電子デバイス/負性抵抗素子
7.トンネルダイオードの応用(その2)
トンネルダイオードには前項の発振回路以外の応用がいくつか提案されています。そのいくつかを紹介します。
1.増幅回路 図7-1のような回路で信号源から入力した信号 \(v_i \) を負荷抵抗 \(R_L \) の両端から信号 \(v_o \) として取り出すことを考えます。負荷抵抗 \(R_L \) に直列に負性抵抗 \(-R\) が接続されています。抵抗 \(r_s \) は電源の内部抵抗や配線の抵抗分など素子そのもの以外の(正の)抵抗分とします。負荷抵抗から取り出される電力 \(p\) は負荷抵抗に流れる電流を \(i\) とすると \[p=i^{2}R_{L}\] ですが、電流 \(i\) は \[i=\frac{V}{r_{s}+R_{L}-R}\] ですから、負性抵抗 \(-R\) を大きくしていくと、回路全体の抵抗は \(r_{s} +R_L \) より小さくなるので電流は増大し、出力電力は負性抵抗のない場合に比べて大きくなります。これは普通の正の抵抗だけの回路では起こりえない現象で、増幅とみなせます。
2.スイッチング 回路的には上とほぼ同じで抵抗と負性抵抗が直列に接続した回路です(図7-2)。電源の内部抵抗は無視しました。電源電圧を \(V_0 \)、負性抵抗両端の電圧を \(V\)、流れる電流を \(I\) とすると \[V=V_{0}-IR_{L}\] が成り立ちます。負性抵抗素子のI-V特性を図7-3の赤線とすると、上式は青線で示した直線で表されますから、赤線と青線の2つの交点が実際に実現される電流-電圧特性になります。つまり \(I_{ON}-V_{ON}\) のオン状態と \(I_{OFF}-V_{OFF}\) のオフ状態の2点いずれかで安定することになります。このため電流が2点間でオン、オフでき、負荷抵抗の両端の電圧も2点間で切り換えられます。もちろん交点が2つになるように負荷抵抗を選ぶことが必要になります。
3.その他 前項及びこの項で説明した応用回路は負性抵抗特性を利用したものですから、必ずしもトンネルダイオードだけではなく、他の負性抵抗素子も利用できる場合があります。
これに対してここではトンネル接合の性質を利用した例を紹介します。トンネル接合はpn接合でありながら原点付近では順逆両方向に電流が流れるという性質があります。この特性を生かした応用例があります。
タンデム太陽電池のようにpn接合を2つ以上直列にする必要があるとき、そのままpn接合を積層するとpnpnとなって真ん中の接合がnpとなるので、その両側のpn接合が順バイアスの場合、真ん中のnp接合には逆バイアスがかかり電流が流れなくなってしまうという問題があります。そこで図7-4に示すように、左側のpn接合と右側のpn接合の間に薄く不純物濃度の高いn+層と薄く不純物濃度の高いp+層を設けると、このn+/p+接合がトンネル接合となり、逆バイアス状態でも電流が流れます。つまりpn-トンネルnp-pn構造とすれば、真ん中のnp接合で電流がブロックされる問題は解決されます(「太陽電池」39項参照)。
タンデム太陽電池のほかに、メモリー素子(「半導体メモリ」7項)などにも応用例があり、トンネル効果そのものの応用として重宝されています。
<トンネルダイオードに関する文献> 以上でトンネルダイオードの話は終わりますが、これまで参考にした文献についてまったく触れずにきてしまいましたので、最後に参考文献(書籍)を上げておきます。
まずトンネルダイオード全般については文献(1)を参考にしました。半導体デバイスの教科書として有名な本でその後、改訂版が出ています。邦訳もあったと思いますが、現在は入手困難です。この本はトンネルダイオードに1章を費やしていてここでは触れることができなかった詳しい記述があります。またこの本はトンネルダイオード以外の負性抵抗素子に多くのページを割いているという特徴があります。以降の各項で都度引用しています。
トンネルダイオードの理論については(2)があります。かつて名著として知られていましたが、もはや古本でしか手に入らないと思います。この本にも「トンネル効果」の1章があります。ここで扱った理論の大筋が記されていますが、必ずしもわかりやすくありません。
トンネル確率について忘れてはならないのは(3)です。原著は1971年に出版され量子力学の名著としてよく知られていますが、現在、文庫版で読めるようになっています。28章「透過係数」にトンネル確率の理論が記載され、これが多くの文献で引用されています。WKB近似についてはこの本で扱われていませんが、多くの量子力学の教科書に記されていますので参照して下さい。
(1)S.M.Sze, "Physics of Semiconductou Devices", Wiley (1969) ,Chap.4
(2)J.L.Moll, "Physics of Semiconductors", (1964)、 邦訳、J.L.モール「半導体の物理」(近代科学社、1967)
(3)L.D.ランダウ、E.M.リフシッツ「量子力学」(ちくま学芸文庫、2008)