電子デバイス/薄膜トランジスタ

2.初期のTFT

 薄膜トランジスタ(TFT)には明確なニーズがありましたが、実用的なTFTの開発にはかなりの困難がありました。ガラス基板は結晶でなく非晶質ですから、その上にシリコンの膜を作っても、結晶にはならず、非晶質になってしまいます。このような膜にp型やn型の不純物を入れても、電流がよく流れるp型やn型のシリコン膜はできませんでした。そこでまず初めに作られたTFTはシリコンではなく、硫化カドミウム(CdS)などのⅡ-Ⅵ族半導体を使ったものでした。これを最初に提案したのはアメリカのRCA社のワイマー(P.K.Weimer)でした。1961年に発表されています(1)

 時期的にはIGFETの発表と同時期かむしろ早いくらいで、TFTの発想はIGFETに触発されたものと言うより、結晶基板を使うIGFETとは違う考え方が独立、並行して考案されたと考えるのが正しいと思われます。つまり電界効果を使った固体素子の実現が模索されていた時代に一つの発想が提案されたわけです。

 提案されたTFTの構造を図2-1により説明しましょう。ガラスなどの基板の上にまず2つの金属電極を付けます。その上にCdSの薄膜を付けます。CdSは真空中で加熱すると比較的低温で簡単に蒸発し、基板の上に半導体薄膜ができます。しかも抵抗が低く電流が流れる膜ができます。特許にはゲルマニウムや珪素(シリコン)等々の半導体でもよいと書かれていますが、この時代にはうまく作れなかったはずです。さらにこの半導体を絶縁膜で覆います。特許ではフッ化カルシウム(CaF)の例があがっていますが、この材料も比較的低温で膜を作れるので選ばれたと思います。最後にこの絶縁膜の上に金属電極を着けます。この金属電極は下にある2つの電極の間に来るように位置を合わせます。

 この構造をIGFETと比較すると、中央の金属電極がゲート電極で、両側の電極がソース、ドレイン電極に相当していることがわかります。IGFETではソース、ドレインの半導体領域は不純物をドープして抵抗の低い領域を作りますが、このTFTではそのようなことはしていません。半導体膜は付けたままで何も加工されていません。これはしようと思ってもできないので、やむなくそのまま使っているのです。特許のなかにも書いてある通りCdSの膜はn型の半導体になります。CdSをp型にするのはむずかしいのです。

 このTFTがトランジスタとして動作したデータが特許には載っています。しかし特性は結晶シリコンを使ったIGFETには遠く及ばなかったのです。その後、日本も含め研究開発は行われましたが、よい成果は出ませんでした。やはりシリコンを使った方がよいのではという考えで、なんとか薄膜の結晶シリコンを得ようという研究も行われました。シリコンの薄膜を作った後、熱処理などで結晶化しようとする試みなどが行われましたが、かなり多くの研究が行われたのは、サファイア基板を使ってその上に結晶シリコン膜を成長させようというものでした。SOS(Silicon on sapphire)技術と呼ばれています。サファイア基板はその後、青色発光ダイオードのGaNを成長させる基板として使われましたが、大型基板を得るのは難しいので、ディスプレイ用基板として使うのは難しかったと思われます。

 そうこうしてTFTの実用化は難航していましたが、最初のTFTの提案から20年近く経った1970年代の終わりになってようやく実用化に向けて大きな転機を迎えることになります。

(1)特公平40-16459号