科学・基礎/半導体デバイス物理
8.バイポーラトランジスタを流れる電流(数値の検討)前項で求めたエミッタ電流、コレクタ電流の式は眺めているだけではまったくイメージが掴めないと思います。そこでここではこれに具体的数字を当てはめて各式を見直してみます。まずこれらの電流の式を再掲します。
エミッタ電流 \(I_{E}\) は \[\begin{align}I_{E} &= Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\coth \left ( \frac{W}{L_{n}} \right ) \left \{ \exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &- Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\frac{1}{\sinh \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &+ eA\frac{D_{p}p_{E}}{L_{p}}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT}\right )-1 \right \} \end{align} \tag{1}\]
コレクタ電流 \(I_{C}\) は \[\begin{align}I_{C} &= Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\frac{1}{\sinh \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{EB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &- Ae\frac{D_{n}n_{B}}{L_{n}}\coth \left ( \frac{W}{L_{n}} \right )\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right ) -1\right \} \\ &+ Ae\frac{D_{p}p_{C}}{L_{p}}\left \{ \exp \left ( \frac{eV_{CB}}{kT} \right ) -1\right \} \end{align}\tag{2}\]
この式を使って電流 \(I_{E}\) と \(I_{C}\) の電圧に対する変化を調べます。外部からトランジスタにかける電圧はエミッタ-ベース間の \(V_{EB}\) とコレクタ-ベース間の \(V_{CB}\) の2つです。前々項の図6-1に示したようにそれぞれ別々の電源を使いますから、2つの電圧はそれぞれ自由な値の電圧をかけることができます。
(1)、(2)式ともこれらの電圧は \(\exp \left ( eV_{EB}/kT \right )-1\)、\(\exp \left ( eV_{CB}/kT \right )-1\) の形で入っています。これらはpn接合ダイオードの電流を表す式と同じ形です。前にも説明していますが、電圧が正の場合には電圧の増加によって指数関数は急増します。\(kT\) は室温で約0.025eVですから、\(\exp\) の指数は電圧が0.025eVのとき 1 になり、\(\exp\) の値はすでに約2.7です。0.1Vでも 50 を越える値になり、\(\exp \left ( eV/kT \right )-1\)の -1 はすぐに無視できるようになります。一方、電圧が負の場合は、\(\exp\) の値は 1 より小さく、負電圧が大きくなるにつれ次第に 0 に近づき、1を引いた値は 0 から -1 に近づきます。
もう一つ、式(1)、(2)のなかに双曲線関数の形で何回も出てくる数は \(\exp \left ( W/L_{n} \right )\) と \(\exp \left( W/L_{p} \right )\) です。少数キャリアの拡散距離 \(L_{n}\) と \(L_{p}\) は \[L_{n}= \sqrt{D_{n}\tau _{n}}\] \[L_{p}= \sqrt{D_{p}\tau _{p}}\] と表されますから、この値は半導体材料の物理定数によって決まります。拡散定数 \(D_{n}\)、\(D_{p}\) は例えばシリコンでは大体 \(10^{-3}~\mathrm{m}^{2}/\mathrm{s}\) 程度の値です。数値例としては \(D_{n}\) は\(4\times 10^{-3}~\mathrm{m}^{2}/\mathrm{s}\)、\(D_{p}\) は \(1\times 10^{-3}~\mathrm{m}^{2}/\mathrm{s}\) とします。
また少数キャリアの寿命 \(\tau_{n}\)、\(\tau_{p}\) は電子の方が正孔より1桁ほど長くなっています。数値例としては \(\tau_{n}\) は \(300~\mu \mathrm{s}\) 程度、\(\tau_{p}\) は \(40~\mu \mathrm{s}\) 程度です。これらを上式に当てはめると、\(L_{n}\) は約1mm、\(L_{p}\) は約0.2mmとなります。
一方、ベース領域の長さは素子の設計によって決まりますが、半導体の結晶層の厚さですから1mmといった値になることはまずなく、これよりずっと小さい数 \(\mu \mathrm{m}\) 程度の値です。つまり \(w/L\) は1/1000程度の小さい値になります。これの \(\exp\) の値は1に近い値になります。
このとき \(\sinh\) はほぼ 0 ですから、式中の逆数 \(1/\sinh\) はかなり大きな値(\(10^{3}\) 程度)になります。また \(\coth\) はほぼ \(\sinh\) の逆数に近い値ですからこれも \(10^{3}\) 程度の大きな値になります。
ところで \(W\) はベースの層の厚みではなく、ベース層両端にできる空乏層の厚みを除いた電界のかかっていない部分の厚みです。空乏層の厚みは印加電圧に依存するので、\(W\) も電圧に依存することになります。ただ \(W/L\) は1よりずっと小さいとすると、\(W\) が多少変化しても影響は小さいので、\(W\) は電圧によらず一定としても大きな誤差はないと考えられます。以下の計算では \(W\) は電圧に依らず、一定とします。
以上を踏まえて、(1)式から \(I_{E}-V_{EB}\) 特性を計算します。もっとも重要なケースはトランジスタに電流が流れ、増幅作用が起こる場合です。トランジスタに電流が流れるためにはエミッタから電子が流入しコレクタへ抜けるようにします。このためにはエミッタ-ベース間pn接合を順バイアスにし、ベース-コレクタ間pn接合を逆バイアスにします。つまり \(V_{EB} \gt 0\)、\(V_{CB}\lt 0\) とします。
(1)式右辺の第2項は \(V_{CB}\) のみに依存する項です。\(W\) は一定と仮定しますので、この項は \(V_{EB}\) に対して変化しない定数項となります。この項があるので、\(V_{EB}\) が 0 であっても \(I_{E}\) は 0 になりません。しかしこの項の大きさは \(V_{CB}\) が負方向に増大してもほとんど変化せず、値も小さくほとんど無視できる程度です。第3項は \(V_{EB}\) に依存する項ですが係数が小さいため、第1項に比べると無視できます。結論としては \(I_{E}\) は図8-1に示すように \(V_{CB}\) にはほとんど依らずに \(V_{EB}\) に対して急増する特性となります。
つぎに(2)式から \(I_{C}-V_{CB}\) 特性を計算します。\(V_{EB}\) は一定としますが、\(I_{C}\) は \(V_{EB}\) に大きく依存しますので、いくつか \(V_{EB}\) を変えて計算します。実際には \(I_{E}\) をパラメータにとっています。
第2項の値は \(V_{CB}\) を負方向に増やしても-0.1V辺りで飽和し以後一定になります。この値は第1項に比べて小さく、したがって \(I_{C}\) はほとんど \(I_{E}\) に等しくなります。図8-2ではパラメータの \(I_{E}\) を切りのいい数字に選びました。参考までに対応する \(V_{EB}\) は0.164V(1mA)、0.181V(2mA)、0.191V(3mA)、0.198V(4mA)です。
なお、\(V_{CB}\) を正極性にすると、第2項は急増するので、\(I_{C}\) は反転し負方向に急増します。
なお、計算は行いませんが、\(W\) が電圧に依存して変化する場合、\(I_{C}\) は一定値にならず、少しずつ増加する特性になります。これはアーリー(Early)効果と呼ばれ、実際のトランジスタではむしろ通常見られる現象です。