光デバイス/太陽電池
39.Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体太陽電池の高効率化
シリコンを越える高い変換効率が実現できる太陽電池の材料として化合物半導体が期待されていますが、そのなかではⅢ-Ⅴ族が既にもっとも実績をもっています。これはⅢ-Ⅴ族が発光ダイオードや半導体レーザなどの発光デバイスあるいはトランジスタにおいて製造技術を蓄積していることが大きいと思われます。
ただしⅢ-Ⅴ族なら何でも変換効率が高いかというとそうではありません。もっとも重要なパラメーターはバンドギャップエネルギーです。太陽電池の場合、重要なことは当たり前ですが入力光が太陽光であるということです。どういうことかと言うと前項で示したような特定のスペクトルをもった光が対象に決められているということです。
半導体ではバンドギャップエネルギーより小さいエネルギーの光は吸収されないので電気に変換されません。一方、バンドギャップエネルギーより大きいエネルギーの光は吸収されるのですが、エネルギーが大きくなるほど、短い距離の間に吸収されきってしまいます。あまり表面付近だけで吸収されてしまうと、発生した電子と正孔は表面付近で再結合しやすいために電流として取り出され難くなってしまいます。
このため太陽光をもっとも効率よく変換できるバンドギャップエネルギーは大体1.4eV程度と決まってしまいます。たまたまⅢ-Ⅴ族のGaAsもInPも1.4eV前後のバンドギャップエネルギ-をもっているため、理屈上シリコンより高い効率が得られることになります。しかし他のⅢ-Ⅴ族、例えばGaPとかInAsではバンドギャップエネルギーが大きすぎたり、小さすぎたりしてうまくありません。
シリコンの理論上の変換効率は最大で約27%と見積もられていることは前に説明しましたが,GaAsでは32%程度になります。シリコンの1.2倍程度ですから、思ったほど違いがあるわけではありません。それでも実際のGaAs系太陽電池ではSi系では難しい25%程度の効率は出せます。
しかしこれ以上の高い変換効率は単独の接合では無理で,シリコンのところでも説明したような積層型(タンデム型)を考える必要があります。Ⅲ-Ⅴ族混晶の場合、材料の選択肢が多いので、最適な組み合わせが選べるという利点があります。
タンデム型の積層構造例を図39-1に示します(1)。非常に層数が多く各層の役割が分かりにくいですが、肝心の光電変換層はGaAsのpn接合とIn0.5Ga0.5Pのpn接合です。In0.5Ga0.5Pのバンドギャップエネルギーは1.85eVですから、波長に直すと670nmです。
太陽光は図の上側から入射し、まず670nmより短い波長部分がInGaPのpn接合で光電変換されます。670nmより長い波長成分はこの接合を透過し、GaAsのpn接合に到達して光電変換されます。GaAsのバンドギャップエネルギーは1.41eVですから、880nmより長い波長は光電変換されません。この構成で約30%の変換効率が得られています。
pn接合以外の層について簡単に説明しておきます。まず2つのpn接合の間にあるInGaPのpn接合層ですが、トンネル接合層と記されています。タンデム構造ではpn接合を2つ重ねることになりますが、そのまま重ねてpnpn接合とすると真ん中には逆向きの「np」接合ができてしまいます。こうなるとここでキャリアの流れが堰き止められてしまうので困ります。
この問題を解決するためにトンネル効果の利用が考えられました。これなら接合に逆向きのバイアスがかかったときに接合を突き抜けて電流を流すようにできます。薄い層でキャリア濃度を高くしておくとトンネル効果が起きやすくなり、キャリアは堰き止められずに接合を突き抜けるように流れることができます。
またそれぞれのpn接合の光が入ってくる側に窓層というバンドギャップの広い層が設けられています。入射した光によって電子と正孔ができますが、これらは接合の電界によって流れてはじめて光電流となります。逆に表面の方向に拡散してしまうとそこで再結合が起きやすく、電流にならずに消滅してしまうことになります。窓層を設けておくとこの消滅を有効に防ぐことができます。
同様に光が入射するのと反対側の裏面にもp型の裏面電界(BSF)層を設けてあります。これはシリコン系の場合について21項で説明していますが、多数キャリアの正孔が堰き止められず、かつ小数キャリアの電子は裏面電極側に拡散しないように堰き止めるはたらきをします。
上記のように長波長側を担当する接合がGaAsだと、880nmより長い波長成分は無駄になります。そこでさらにこのもっとも長い波長成分を担当する接合を設けた例を図39-2に示します(2)。基板にGeを用い、Geのpn接合を設けています。GeはもちろんⅢ-Ⅴ族ではありませんが、バンドギャップエネルギーは0.66eV、波長にして1880nmですから、無駄になる波長成分はほとんど無くなると言ってもよいでしょう。この例ではGeのpn接合の上にGaAsではなくInGaAsのpn接合を用いていますが、カバーする波長はそれほど違わないはずです。この構造は、実験的には図39-1の2層構造を少し越える程度の変換効率が得られるに留まっているようです。多層にした分、各層の結晶の質を保つのが難しくなるため、思惑通りにはいかないのではないかと思われます。
さらに別の手段によって変換効率を向上させる努力がなされています。それについて次項で紹介します。
(1)特開平9-64386号
(2)特開2007-115116号