電子デバイス/薄膜トランジスタ

3.アモルファスシリコン

 前項で紹介したように薄膜トランジスタ(TFT)は早くから提案され、とくにディスプレイの画素切り換え用スイッチ素子として期待されていましたが、なかなか実用化されませんでした。その主な原因はつぎのようなものです。

 ディスプレイ画面はそこに画像や文字などを表示するわけですから、一定の大きさが必要です。この点は半導体メモリーなどとはまったく異なります。メモリーの場合はきちんと動作するスイッチができれば大きさは小さいほどよく、結晶シリコン基板にできるだけ多くのIGFETを作り込むことで実現されてきました。ディスプレイの場合は大きな画面上の各画素のところにスイッチを配置する必要があり、ここに結晶シリコンIGFETを採用することは例え技術的に可能であってもコストの面で到底無理でした。

 それではどうするか、例えばガラス基板上にシリコンの薄膜を作ることはできます。物理的な方法としてはスパッタリング法のようなやり方があり、化学的な反応を使う方法としては化学的気相成長法(CVD法)などの手段があります。しかし基板にガラスなどの非晶質(アモルファス)のものを使うとその上にできる薄膜も非晶質かせいぜい多結晶になってしまいます。それでもそこそこの性能をもったトランジスタができればよいのですが、従来のアモルファスシリコン膜は抵抗が高く、不純物を添加してもp型やn型の半導体にならず使えませんでした。

 この問題に解決策を与えたのが、イギリス(スコットランド)のダンディ(Dundee)大学のSpear教授のグループでした(1)。1975年のことです。いつものように特許でその内容を説明したいところですが、発表は学術論文だけで特許は出願されていないようです。

 図3-1(a)のようにシリコンは単結晶である場合と違って、同図(b)のようにアモルファス状態になると各原子の結合手がすべてきちんと相手を見つけて結合できず、空いた手ができてしまいます。この空いた手に本来なら自由に動き回れるはずの電子が捕らえられてしまい抵抗の高い状態になってしまうのです。この事情は不純物を添加して電子や正孔を供給しようとする場合でも同じです。

 そこでSpear教授らが考えたのが、薄膜を作るときに水素ガス中で行うという方法でした。こうすることにより、同図(c)のように水素がこの空いた手のところに入り込んでくれるので、電子は結晶の場合と近い状態で動くことができるようになります。不純物を添加すると、p型とn型を作り分けることも可能になりました。

 このようなアモルファスシリコンを水素化アモルファスシリコンと呼び、a-Si:Hという表記がよくなされます。このアモルファスシリコンは通常、プラズマCVDという方法で作られます。原料ガスとしてシラン(SiH)を使います。このガスは空気中に放出するだけで発火するという扱いに注意が必要なガスです。このガスと水素ガスを混ぜ、高周波をかけて放電させます。するとシランが分解して600℃程度に加熱したガラス基板上に水素化アモルファスシリコンの薄膜ができます。

 p型不純物を添加するには、シランに3価の元素を含むガスを混ぜます。硼素を含むジボラン(B)などがよく使われます。n型不純物には5価の元素、例えばリンを含むフォスフィン(PH)などが使われます。

 アメリカのEnergy Conversion Devices Inc.という会社が1979年末(日本には1年後)に出願した特許(2)には上記のような開発経緯の説明がかなり詳しく説明されていますので、参考までに紹介しておきます。またこれには水素でなくフッ素を導入しても同様の効果があることが記載されています。

 上記の特許もすでに薄膜トランジスタに関するものになっていますが、薄膜トランジスタの構造等についてはこれ以前にかなりの技術的な蓄積がなされていましたので、いざ良い材料が見つかれば、一気にデバイスの製作へ向かえる状況にあったと言えます。

 アモルファスシリコンはTFT以外では太陽電池の分野への応用でよく知られています。

(1)W.E.Spear and P.G.LeComber, Solid State Commun., Vol.17, p.1193 (1975)

(2)特開昭56-115571号