z}^{2}}\) とすると \[\overline{v^{2}}= \overline{v_{x}^{2}}+\overline{v_{y}^{2}}+\overline{v_{z}^{2}}\] ここで\(x\)、\(y\)、\(z\)の方向で特別なちがいはありませんから \[\overline{v^{2}}= 3 \overline{v_{x}^{2}}\tag{11}\] が成り立つはずです。
1個の粒子の運動エネルギーの平均値 \(E_{i}\) は \[E_{i}= \frac{1}{2}m \overline{v^{2}}\] ですから、運動エネルギーについて書いても \(m/2\) がつくだけで同じ関係が成り立ちます。それで(11)式の関係をエネルギー等分配の法則と呼んでいます。
(11)式の関係を使えば(10)式は \[I= \frac{1}{3}m\Delta t\frac{N}{L^{3}}\overline{v^{2}}\tag{12} \]となります。
(12)式の力積の総和は、\(\Delta t\) の時間、壁に圧力がはたらいたことに相当しますから、\(L^{3}= V\) とおくと、(12)式は \[P= \frac{1}{3}\frac{N}{V}m\overline{v^{2}}\] となり、書き直せば \[PV= \frac{2}{3}\frac{N}{2}m\overline{v^{2}}\tag{13}\] となります。
立方体内の粒子の全運動エネルギー \(E\) は \[\small E= \frac{N}{2}m\overline{v^{2}}\] ですから(13)式は \[PV= \frac{2}{3}E\tag{14}\] となります。
ところで気体の状態方程式は1モル当たり \[PV= RT\tag{15}\] と書けることはご存じと思います。(14)、(15)式から \[E= \frac{3}{2} RT\tag{16}\] 粒子1個当たりのエネルギーは \[\frac{1}{2}m\overline{v^{2}}=\frac{3}{2} \frac{R}{N}T\] となります。\(N\) が1モル当たりの粒子数であれば、ボルツマン定数 \(k\) は \[k=\frac{R}{N}\] で定義されますから、 \[\frac{1}{2}m\overline{v^{2}}= \frac{3}{2}kT\] が得られます。\(x\) 方向だけの1次元の扱いならば、エネルギー等分配の法則により、 \[\overline{v_{x}^{2}}= kT/m\] となり、(7)式が得られました。
ここで個々の電子に関する次の運動方程式である(6)式に戻り、(7)式を代入します。 \[\frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} t}\overline{\left \{ \left ( x_{i}-x_{0i}\right ) \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}\right \}}+\frac{1}{\tau }\overline{\left \{ \left ( x_{i}-x_{0i}\right ) \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}\right \}} = \frac{kT}{m}\tag{17}\] が得られます。
ここで \[\overline{\left \{ \left ( x_{i}-x_{0i}\right ) \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}\right \}} = X\left ( t\right )\] とおけば、(17)式は \[\frac{\mathrm{d} X}{\mathrm{d} t}+\frac{X}{\tau }= \frac{kT}{m}\] という形の微分方程式ですから、(17)式の解は次式のようになります。 \[\overline{\left \{ \left ( x_{i}-x_{0i}\right ) \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}\right \}}= \frac{\tau }{m}kT+C\exp \left(-\frac{t}{\tau }\right)\tag{18}\] ただし \(C\) は積分定数です。ここで \(\tau\) より充分長い時間(つまり \(t\gg \tau\)) を考えると、上式右辺第2項は小さくなりますから、これを無視し、 \[\overline{\left \{ \left ( x_{i}-x_{0i}\right ) \frac{\mathrm{d} x_{i}}{\mathrm{d} t}\right \}}= \frac{\tau }{m}kT\tag{19}\] が得られます。
ここで(19)式左辺はつぎのように書き換えることができます。 \[\frac{1}{2}\frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} t}\overline{\left ( x_{i}-x_{0i}\right )^{2}}= \frac{\tau }{m}kT\tag{20}\] 上式右辺は時間によらず一定ですから、 \[\overline{\left ( x_{i}-x_{0i}\right )^{2}}= 2\frac{\tau }{m}kTt\tag{21}\] ここにも積分定数の項が本来は必要ですが、\(t\gg \tau\) という条件での解ですから、その項は無視しました。
この(21)式は拡散とどう結びつくのでしょうか。前項で導いた拡散した粒子の分布を表す式を再掲します。 \[N\left ( x,t\right )=\frac{N_{0}}{2\sqrt{}\pi Dt}exp\left ( -\frac{x^{2}}{4Dt} \right )\tag{22}\]
この式はガウス分布(正規分布)を表す式 \[f\left ( x \right )= \left ( 2\pi \right )^{-1/2}\sigma ^{-1}\textrm{exp}\left ( -\frac{x^{2}}{2\sigma ^{2}}\right )\tag{23}\] と同じ形をしています。\(x\) について対象な関数ですから \(x\) についての平均は 0 です。\(x^{2}\) についての平均は \(\sigma ^{2}\) となることが知られています。この \(\sigma ^{2}\) は分散と呼ばれています。
(22)、(23)式を比較して、\(x^{2}\) の平均値は \[\overline{x^{2}}= 2Dt\tag{24}\] となります。
この \(\overline{x^{2}}\) は(21)式の左辺とみることができます。したがって \[D= kT \frac{\tau }{m}\] となり、アインシュタインの関係式((3)式)が得られます。
このような簡単な式の導出ですが、結構、大変です。まとめると、つぎのようになります。
・ 電子が原子と衝突を繰り返しながら運動する状態を表す緩和時間を含む粒子の運動方程式から出発します。
・気体分子運動論の状態方程式を使って、粒子の平均運動エネルギーと \(kT\) を結びつけます。
・拡散による粒子分布と粒子の平均移動距離を結びつけます。