電子デバイス/半導体メモリ

7.トンネル効果

 不揮発性半導体メモリはゲート絶縁膜に導電性の膜が挟まれています。この導電性の膜はどこにも繋がっておらず、電気的に浮いた状態になっているので、浮遊ゲート(Floating gate)と呼ばれています。この浮遊ゲートに電子を入れたり出したりすることで情報の書き込みや消去ができ、保存もできると、前項で説明しました。

 半導体中で電子を移動させるためには、電子にエネルギーを与えて伝導電子にしなければいけません。これは絶縁体中でも同じです。ただ半導体の場合はせいぜい可視光程度のエネルギーでよいのですが、絶縁体の場合はより高いエネルギーが必要です。逆に言えば、電子が移動するのに非常に高いエネルギーを必要とするのが絶縁体です。

 SiOでも紫外線のエネルギーなら電子の伝導を起こすことができます。実際に浮遊ゲートに貯まっている電子に紫外線を当てて記憶を消去するタイプのROMがあります。しかしいちいち紫外線を当てるのは光源を用意しなければならず面倒です。またたくさんの記憶素子の全情報を消すにはよいですが、一部を書き換えたりすることはできません。どうしても電気信号だけで書き込みと消去ができないと不便です。それができるデバイスがKahng特許には提案されています。

 電子に高いエネルギーを与えずに絶縁膜を通り抜けさせることは普通はできません。「普通は」という言い方はあいまいですが、特別な現象が起こらない限りという意味です。その特別な現象にトンネル効果というものがあります。これは普通なら山を越えるには登らなければならないのですが、トンネルが掘られていれば登らずに山の向こうに行けることに準えて命名されています。このトンネル効果というのは量子力学的な現象ですので、説明が難しいのですが、だいたいつぎのように理解すればよいかと思います。

 量子力学では光が波と粒子の性質を両方兼ね備えていると言われていることはご存知かと思います。電子も同じです。光の場合はどちらかというと波というイメージが強いですが、逆に電子の場合はマイナスの電荷をもった小さな粒子というイメージかと思います。しかしこの電子は波の性質をもっています。トンネル効果は電子の波としての性質によって説明されます。

 今、池をフェンスで二つに仕切ったとします。フェンスはとても薄くてぺなぺなですが、水が染み通るようなことはないとします。仕切りの片側の池で波を起こします。波はフェンスに当たり、フェンスは薄いので波の力で震えます。この震えは反対側の池にも伝わって水面に波を立てるでしょう。このとき、波の振動がフェンスの反対側に伝わるだけで、水そのものはフェンスの反対側に移ることはありません。しかし量子力学の世界では波が伝われば粒子も反対側に存在する確率があるということになります。これは絶縁膜の片側にあった電子が絶縁膜の反対側にすり抜けることができることを意味します。

 この効果は絶縁膜が薄いほど起きやすくなります。しっかりした厚い壁では波の振動が反対側には伝わらないというイメージと同じです。このようなトンネル効果によって浮遊ゲートへの電子の出し入れは行われているのです。図7-1のエネルギーバンド図を使って説明しましょう。

 図はゲート電極にプラスの電圧Vgをかけた状態を示しています。半導体の伝導帯の電子は赤い矢印で示したように薄い絶縁膜をトンネル効果で通り抜け、浮遊ゲートに入ります。ゲート電極側の絶縁膜は厚いのでこれを通り抜けることはなく、電子は浮遊ゲートに貯まります。もしトンネル効果が起こらない場合は、青い矢印で示したように電子にエネルギーを与えて絶縁膜を乗り越えさせない限り、浮遊ゲートに入れることはできません。このエネルギーは光なら紫外線に相当します。

 Kahng特許は初期の提案なので、基本的な原理は示していますが、現在のデバイスはもう少し改良も進んでいます。また動作の詳細についても理解が進んでいます。次節以降さらに詳しく紹介していくことにします。