科学・基礎/半導体デバイス物理

9.電流増幅率

 トランジスタといえば信号の増幅ができるというのが最大の特徴ですが、その増幅がどの程度のものかを示す指標が増幅率です。その一つである電流増幅率の式をここでは導いてみます。

 入力電流をエミッタ電流 \(I_{E}\) とし、出力電流をコレクタ電流 \(I_{C}\) としたとき、入出力の比、つまりコレクタ電流のエミッタ電流に対する比 \(\alpha\) を電流増幅率と呼びます。 \[\alpha = \frac{I_{C}}{I_{E}}\]

 \(\alpha\) の値は前項までの解析からほとんど1です。が正確には1に等しくはありません。

 その理由の一つは、エミッタ電流が 0 であっても出力のコレクタ電流が僅かに流れるからです。この電流は実際に観測できます。この僅かな電流 \(I_{CBO}\) をコレクタ遮断電流と呼びます。これはnpnトランジスタならベース領域にいる多数キャリアの正孔が僅かながらコレクタ側へ拡散するために発生します。

 このほか、表には出ませんが、エミッタから流れ込んだ電子はベース領域の正孔と再結合して消滅してしまえば、その分はコレクタに到達しないので、コレクタ電流はエミッタ電流より少なくなります。

 以上の関係は \[I_{C}= I_{CBO}+\alpha I_{E}\simeq \alpha I_{E}\] と表されます。この \(\alpha\) を詳細にみていきます。

 まずエミッタ-ベース接合を流れるエミッタ電流 \(I_{E}\) に着目すると、これは電子の拡散による電流 \(I_{nE}\) と正孔の拡散による電流 \(I_{pE}\) からなります。

 図9-1をみると、電子はエミッタ電極から供給されるのに対し、正孔はコレクタでは少数キャリアですからコレクタ側からはほとんど供給されませんが、ベースには電極があるので、そこから供給されることができます。このため \(I_{pE}\) はベース-エミッタ間を流れるだけでコレクタ側へ流れる電流には寄与しません。そこで \[\begin{align}\gamma &= \frac{I_{nE}}{I_{E}}\\ &= \frac{I_{nE}}{I_{nE}+I_{pE}} \\ &= \frac{1}{1+\frac{I_{pE}}{I_{nE}}}\end{align}\] で表される \(\gamma\) の分がコレクタ側へ流れる電流になります。

 \(I_{nE}\) と \(I_{pE}\) はすでに式を導いているわけですから、これを上式に代入してみます。 \[\frac{I_{pE}}{I_{nE}}= \frac{D_{pE}p_{E}L_{nB}}{D_{nB}n_{B}L_{pE}\coth \left ( \frac{W}{L_{nB}} \right )}\] \(\coth x\) は \(x \ll 1\) であれば \[\coth x= \frac{\mathrm{e}^{x}+\mathrm{e}^{-x}}{\mathrm{e}^{x}-\mathrm{e}^{-x}}\simeq \frac{\left ( 1+x \right )+\left ( 1-x \right )}{\left ( 1+x \right )-\left ( 1-x \right )}= \frac{1}{x}\] と書けるので、上式は \[\frac{I_{pE}}{I_{nE}}\simeq \frac{D_{pE}p_{E}W}{D_{nB}n_{B}L_{pE}}\] となります。さらに式中の少数キャリアである \(p_{E}\) と \(n_{B}\) を \[n_{E}= \frac{n{_{i}}^{2}}{p_{E}}\] \[p_{B}= \frac{n{_{i}}^{2}}{n_{B}}\] の関係を使って多数キャリア \(n_{E}\) と \(p_{B}\) で表すと \[\frac{I_{pE}}{I_{nE}}\simeq \frac{D_{pE}p_{B}W}{D_{nB}n_{E}L_{pE}}\] となり、\(\gamma\) は \[\gamma = 1-\left ( \frac{D_{pE}}{D_{nB}} \right )\left ( \frac{p_{B}}{n_{E}} \right )\left ( \frac{W}{L_{pE}} \right )\] と書けます。

 したがって \(p_{B}\) が \(n_{E}\) より小さいほど \(\alpha\) は1に近づくことになります。言い換えればエミッタのドナー濃度をベースのアクセプタ濃度より大きくするほど、\(\alpha\) は1に近づくと言えます。

 一方、エミッタからベースに拡散によって流れ込む電子による電流 \(I_{nE}\) のうち、ベース領域の正孔と再結合せずにコレクタに到達する電子による電流 \(I_{nC}\) の割合 \(\delta\) は次式で表されます。 \[\delta = \frac{I_{nC}}{I_{nE}}= \frac{1}{\coth \left ( \frac{W}{L_{nB}} \right )}\] となり、\(W\) が \(L_{nB}\) より小さければ \[\delta \simeq 1-\frac{1}{2}\left ( \frac{W}{L_{nB}} \right )^{2}\] と近似できます。\(W\) が小さいほど電子は再結合せずにコレクタに到達できることが示されます。これはもっともらしい結論と言えるでしょう。

 以上より \(\alpha\) は \[\begin{align}\alpha &= \gamma \delta \\ &= \left \{ 1-\left ( \frac{D_{pE}}{D_{nB}} \right )\left ( \frac{p_{B}}{n_{E}} \right )\left ( \frac{W}{L_{pE}} \right ) \right \} \left \{ 1-\frac{1}{2} \left ( \frac{W}{L_{nB}} \right )^{2}\right \} \end{align}\] となります。

 この関係から \(\alpha\) を1に近づけるためには 1.ベース幅 \(W\) を小さくする。 2.拡散距離 \(L\) を長くする。 3.エミッタの多数キャリア濃度 \(n_{E}\) をベースのそれ \(p_{B}\) より大きくする。 の3つが有効であるとの結論が得られます。

 このうち、2は半導体材料の性質で決まってしまいますが、1と3はトランジスタを作製するときの設計によって配慮することができます。