電子デバイス/負性抵抗素子
10.サイリスタ
前項ではpnpnダイオードの動作について紹介しましたが、pnpn接合は4層構造ですから電極は両端だけでなく、中間のp層やn層に設けることもできます。ここではこの中間のp層またはn層のいずれかに電極を設けた3端子素子(1)を取り上げます。
実はこの3端子素子は意外に重要な役割を持っており、現在もよく使われています。その辺りについて順に紹介していきます。
3端子のpnpn接合素子の外部回路を含めた概略図を図10-1に示します。この図では中間のp2層に第3の電極を着けた例を示しています。実際の素子は薄い半導体層を重ねた構造をしていますから、図のように接合の横側に電極を着けることはまずしません。図10-2のようにn2層をp2の一部分に設け、p2層を下面に露出させた構造にして層の上面と下面に電極を着けるのが普通です。
このような3端子素子の特許はショックレーの特許出願から半年ほどしか間をおかずに1956年に同じベル研究所から出願されています(2)から、pnpn接合素子が考えられた時点ですでに2端子も3端子もアイデアとしてはあったと考えてよいかと思います。
この3端子ですが、p1側の電極端子をアノード、n2層側の電極端子をカソード、中間のp2層の端子をゲートと呼びます。ゲート端子を設けた結果、どのような機能が加わるでしょうか。図10-1のようにゲート電極にカソード電極に対してプラス極性の電圧を加えると、p2層内に正孔が注入されます。
p2層内の正孔濃度が一定量に達するとn2-p2接合が降伏しますから、ゲートに流し込む電流 \(I_G \) が 0 → \(I_{G1}\) → \(I_{G2}\) と大きくなるほど、低電圧で降伏が起こり負性抵抗領域へ移行するようになります。この特性のイメージを図10-3に青線で示します。
この特性が何に利用されたかと言うと意外にも電力分野の整流素子でした。整流といえば普通のpn接合ダイオードによって行えます。ダイオードの両端に交流電圧を印加すると電流は順方向にだけ流れるので、半波整流ができるわけですが、この場合はダイオードのはたらきはまったく受動的で何の制御もできません。
3端子pnpn素子に交流を加えた場合はどうでしょう。図10-3はこれを表しています。下側に描かれているのが入力の交流電圧の時間変化です。周期を \(T\) としました。このような交流電圧が素子に加わったとき、素子を流れる電流は図の右側のようになります。
ゲート端子の電圧が小さく(例えばゼロ)、降伏電圧が高い場合に、これより入力電圧のピーク値が小さい場合(図のような場合)は、両方向とも電流がほとんど流れないことになります。ゲート端子にプラス電圧を加えると、その大きさにしたがって降伏電圧が低下します。降伏電圧が入力電圧のピーク値を下回るようになると、アノードからカソードへ向かう方向に電流が流れるようになります。ゲート電流が大きく、図の \(I_{G2}\) の場合のように降伏電圧が十分低くなれば、ほぼ通常のpnダイオードと同じように半周期だけ電流が流れ半波整流が実現します。図10-4は周期 \(T\) の交流を加えた場合の各状態のアノード電流 \(i\) の波形を示しています。図10-4(a)はゲート電流が大きい場合の半波整流の状態を示しています。
降伏電圧が中間的な場合(図の \(I_{G1}\) )には交流電圧がこの降伏電圧を越えている時間範囲でだけ電流が流れる特殊な状態が生じます。図10-4(b)、(c)が、\(t_1\) から \(T/2\)、\(t_2\) から\(T/2\) の範囲だけ電流が流れるように制御した状態の電流波形をそれぞれ例示しています。
以上からゲート電圧を変えることにより、整流動作のオン、オフを切り換える制御ができます。また必要あれば図10-4に示すように半波整流された波形の一部をカットした電流を出力することも可能です。交流の電力を調節するには単にピーク電圧を換えればいいのですが、このようにピーク電圧は変えずに波形の一部をカットする調節方法も可能です。
このように整流を制御できる素子を制御整流器(Controlled Rectifier)と呼ぶことがありますが、これの前にシリコンまたは半導体のSをつけてSCR(SiliconまたはSemiconductor controlled Rectifier)という呼び方があります。米国のジェネラルエレクトリック社がこの呼称を使い始めたようです。
またサイリスタ(Thyristor)と呼ぶ場合もあります。この名称の起こりは同じような機能をもつサイラトロン(Thyratron)という放電管から来ています。そのような指摘は例えばドイツのシーメンス社が1964年に出願した特許(3)などに見られます。同社がすぐ後に出願した特許にはサイリスタの名称が使われています。
サイラトロンは放電管の一種で3極真空管(4極、5極の場合もある)と似た構造をもっていますが、管のなかは真空でなくガスが封入されています。このためアノード-カソード間に電圧をかけると放電が生じますが、グリッドにかける電圧を変えることによりこの放電開始電圧を変えることができ、アノード-カソード間に流れる電流をオンオフ制御できます。これはまさにpnpn素子とよく似た特性で、用途も同様です。そこで固体サイラトロンという意味でトランジスタなどと同様な造語で「サイリスタ」の名称が発案されました。
この呼称をだれが発案したのかはどうもはっきりしません。しかしその後、国際規格などで使われる標準的な用語となっています。SCRは整流器という応用、用途を名称にしたものであるのに対し、サイリスタはより固有名詞に近く一般的に使えるのがその理由と思われます。
(1)S.M.Sze, "Physics of Semiconductou Devices", Wiley (1969) ,Chap.7-2
(2)米国特許2877359号
(3)特公昭42-19