科学・基礎/半導体物理学
10.拡散現象

 古典電子論による解析は拡散現象についても適用することができます。拡散現象は物質の濃度が高い部分と低い部分が接していると、物質は全体が均一な濃度になるように移動していく現象で、電子の運動にも重要です。拡散現象の基本法則と言えるのがフィック(Fick)の法則です。フィックの法則には第1、第2の2つの法則があります(1)

(1)フィックの第1法則

 拡散は一般には3次元の空間で起こるのですが、簡単のために図10-1(a)に示すような細い管のなかの粒子の動き、すなわち1次元で考えることにします。1次元を \(x\) 軸方向とすれば、粒子の濃度 \(N\) が位置 \(x\) に関して変動していると、粒子は濃度の高い方から低い方へ移動するというのが拡散の現象です。

 この現象を式で表現したのがフィックの法則ですが、その第1法則は濃度の勾配 \(\mathrm{d} N /\mathrm{d} x\) に比例して濃度の大きい方から小さい方向に向かって粒子が流れることを示したものです。

 1次元の式で書くと    \[J= -D\frac{\mathrm{d} N}{\mathrm{d} x}\tag{1}\] がフィックの第1法則です。ここで \(J\) は粒子の流れを示し、流束と呼ばれます。また、\(D\) は比例定数で、拡散定数と呼ばれます。

(2)フィックの第2法則

 第1法則によれば、\(\mathrm{d} N /\mathrm{d} x\) が一定でなければ、流束 \(J\) は \(x\) によって変化します。図10-2(b)のように \(x=x_{1}\) と \(x=x_{2}\) の間で濃度 \(N\) が変化していて、例えば \(x=x_{1}\) で \(J=J_{1}\)、 \(x=x_{2}\) で \(J=J_{2}\) となったとします。\(x_{1}\) と \(x_{2}\) の間の距離が短く、\(x_{2}-x_{1}=\Delta x\) が小さいとすると    \[J_{1}= J_{2}-\Delta x \frac{\mathrm{d} J}{\mathrm{d} x}\tag{2}\]

 一方、\(\Delta x\) の範囲内に \(J_{1}\) が流れ込み、\(J_{2}\) が流れ出ると、\(J_{1}\) と \(J_{2}\) は異なるので、この範囲内の濃度 \(N\) は時間変化します。つまり    \[J_{1}= J_{2}-\Delta x \frac{\mathrm{d} N}{\mathrm{d} t}\tag{3}\]

 (2)、(3)式と(1)式の第1法則から    \[\frac{\partial N}{\partial t}= D\frac{\partial^2 N}{\partial x^2}\tag{4}\] が得られます。これがフィックの第2法則です。ただし \(D\) は \(x\) によらず一定としました。また、(3)式までの常微分表記をここで偏微分表記に変えました。これは濃度 \(N\) が変数として位置 \(x\) と時間 \(t\) の2つをもつため、この \(N\left ( x,t\right ) \) を \(x\) または \(t\) のどちらか一方だけで微分することをはっきりさせるためです。

 (4)式によれば、\(t=0\) のときの濃度 \(N\left ( x,0 \right ) \) を定めれば、その後の \(N\left (x,t\right)\) を求めることができます。ただし、具体的な関数として求められるのは特殊なケースだけです。図10-3のように \(t=0\) で、\(N\) が \(x=0\) の位置でだけ \(N_{0}\) である場合には(4)式は解くことができ、その解は    \[N\left ( x,t\right )=\frac{N_{0}}{2\sqrt{}\pi Dt}\exp \left ( -\frac{x^{2}}{4Dt} \right )\tag{5}\] となります(1)。この解法はここでは書きませんが、典型的な微分方程式の解法ですので、解法手順を解説した書は多くあると思います。

 (5)式は大雑把に描けば図10-3(b)のような形をした関数です。\(t=0\) で \(x=0\) のところだけにあった粒子が時間が経過すると図のように左右対称な関数になりますが、\(x\) が大きいところでは \(N\) は 0 になります。時間が経っても遠くまでは粒子が達しないことを示しています。ただし全体の粒子数は変わりませんから \(N \left( x \right)\) を \(-\infty\) から \(+\infty\) まで積分した値は \(N_{0}\) 一定です。

 \(N\) が \(N_{0}\) の \(1/e\) になる点 \(\bar{x} \) は    \[\bar{x}= 2\sqrt{Dt}\tag{6}\] となります。この \(\bar{x}\) の値が拡散する距離の目安としてよく使われます。

(1)P.G.Shewmon, "Diffusion in Solid", McGraw-Hill 1963  (邦訳)「固体内の拡散」コロナ社