科学・基礎/半導体デバイス物理

7.バイポーラトランジスタを流れる電流(理論式)

 バイポーラトランジスタはpn接合が2つ反対向きに連なっていると見ることができます。図7-1はnpnトランジスタのエネルギーバンド図に各部に存在する電子と正孔のイメージを加えて示しています。エミッタ側のpn接合は順バイアス、コレクタ側は逆バイアスになっていることがわかります。このエミッタ側pn接合とコレクタ側pn接合を流れる電流を求める方法は単独のpn接合の場合と同じです。ただし拡散方程式を解く際の境界条件が異なります。

 まずnpnトランジスタでの電子濃度の分布について考えます。エミッタ領域にいる多数の電子のうち、接合の障壁を越えられるエネルギーをもった電子がベースに拡散します。またベース内で増加した電子はほとんどがコレクタ側空乏層の電界に引かれてコレクタへ流れ込みます。

 このとき、エミッタとコレクタ内での電子濃度、つまり多数キャリア濃度の変化はあまり問題でなく、もともと電子がほとんどいないp型のベース内での電子(少数キャリア)の増加が重要です。その電子濃度の変化を示す拡散方程式は以前と同様に \[\frac{\partial^2 n}{\partial x^2}- \frac{n-n_{0}}{L{_{n}}^{2}}= 0\tag{1}\] です。ここで \(n_{0}\) は平衡状態での電子濃度、\(L_{n}\) は電子の拡散距離です。この微分方程式の一般解は \[n-n_{0}= A\exp \left ( \frac{x}{L_{n}} \right )-B\exp \left ( -\frac{x}{L_{n}} \right )\tag{2}\] の形ですから、この式の定数 \(A\) と \(B\) を境界条件によって決めます。単独のpn接合の場合(4項)を参照すると、エミッタ側空乏層のベース側の端( \(x=0\) とします)での電子濃度は \[n\left ( 0 \right )= n_{B}\exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT} \right )\tag{3}\] となります。ここで \(n_{B}\) はベース領域内の平衡状態での電子濃度、\(V_{EB}\) はエミッタ-ベース間バイアス電圧です。

 またコレクタ側空乏層のベース側の端(\(x=W\))での電子濃度は \[n\left ( W \right )= n_{B}\exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right )\tag{4}\] となります。\(V_{CB}\) はコレクタ-ベース間のバイアス電圧です。pn接合の計算においてはp型とn型の物質としての境界の位置はあまり重要でなく空乏層の端の位置が重要となります。

 以上(3)、(4)の2式を境界条件として上の(2)式の一般解の係数\(A\)、\(B\) を決めると、電子濃度の分布は \[\begin{align} n\left ( x \right ) &= n_{B}+\left [ \frac{n\left ( W \right )-n_{B}-\lbrace n\left ( 0 \right )-n_{B} \rbrace \exp \left ( -\frac{W}{L_{n}} \right )}{2\sinh \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )} \right ]\exp \left ( \frac{x}{L_{n}} \right ) \\ &=- \left [ \frac{n\left ( W \right )-n_{B}-\lbrace n\left ( 0 \right )-n_{B} \rbrace \exp \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )}{2\sinh \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )} \right ]\exp \left ( -\frac{x}{L_{n}} \right )\end{align}\] という長ったらしい式になります。ここで \(\sinh\) はハイパボリックサイン(双曲線正弦関数)といって \[\sinh x= \frac{\mathrm{e}^{x}-\mathrm{e}^{-x}}{2}\] というふうに定義されます。この関数を使うことで \(\mathrm{e}^{x}\) がたくさん出てくる式を簡単にすることができます。

 つぎに正孔濃度を考えます。正孔はp型のベース領域にだけ多くいて、エミッタ、コレクタでは少数キャリアです。そこで今度はエミッタ内とコレクタ内の正孔濃度を求めますが、これも単独のpn接合と同様に行うことができます。エミッタ-ベース間の接合では空乏層のエミッタ側(\(x=-x_{E}\) とします)の正孔濃度が \[p\left ( -x_{E} \right )= p_{E}\exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT} \right )\] となります。ここで \(p_{E}\) はエミッタ領域内の平衡状態での正孔濃度です。もう一つの境界条件はこの界面から遠いエミッタ内での正孔濃度が \(p_{E}\) であることです。 \[p\left ( -\infty \right )= p_{E}\] この2つを境界条件として拡散方程式を解くと、エミッタ内における正孔濃度は \[p\left ( x \right )= p_{E}+\lbrace p\left ( -x_{E} \right )-p_{E} \rbrace \exp \left [ \frac{\left ( x+x_{E} \right )}{L_{p}} \right ]\] となります。\(L_{p}\) は正孔の拡散距離です。

 同様にコレクタ内の正孔濃度も、ベース-コレクタ間空乏層のコレクタ側の端(\(x=x_{C}\))が \[p\left ( x_{C} \right )= p_{C}\exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT}\right )\] であることと、界面から遠いコレクタ内の正孔濃度を平衡正孔濃度 \(p_{C}\) であること、すなわち \[p\left ( \infty \right )= p_{C}\] の2つを境界条件として、 \[p\left ( x \right )= p_{C}+\left \{ p\left ( x_{C} \right )-p_{C} \right \} \exp \left [ -\frac{\left ( x-x_{C} \right )}{L_{p}} \right ]\] と求められます。

 以上で電子と正孔の分布が求まったので、拡散電流を求めます。エミッタ電流 \(I_{E}\) は空乏層内で電荷の発生や消滅がないとすれば、エミッタ-ベース界面を流れる電流としてよく、つぎのように求められます。なお、\(A\) は素子の電流が流れる部分の断面積です。 \[\begin{align}I_{E} &= Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\coth \left ( \frac{W}{L_{n}} \right ) \left \{ \exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &- Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\frac{1}{\sinh \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &+ eA\frac{D_{p}p_{E}}{L_{p}}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT}\right )-1 \right \} \end{align}\] ここで \(D_{n}\) と \(D_{p}\) はそれぞれ電子と正孔の拡散定数です。

 コレクタ電流 \(I_{C}\) も同様です。 \[\begin{align}I_{C} &= Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\frac{1}{\sinh \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &- Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\coth \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &+ Ae\frac{D_{p}p_{C}}{L_{p}}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right ) -1\right \} \end{align}\]

 ここでまた双曲線関数が出てきましたので、定義を記載しておきます。 \[\cosh x= \frac{\mathrm{e}^{x}+\mathrm{e}^{-x}}{2}\] \[\tanh = \frac{\sinh x}{\cosh x}= \frac{\mathrm{e}^{x}-\mathrm{e}^{-x}}{\mathrm{e}^{x}+\mathrm{e}^{-x}}\] \[\coth x= \frac{1}{\tanh x}= \frac{\mathrm{e}^{x}+\mathrm{e}^{-x}}{\mathrm{e}^{x}-\mathrm{e}^{-x}}\]

 以上求めた式は複雑で何を表しているかよく分からないと思います。次項でもう少し具体的な話をします。