科学・基礎/半導体物理学
9.緩和時間
前項では、固体中の電子の平均寿命という考え方を使い、この寿命の間だけ電子が加速されるとして多数の電子の平均速度を求めると、オームの法則 \[J= \sigma E\tag{1}\] が導出できることを示しました。ただし導電率 \(\sigma\) は、 \[\sigma = ne^{2}\tau /m \tag{2}\] と表せます。ここで \(n\)、\(\tau\)、\(e\)、\(m\) はそれぞれ電子の濃度、平均寿命、電荷、質量です。
ここではこのような経路を辿らずにニュートンの運動方程式から直接、オームの法則を導くことを考えます。少し飛躍したやり方ですが、(1)、(2)式が結果として得られるような運動方程式を考えると \[m\frac{\mathrm{d} \bar{v}}{\mathrm{d} t}= \left ( -e\right )E-m\frac{\bar{v}}{\tau }\tag{3}\] のような式が考えられます。
本来の運動方程式 \[F= m\alpha\tag{4}\] は質量 \(m\) の1個の粒子に力 \(F\) がはたらくと粒子は加速度 \(\alpha\) で運動するということを表す式です。なお、加速度 \(\alpha\) は速度 \(v\) の時間微分で表されるので、 \[\alpha = \frac{\mathrm{d} \bar{v}}{\mathrm{d} t}\tag{5}\] と書けば、式を \(v\) で統一できます。
(5)式は速度 \(v\) の替わりに平均速度 \(\bar{v}\) を使っているので、そもそも平均速度について運動方程式が成り立つというのは仮定に過ぎません。
(3)式右辺第2項は平均速度に比例した力が電界による力と反対向きにはたらくことを示しています。この形の運動方程式は摩擦がある場合の粒子の運動を表すのによく使われます。
平均速度 \(\bar{v}\) が変化しない定常状態では、\(\mathrm{d} \bar{v} / \mathrm{d} t = 0\) ですから、そのときの速度 \(\bar{v}_{\infty}\) は(3)式から \[\bar{v}_{\infty }= \left ( -e \right )\left ( \tau/m \right )E \tag{6}\] となります。これは前項の(3)式と同じ形ですから、同じように(1)、(2)式のオームの法則が得られます。
このような \(v= \bar{v}\) となっている状態で電界 \(E\) が取り除かれた場合を考えると、\(\bar{v}\) は \[\bar{v}\left ( t\right )= \bar{v}_{\infty }\mathrm{exp}\left ( -t/\tau \right )\tag{7}\] に従って変化することがわかります((7)式を(3)式に代入すると 同式が成り立つのが分かります)。
なお、(3)式のような \(\bar{v}\) の微分が入った方程式のことを \(\bar{v}\) に関する微分方程式といい、これから(7)式のように \(\small \bar{v}\) を微分が入らない形で求めることを微分方程式を解くと言います。
(7)式をグラフにすると図9-1、図9-2のようになります。図9-1に示すように、電界が青線で示すように急に取り除かれると \(\bar{v}\) は赤線で示すように次第に 0 に近づくことがわかります。また逆に図9-2に示すように、\(\bar{v}= 0\) の状態で、急に電界(青線)を加えた場合も \(v\) は赤線のようにゆっくりと増加してやがて(6)式に近づきます。
この世界ではかけていた力やエネルギーが急に 0 なると、いろいろな物理定数は同じようにストンと 0 になるのではなく、ゆっくりと 0 に戻っていくことが多いのです。このゆっくり近づいていく現象を緩和現象と言います。
いま(7)式で \(t= \tau\) とすると \(\bar{v}\) は \(\bar{v}/e\) となります。混同するといけませんが、この \(e\) は電子電荷ではなく、自然対数の底といわれる定数で、数値は約 2.72 (無理数)です。緩和の程度を表す量として、図9-1に示すように、はじめの値が \(1/e\) にまで減る(大雑把に言えば大体 1/3 になる)時間がよく使われ、これを緩和時間と呼びます。
以上から電子の平均寿命として導入された \(\bar{v}/e\tau\) は平均速度 \(\bar{v}\) の緩和時間になっていることがわかります。物理的には電子が原子との衝突を繰り返しながら運動しているような場合は、平均的な速度は電界が急に変化してもそれに応じて急に変化できない緩和現象になる、ということが示されています。