電子デバイス/負性抵抗素子
3.トンネル確率(WKB近似)
この項以降しばらくトンネルダイオードを流れる電流について理論的に見ていきます。この電流は、基本的には接合に流れ込む電子のうち、どの程度がトンネル効果によって接合を通り抜けるかによって決まります。その割合は量子力学における確率で表され、これをトンネル確率と言います。
このトンネル確率についてはもっとも簡単な場合、すなわち高さが一定のポテンシャル障壁がある場合について、「半導体デバイスの物理」21項で紹介しています。しかしpn接合の場合は前項の図2-2に示すように障壁部分に電界がかかっているので、ポテンシャル一定の障壁モデルで扱うのは少し無理があります。とは言えpn接合をそのままの形では扱いにくいので、やや単純化したモデルを使ってトンネル確率を求めることを考えます。
一定の電界 \(E\) がかかっている場合、ポテンシャルの大きさ \(V\) は距離 \(x\) に比例した変化をします。すなわち \[V=-eEx\] です。\(e\) は電子電荷で、これは負なのでマイナス符号を付けています。このようなポテンシャルをもった系の1次元シュレディンガー方程式は \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\mathrm{d}^{2}\psi}{\mathrm{d}x^{2}}-eEx\psi = \varepsilon\psi\tag{1}\] と書けます。この方程式はポテンシャルが一定の場合のように解析的に解けません。そこで近似的な解法が必要となります。この項では準備段階として、シュレーディンガー方程式の近似解法に触れておきます。
しばしば使われるのはWKB法と呼ばれる近似解法です。WKBとは3人の人名Wentzel、Kramers、Brillouinの頭文字です。
一般のシュレーディンガー方程式 \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\mathrm{d}^{2}\psi}{\mathrm{d}x^{2}}+V\psi = \varepsilon\psi\tag{2}\] において \[\begin{align} q &= \frac{x}{\hbar} \\ p^{2} &= 2m\left ( \varepsilon -V \right )\end{align}\] のような変数変換を行います。すると(2)式は \[\frac{\mathrm{d}^{2}\psi}{\mathrm{d}q^{2}}=-p^{2}\left ( q \right )\psi\tag{3}\] となるので、この方程式の一般解は \[\psi =\exp \left ( iS \right )\tag{4}\] と置けます。(4)式を \(S\) で2回微分すると \[\begin{align} \frac{\mathrm{d}\psi}{\mathrm{d}S} &= i\exp\left ( iS \right )=i\psi \\ \frac{\mathrm{d}^{2}\psi }{\mathrm{d}S^{2}} &=-\exp\left ( iS \right ) =-\psi\end{align}\] となります。これを用いると \[\frac{\mathrm{d}\psi }{\mathrm{d}q} = \frac{\mathrm{d}\psi }{\mathrm{d} S}\frac{\mathrm{d} S}{\mathrm{d} q} = i\psi\frac{\mathrm{d} S}{\mathrm{d} q} \]
及び
\[\begin{align}\frac{\mathrm{d}^{2}\psi}{\mathrm{d}q^{2}} &= \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\left ( \frac{\mathrm{d}\psi }{\mathrm{d} S}\right ) \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q} + \frac{\mathrm{d}\psi }{\mathrm{d}S}\frac{\mathrm{d}^{2}S}{\mathrm{d}q^{2}} \\ &= \frac{\mathrm{d}^{2}\psi}{\mathrm{d}S^{2}}\left ( \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}\right )^{2}+\frac{\mathrm{d}\psi}{\mathrm{d}S}\frac{\mathrm{d}^{2}S}{\mathrm{d}q^{2}} \\ &=-\psi\left ( \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}\right )^{2}+i\psi\frac{\mathrm{d}^{2}S}{\mathrm{d}q^{2}}\tag{5}\end{align}\] が得られますから、(3)式は \[\left (\frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}\right )^{2}=p^{2}\left ( q \right ) + i\frac{\mathrm{d}^{2}S}{\mathrm{d}q^{2}}\tag{6}\] の形に変形されます。この微分方程式(6)はつぎのような段階を踏む方法で近似解を得ることができます。これがWKB法です。
<ステップ1>
\[\frac{\mathrm{d}^{2}S}{\mathrm{d}q^{2}}=0\] とした場合、(6)式は、 \[\left ( \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}\right )^{2}=p^{2}\left ( q \right )\tag{6-1}\] となります。
<ステップ2>
(6-1)式より \[\frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}=\pm p\left ( q \right )\] ですから、もう一度 \(q\) で微分して \[\frac{\mathrm{d}^{2}S}{\mathrm{d}q^{2}}=\pm\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\] となります。この場合、(6)式は \[\left ( \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}\right )^{2}=p^{2}\pm i\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\tag{6-2}\] となります。
<ステップ3>
(6-2)式より \[\frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}=\pm\left ( p^{2}\pm i\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\right )^{1/2}\] ですから、もう一度 \(q\) で微分すれば \[\frac{\mathrm{d}^{2} S}{\mathrm{d}q^{2}}=\pm\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\left ( p^{2} + i\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\right )^{1/2}\] となりますから、この場合の(6)式は \[\left ( \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}\right )^{2}=p^{2}\left ( q \right )\pm i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\left ( p^{2} + i\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\right )^{1/2}\tag{6-3}\]
<ステップ4>
ここまでの(6-1)、(6-2)、(6-3)式を見比べると、以上の操作を繰り返せば \[\frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}=\pm\left [ p^{2}\pm i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\left \{ p^{2}\pm i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\left ( p^{2}\pm i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\left ( p^{2} + i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}q}\cdot\cdot\cdot\right )^{1/2}\right )^{1/2}\right \}^{1/2}\right ]^{1/2}\tag{7}\] のような式が得られる規則性があることがわかります。
(7)式が収束するためには \[\left | \frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\right | \ll p^{2}\] であればよいと考えられます。もとの記号を使って書き直すと \[\left | \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}x}\right | \ll \frac{1}{\hbar}\left ( 2m\left | E-V \right | \right )^{1/2}\] となります。この近似が成り立つならば \[\left ( p^{2} \pm i\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\right )^{1/2}=p\left ( 1\pm i\frac{1}{p^{2}\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}} \right )^{1/2}\] \[\simeq p\left ( 1\pm i\frac{1}{2p^{2}}\frac{\mathrm{d}p}{\mathrm{d}q}\right )=p\pm i\frac{1}{2}\frac{\mathrm{d}ln\left ( p \right )}{\mathrm{d}q}\] という近似ができます。したがって(7)式は \[\frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}q}=\pm p + i\frac{1}{2}\frac{\mathrm{d}ln \left ( p \right )}{\mathrm{d}q}\] となり、これを積分すると \[S=\pm\int p\mathrm{d}q + i\frac{1}{2}\mathrm{ln}(p)\pm C \tag{8}\] となります。\(C\) は積分定数です。したがって(4)式を用いれば \(\psi\) は \[\psi =\exp\left [ \left ( \pm i\int p\mathrm{d}q-\frac{1}{2}\mathrm{ln}\left ( p \right ) \pm iC \right ) \right ]\] \[=A\frac{\exp \left [ \pm i\frac{1}{\hbar} \int\left [ 2m\left ( \varepsilon -V \right ) \right ]^{1/2}\mathrm{d}x\right ]}{\left [ 2m\left ( \varepsilon -V \right ) \right ]^{1/2}}\tag{9}\] が得られます。ただし \[A=\exp\left ( \pm iC \right )\] であり、\(A\) は定数です。
以上がWKB法と呼ばれる近似方法の手順です。