科学・基礎/半導体デバイス物理

10.バイポーラトランジスタを用いた増幅回路

 電流増幅率 \(\alpha\) はほぼ1、むしろ1より小さいという前項の結論からはトランジスタによってどうして増幅ができるのかという疑問が起きるかもしれません。しかしトランジスタのなかで電子と正孔の動きによって起きていることはこれだけです。

 前にも書いていますが、トランジスタの増幅回路では回路内でエネルギーが湧き出てくるわけではなく、入力端子に入力される信号のエネルギーが出力端子では大きくなるように外部回路を定めたものに過ぎません。トランジスタのどの端子を入力、出力に選ぶかによって特性のちがう増幅回路が実現されます。以下、基本的な増幅回路を紹介します。

 トランジスタは3つの端子をもった素子です。そこで1つの端子を共通端子に定め、他の1つとこの共通端子の間に入力信号を入れ、残った1つの端子と共通端子の間から出力信号を取り出すことになります。これには3通りあり、以下一つずつ説明していきます。

1.ベース接地  これまで示してきた図10-1のようなトランジスタの接続法はベース接地回路に相当します(右側に回路記号による回路図を示しました)。日本語では「ベース接地」というのが普通ですが、英語では"base common"(ベースコモン)ということがあります。3端子のうちベースを共通端子にするという意味です。入力信号はベースを基準にしてエミッタに入れます。図の \(V_{EB}\) がこの入力信号と考えて下さい。出力信号は共通端子のベースを基準にしてコレクタから取り出します。

 これまで解析してきたようにエミッタ電流 \(I_{E}\) はエミッタ-ベース間電圧 \(V_{EB}\) がわずかに増加するだけで急増します。これはエミッタの入力抵抗(入力インピーダンスと言った方が正確です)が小さいことを意味します。一方、コレクタ電流 \(I_{C}\) はコレクタ-ベース間電圧 \(V_{CB}\) が多少変化してもほとんど変化しません。これはコレクタの出力インピーダンスが大きいことを意味します。

 このためエミッタに接続する入力信号の電源の内部抵抗はエミッタの入力インピーダンスより小さくないとエミッタに電圧がかかりません。一方、コレクタにはインピーダンスの大きな負荷抵抗 \(R_{L}\) をつないでも十分出力信号が取り出せます。

 入力信号の電源の内部抵抗を \(R_{i}\) とすると、入力電圧 \(V_{EB}\) は \[V_{EB}= R_{i}I_{E}\] です。一方、負荷抵抗を \(R_{L}\) とすると、出力電圧 \(V_{o}\) は \[V_{o}= R_{L}I_{C}\] です。エミッタ電流 \(I_{E}\) とコレクタ電流 \(I_{C}\) は \(\alpha\) がほぼ1なのでほぼ等しく、したがって \(R_{i}\lt R_{L}\) であれば \[V_{o}\gt V_{i}= V_{EB}\] であり、電圧あるいは電力について増幅ができることがわかります。

 ベース接地回路は出力インピーダンスが高いので、入力インピーダンスの低い回路を後ろにつなぐことが難しく、多段接続がし難いのが欠点です。

2.エミッタ接地  図10-2に示す回路では3端子のうちエミッタを共通端子とします。入力信号はエミッタを基準にしてベースに入れます。出力信号は同じくエミッタを基準にしてコレクタから取り出します。

 エミッタ電流 \(I_{E}\) からコレクタに向かって大きな電流が流れてもベースに流れる電流は僅かです。エミッタ電流を1としたとき、コレクタに \(\alpha\) の電流が流れるとすると、ベースに流れる電流は \(1-\alpha\) に相当します。\(\alpha\) は1に近い値ですから、これは非常に小さい値になります。これはベースの入力インピーダンスがかなり大きいことを意味します。一方、コレクタ電流はコレクタ-エミッタ間電圧 \(V_{CE}\) が多少変化してもほとんど変化せず、コレクタの出力インピーダンスも非常に大きいことになります。

 上記のことから、ベース電流に対するコレクタ電流の比 \(\beta\) は \[\frac{I_{C}}{I_{B}}=\beta = \frac{\alpha }{1-\alpha }\] です。この \(\beta\) は \(\alpha\) が0.99なら99とかなり大きな値になり、エミッタ接地では電流自体が増幅されることがわかります。入力インピーダンスがかなり大きいので、出力インピーダンスがある程度大きい回路を入力に接続ができ、多段の増幅も可能です。増幅回路としてはこのエミッタ接地回路がもっともよく使われます。

3.コレクタ接地  図10-3に示す回路では3端子のうちコレクタを共通端子とします。入力信号はコレクタを基準にしてベースに入れます。出力信号は同じくコレクタを基準にしてエミッタから取り出します。

 繰り返しになりますが、エミッタ電流を1としたとき、コレクタに \(\alpha\) の電流が流れるとすると、ベースに流れる電流は \(1-\alpha\) に相当します。ベース電流 \(I_{B}\) に対するエミッタ電流 \(I_{E}\) の比 \(\gamma\) は \[\frac{I_{E}}{I_{B}}=\gamma = \frac{1 }{1-\alpha }\] です。この \(\gamma\) は \(\beta\) に近いかなり大きな値になり、コレクタ接地でも電流自体が増幅されることがわかります。

 この回路の特徴は入力インピーダンスがかなり大きいのに比して出力インピーダンスがかなり小さいことです。このためこの回路は増幅というよりインピーダンスの変換によく使われます。出力インピーダンスが低いと次につなぐ回路の制限が厳しくなくなり使いやすくなります。

 トランジスタの回路を電子と正孔の動きを使って考えるのはここまででしょう。これより先はトランジスタを等価回路で置き換え、回路としての計算をしていくことになります。半導体の物理からは離れてしまうのでここではそのような回路理論には立ち入らないことにします。

 

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