電子デバイス/負性抵抗素子
11.サイリスタの動作解析サイリスタを理論的な面から少し見ておきたいと思います。pnpn接合を基本構造とするサイリスタはpnpトランジスタとnpnトランジスタを図11-1のように接続した素子と見なすことができます。ショックレーはむしろこのようなトランジスタの接続からpnpn構造を発想したように思われます(1)。図11-2は回路記号を使って表した図です。サイリスタの回路記号は左側のように表します。 右側がトランジスタを使った等価回路で、図11-1の右側の図に対応しています。
バイポーラトランジスタの理論(「半導体デバイスの物理」7~9項)を前提にしますが、図のpnpトランジスタ側のベース電流 \(I_{B1}\) は \[I_{B1}=\left ( 1-\alpha_{1} \right )I_{A}-I_{CO1}\] となります。ここで \(I_A \) はサイリスタのアノード電流ですが、トランジスタとしてみれば、pnpトランジスタのエミッタ電流に相当します。\(\alpha_1 \) はpnpトランジスタの電流増幅率、\(I_{CO1}\) はpnpトランジスタのコレクタ-ベース間逆飽和電流と呼ばれています。
一方、npnトランジスタのコレクタ電流 \(I_{C2}\) は \[I_{C2}=\alpha_{2}I_{K}+I_{CO2}\] と表せます。ここで \(I_K \) はサイリスタのカソード電流、すなわちnpnトランジスタのエミッタ電流、\(\alpha_2 \) はnpnトランジスタの電流増幅率、\(I_{CO2}\) はnpnトランジスタのコレクタ-ベース間逆飽和電流です。
図から明らかなように \[I_{B1}=I_{C2}\] ですから \[\left ( 1-\alpha_{1} \right )I_{A}-I_{CO1}=\alpha_{2}I_{K}+I_{CO2}\] が得られます。またゲート電流 \(I_G \) は \[I_{K}=I_{A}+I_{G}\] の関係を満たさなければならないので、 \[I_{A}=\frac{\alpha_{2}I_{G}+I_{CO1}+I_{CO2}}{1-\left ( \alpha_{1}+\alpha_{2}\right )}\tag{1}\] が得られます。
上式の分子の各電流はいずれも小さいので \(I_A \) は通常小さいのですが、\(\alpha_1 +\alpha_2 \) が 1 に近づくと、分母が小さくなるので、\(I_A \) は急増します。これがサイリスタをオンにすると考えられます。
それではトランジスタの電流増幅率 \(\alpha \) はどのように変化するのでしょうか。通常、トランジスタの電流増幅率はほとんど1に近い値をとるので、\(\alpha _1 +\alpha_2 \) は1どころか2に近くなってしまうように思えます。
しかしトランジスタの電流増幅率はエミッタ電流を十分に流した場合の値を通常想定しています。サイリスタの場合は真ん中の接合が逆バイアスになるので、負性抵抗領域に入る前の状態では、エミッタ電流に相当するアノード電流は非常に小さくなります。このような小電流における電流増幅率がどうなるかをまず考えます。
電流増幅率 \(\alpha\) の定義は \[\alpha =\frac{I_{C}}{I_{E}}\] であり、エミッタへ注入された電流がどれだけコレクタへ到達するかを示すパラメータです。この電流増幅率 \(\alpha\) はエミッタ電流 \(I_E \) に依存することが知られています。その理由はつぎのように考えられます。
npnトランジスタで考えると、n型エミッタに注入された電子はp型のベース領域に入ると一部が正孔と再結合して消滅し、残った電子がコレクタ側へ通り抜けてコレクタ電流となります。エミッタ電流が小さいうちは、多くの割合の電子が再結合して消滅するため、コレクタへ流入する電子は少なくなり、電流増幅率は小さくなります。
しかしエミッタ電流が大きくなるとエミッタから入ってくる電子数が増加し、再結合に関わるベース領域の正孔はこれに見合うように増加しないので、再結合しないで残る電子数が増加します。これによりコレクタ電流が増え、したがって電流増幅率も増加することになります。
以上の説明を数式的に表現したいところですが、近似的な式でも最終的には数値計算によらないと電流増幅率の変化の様子がわからないと思われますので、ここではやや定性的な説明に留めたいと思います。
トランジスタの電流増幅率 \(\alpha\)はエミッタ注入効率 \(\gamma \) とベース輸送効率 \(\delta\) の積で表されます(「半導体デバイスの物理」9項参照)。 \[\alpha =\gamma\cdot\delta\tag{2}\] この \(\gamma \) と \(\delta \) はいろいろな表式がありますが、定義を含めて \[\gamma =\frac{I_{nE}}{I_{E}}=\frac{I_{nE}}{I_{nE}+I_{pE}}\tag{3}\] \[\delta =\frac{I_{nC}}{I_{nE}}=1-\frac{1}{2}\left ( \frac{W}{L_{n}}\right )^{2}\tag{4}\] と書けます。ここで \(I_{nE}\) はエミッタ電流の電子電流成分、\(I_{pE}\) はエミッタ電流の正孔電流成分、\(W\) はベース領域の幅、\(L_n \) はベース領域における電子の拡散長です。
npn型ではエミッタ電流の増加は主として \(I_{nE}\) の増加により、\(I_{pE}\) はそれほど変化しないのであまり寄与しません。したがって(3)式から分かるように \(\gamma \) はエミッタ電流の増加に伴って増加し、やがて 1 に近づくことがわかります。
一方 \(\delta \) は(4)式から分かるように、\(W\) の薄い素子では 1 に近くなります。トランジスタなら \(W\) を薄く設計すればいいわけですが、サイリスタの場合、内側のn層とp層をともに薄くすることは、この部分に高電界がかかるため難しいと言えます。
以上より、サイリスタにおいては、2つの \(\alpha \) をともに大きくすることはなかなか難しく、\(\alpha_1 +\alpha_2 \) を 1 に近づけることは必ずしも容易ではありません。
図11-3(a)はサイリスタの構造を示す図、(b)はこれに対応するアノード-カソード間にアノード電極側に正の電圧 \(V\) がかかった状態のエネルギーバンド図です。
この図からも分かるように印加電圧を増加していくと、そのほとんどは真ん中の接合にかかりますから、やがてこの接合は降伏(ブレークダウン)に至ります。降伏が起こるということは電子-正孔対が急増する雪崩現象が生じることを意味します。このときの電流の増倍率 \(M\) は \[M=\frac{1}{1-\left ( \frac{V_{D}}{V_{BD}} \right )^{n}}\] と表されるとされています。ここで \(V_{BD}\) は降伏電圧、\(V_D \) は接合にかかる電圧、\(n\) は定数でシリコンなどでは3程度の値をとります。つまり \(V_D \) が \(V_{BD}\) に近づくとMは急増します。
この接合を流れる電流 \(I\) は \[I=MI_{p}\left ( x_{1} \right )+MI_{n}\left ( x_{2} \right )\tag{5}\] と表せます。ここで \(I_p \left ( x_1 \right )\) はアノード側のpnpトランジスタのコレクタ正孔電流で、 \[I_{p}\left ( x \right ) =\alpha_{1}I_{A}+I_{CO1}\tag{6}\] と書け、\(I_n \left ( x_2 \right )\) はカソード側npnトランジスタのエミッタ電子電流で、つぎのように書けます。 \[I_{n}\left ( x \right )=\alpha_{2}I_{K}I_{CO2}\tag{7}\] なお、雪崩増倍率は電子と正孔で一般には異なると考えられますが、簡単のためにここでは等しい値 \(M\) としました。
(6)、(7)式を(5)式に代入して \[I=M\left [ \alpha_{1}\left ( I_{A} \right ) I_{A}+\alpha_{2}\left ( I_{K} \right ) I_{K}+I_{o}\right ]\] となります。ただし \[I_{o}=I_{CO1}+I_{CO2}\] と置きました。電流増幅率 \(\alpha \) に増倍率 \(M\) がかかり、\(M \gg 1\) となりますから \[M\left ( \alpha_{1} + \alpha_{2} \right )=1\] が成り立つ可能性があります。つまり電流が負性抵抗領域に入ることが起こりうることがわかります。
サイリスタの場合、ゲート電流を増加させるにしたがってスイッチング電圧が低下するという特性があります。上式をゲート電流 \(I_G \) を加えて書き直すと \[I=M\left [ \alpha_{1}\left ( I \right ) I+\alpha_{2}\left ( I+I_{G} \right ) I+\alpha_{2}\left ( I+I_{G} \right )I_{G} +I_{o}\right ]\] となります。ゲート電流が加わる分、電流増幅率の増加が早くなることが理解されます。この結果、降伏が早く起こると考えられます。またゲートに電流を流すためにゲート電圧を増加すると、これは真ん中の接合にかかる電圧を増加させる方向にはたらき、外部電圧が低い状態で降伏電圧に達する効果があると考えられます。
以上がゲート電圧によるスイッチング電圧の変化についての説明です。以前に掲載したサイリスタの電流-電圧特性には電流増幅率の電流依存性が反映されていませんでした。これを加味してサイリスタの電流-電圧特性を再掲します(図11-4)。
(1)特公昭29-005752