電子デバイス/薄膜トランジスタ

4.TFTの素子構造

 1975年に水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)によって薄膜トランジスタ(TFT)が作れる見通しが見出された後、1980年代後半には液晶ディスプレイ用スイッチング素子としてTFTは早くも実用化されることになります。

 前にも説明した通り、このTFTは絶縁ゲート型の電界効果トランジスタの一種です。ただし単結晶シリコンを基板を用いたIGFETと素子構造はかならずしも同じではありません。以下ではその素子構造について説明します。

 アモルファスシリコンTFTの素子構造でもっとも一般的なものは逆スタガ型と呼ばれるタイプです。この構造はすでに前項の文献(2)にも記載されていますが、単純化して示すと図4-1(a)のようになります。TFTの場合は基板は素子部分を支持する役目が果たせればよく、例えばガラスを使います。

 この基板の表面にまずゲート電極を着け、その上にゲート絶縁膜を被せます。その上に半導体薄膜(a-Si:H膜)を着け、最後に両側にソース電極とドレイン電極を設けてTFTが完成します。半導体層が薄膜なので、その位置は別にガラス基板のすぐ上にある必要もありません。

 結晶SiのIGFETと異なる点はまずゲート電極が基板表面にあり、ソース電極とドレイン電極が素子の表面側にあることです。逆スタガの「逆」は結晶Si・IGFETとは上下逆な配置を意味します。もう一つ異なる点は、結晶Si・IGFETでは3つの電極とも半導体表面のチャンネルに対して同じ側にあるのに対して、このTFTの場合は半導体薄膜に対してゲート電極とソース、ドレイン電極が反対側にある点です。スタガ(スタガード)はこの反対側にあることを意味しています。

 「逆スタガー型シリコン薄膜トランジスタの製造方法」という発明の名称を冠した特許(1)の「従来の技術」の項に「ゲート電極がソース電極およびドレイン電極よりも絶縁性基板側に形成された構造を有するシリコン薄膜トランジスタを逆スタガー型シリコン薄膜トランジスタと呼んでいる」という説明されています。

 TFTは半導体層が薄膜なので、IGFETのように不純物拡散を行ってソース、ドレイン領域を形成したりすることもありません。ゲート電極直上の両脇の半導体層表面に接触するようにソース、ドレイン電極を形成するだけです。なお半導体層とソース、ドレイン電極の間にオーミック接触をよくするための層を挿入し、多層電極とすることはあります。

 逆スタガ型があれば、順スタガ型とか正スタガ型と称する構造もあると想像できます。上記特許と同じ出願人の特許(2)に発明の名称が「トップスタガー型非晶質シリコン薄膜トランジスタ」というものがあります。トップスタガーも順、正と同じ意味で逆スタガ型とは反対の構造を意味します。この構造を図4-1(b)に示します。

 基板の上にソース電極とドレイン電極が設けられています。また基板上に半導体薄膜(a-Si:H膜)が形成され、その上にゲート絶縁膜、ゲート電極が設けられています。逆スタガ型とは上下が逆で、結晶Si・IGFETとやや近い構造になっていますが、半導体層に対してソース、ドレイン電極とゲート電極とは依然として反対側にあり、スタガ型であることは変わりありません。

 なお、スタガ型でない結晶Si・IGFETと同じように半導体層の片側に3電極を設けた構造もありえます。これを薄膜トランジスタの場合はコプレーナ型、またはプレーナ型と呼んでいます。図4-2(a)にこのタイプの断面構造を示します。またこれを上下逆にした逆コプレーナ型(逆プレーナ型)もあります(図4-2(b))。

 アモルファスSiのTFTの場合はスタガ型が一般的なようです。その理由は製造工程が簡単なことです。パターニングが必要なのは3つの電極だけです。極端に言えば絶縁膜と半導体膜はパターン不要のベタ着けでもいいわけです。コプレーナ型の場合は電極の他に半導体膜、絶縁膜もパターニングが必要となるので、工程が多くなります。

 「逆スタガー型」という名称をだれが名付けたのか筆者は知りません。しかし上記特許(1)は1988年に出願されていることからみて、この名称は1980年代中頃には使われていたと思われます。「スタガ」とは耳慣れない言葉ですが、もともとは英語で、その綴りは”Staggered”です。「スタガード」あるいは「スタッガード」と発音するこの言葉の意味を辞書で調べると、「ジグザグな」とか「千鳥の」という意味であることがわかります。恐らくアメリカで命名されたものと思われます。

(1)特公平06-46639号

(2)特開平01-281772号