光デバイス/太陽電池

30.アモルファスシリコン

 これまでシリコン系の太陽電池として単結晶と多結晶のシリコンを使ったものを調べてきました。この他にシリコン系太陽電池として実用化しているものにアモルファス(または非晶質)シリコン太陽電池があります。

 アモルファスシリコンは薄膜トランジスタ(TFT)にも使われています。液晶ディスプレイの画素一つ一つにトランジスタを設け、画素のオンオフを切り換えるスイッチとしてはたらきます。TFTは光とは関係がありませんから、太陽電池用として使うには、光に対する性質を知る必要があります。

 その話に行く前にアモルファスシリコンとはどのようなものかを復習しておきます。アモルファス(非晶質)ですから、もちろん結晶のように原子がきちんと整列してはいません。自由気ままな位置にあるものと考えてよいでしょう。ただTFTや太陽電池に使うアモルファスシリコンは基本的に薄膜です。例えば炭素で言えば黒鉛はアモルファス状態の塊です。シリコンにもそのようなものはあるでしょうが、ここで対象とするのは薄膜状態のものだけです。

 シリコンの場合も単結晶シリコンの上にエピタキシャル成長させれば単結晶薄膜ができます。しかし基板にガラスなどのアモルファス(非晶質)のものを使うとその上にできる薄膜も非晶質か多結晶になります。これがそのまま使えればよいのですが、スパッタリング法などでシリコン薄膜を作っても抵抗が高く、不純物を添加してもp型やn型の半導体はできません。

 この問題に解決策を与えたのが、イギリス(スコットランド)のダンディ(Dundee)大学のSpear教授のグループでした。1979年のことです。

 シリコンは図30-1(a)に示すような単結晶である場合と違って、アモルファス状態では同図(b)に示すように各原子の結合手がすべてきちんと相手を見つけて結合できず、空いた手ができてしまいます。この空いた手に結晶中では自由に動き回れるはずの電子が捕らえられてしまい抵抗の高い状態になってしまうのです。このようなものに不純物を添加して電子や正孔を供給しようとしてもうまくいきません。

 そこでSpear教授たちが考えたのが、薄膜を作るときに水素ガス中で行うという方法でした。こうすることにより、同図(c)のように水素がこの空いた手のところに入り込んでくれるので、電子はここに捕まることがなくなり、結晶の場合と近い状態で動くことができるようになります。不純物を添加すると、p型とn型を作り分けることも可能になりました。このようなアモルファスシリコンを水素化アモルファスシリコンと呼び、a-Si:Hという表記がよくなされます。

  この水素化アモルファスシリコンの作り方は後の項で取り上げるとして、ここでは光学的な性質が単結晶とどう違うかに触れておきます。まず単結晶の場合は、バンドギャップエネルギーより大きなエネルギーの光が入射すると、電子が励起されて電子-正孔対ができました。しかしこのバンドギャップというエネルギーの状態をつくるエネルギーバンド構造はそもそも原子が規則的に並んでいるからできるものです。アモルファス状態では同じように考えることはできないはずです。

 しかしアモルファスといっても一種類の元素からできているシリコンの場合には、1つのシリコン原子の周りをみると、結晶の場合と似たような距離に隣のシリコン原子がいることには変わりがなく、1個の原子の近くに限ってみれば結晶の場合とそれほど違わない原子の配置になっているとも言えます。実験的にもアモルファスシリコンに光を当てるとある波長以上で吸収が強くなりバンドギャップに似たような状態ができていることがわかります。

 すなわち原子の並びが乱れているため、きちっとしたバンドギャップはできませんが、全然何もできないのではなく、少し境界がぼけたようなギャップらしきものはできるのです。このような状態を示したのが図30-2です(1)。横軸は状態密度、縦軸はエネルギーで状態密度のエネルギー分布を示す図です。不純物を含まない単結晶ならば上下にEc、Evと書いた伝導帯と価電子帯の間には準位はなく、電子はこの間に留まることはできません。ところがアモルファスの場合には図の曲線のようにだらだらと準位があるとみなせるのです。このような状態はバンドギャップがあるとは言えないのですが、ある波長で光吸収が強くなる現象はあるので、「光学ギャップ」があると言っています。

 以上のような違いがあることから単結晶シリコンとアモルファスシリコンでは光吸収特性もかなり違ってきます。図30-3はそれを示しています(2)。横軸は波長で、右側の縦軸は相対感度となっていますが、これを吸収特性とみることができます。曲線Tが単結晶、曲線Sがアモルファスです。単結晶の吸収ピークは0.8μm辺りにあるのに対して、アモルファスは0.5μm辺りにあります。曲線Rは太陽光のスペクトルですが、アモルファスの吸収の方がこのピークに合っているのが分かります。

 また曲線TとSは最大値を100%にするように書いてあるので、これからは分かりませんが、実際にはアモルファスシリコンの吸収係数は単結晶のそれより大きいので、薄くても光電変換はよく起こるという利点もあります。アモルファスシリコン薄膜はガラス基板などの上に作ることができますから、単結晶シリコン基板が要らなくなり、コストが安くて済みます。

 こう見てくるとアモルファスシリコンは良いことばかりに見えますが、実際の変換効率は単結晶シリコンの半分くらいしかありません。また単結晶に比べると使っているうちに変換効率が下がってくるという劣化が起きやすいという問題もあります。なかなかどちらがよいという結論は出せないのが現状です。

 "amorphous"(アモルファス)という語は一般には使われない特殊な単語だと思います。頭のaは否定を表していて、"symmetry"(対称)と"asymmetry"(非対称)の関係と同じように"morphous”に非ずという意味なのですが、この"morphous"という語自体もあまりみかけない単語です。"morphology"(形態学)という語から推測して「形のある」という意味のようです。"morphology"は「モホロジー」と標記され、半導体分野でも表面の形態、表面の粗さなどの意味でよく使います。そもそも"amorphous"は英語なら「アモーファス」と発音しそうですが、日本では「アモルファス」と標記されるのが普通で、もともと英語でなく外来語(ギリシャ語由来?)と思われます。意味は「非結晶」というより「不定形」に近いと思われます。  非結晶を端的に表す形容詞に"non-crystalline"という語があり、ときどき見かけます。ただ一単語として辞書には載っておらず、あくまでnonを付けた合成語のようです。非晶質の代表はガラスですが、「ガラス質の」という意味の"vitreous"(ヴィットリアス)という語もあります。"vitreous silica" は溶融石英という意味で使いますが、半導体分野での非晶質の意味にはあまり使わないようです。

(1)特開昭56-104433号

(2)特開昭56-114389号