科学・基礎/半導体デバイス物理

21.量子障壁

 この項では前項の量子井戸とは反対にポテンシャルエネルギーに出っ張りがある場合(量子障壁)の波動関数を考えます。1次元のモデルは図21-1のように示されます。

 この場合、シュレディンガー方程式(前項(1)式)の解は3つの領域に分けてつぎのように表されると考えられます。

1.\(x \lt 0\): \[\psi \left ( x\right )=A\exp \left ( -\alpha x\right )+B\exp \left ( \alpha x \right )\tag{1}\] 2.\(0 \lt x \lt a\): \[\psi \left ( x\right )=C\exp \left ( -\beta x\right )+D\exp \left ( \beta x \right )\tag{2}\] 3.\(a \lt x\): \[\psi \left ( x \right )=F\exp \left ( -\alpha x\right )+G\exp \left ( \alpha x \right )\tag{3}\] ただし \(\alpha\)、\(\beta\) は前項同様で \[\alpha = \left ( \frac{2mE}{\hbar^{2}} \right )^{1/2}\tag{4}\] \[\beta = \left [ \frac{2m\left ( E-V \right )}{\hbar^{2}}\right ]^{1/2}\tag{5}\] です。

 これら(1)~(3)の3つの式の右辺の2つの項にそれぞれ \(A\) と \(B\)、\(C\) と \(D\)、\(F\) と \(G\) の2つずつ計6つの係数がついています。これらは \(x=0\) と \(x=a\) の各位置における境界条件によって決まります。

 ところでこれらの式はエネルギー \(E\) の電子が \(x \lt 0\) の側から入射し、\(x \gt 0\) の側へ向かって進んでいくことを想定しています。この場合、少し直感的な言い方になりますが、各2つの項のうち第1項は、電子が \(x\) が小さい方から大きい方へ進む進行波を表し、第2項は電子が \(x\) が大きい方から小さい方へ進む反射波を表していると考えられます。その場合、\(x \gt a\) の領域では反射波はないと考えられますから、(3)式において \[G=0\] としてよいと言えます。

 境界条件は \(x=0\) と \(x=a\) の2点で波動関数そのものとその1次微分がともに連続という条件になり、次の各式が得られます。 \[A+B=C+D\tag{6}\] \[\alpha \left ( A-B \right )=\beta \left ( C-D \right )\tag{7}\] \[C\exp \left ( i\beta a \right ) +D\exp \left ( -i\beta a \right )=F\exp \left ( i\alpha a \right )\tag{8}\] \[\beta C\exp \left ( i\beta a \right )-\beta D\exp \left ( -i\beta a \right )=\alpha F\exp \left ( i\alpha a \right )\tag{9}\]

 ここで4つの式(6)~(9)が得られますが、未知数は \(A\)、\(B\)、\(C\)、\(D\)、\(F\) の5つあり、このまま4式を解いても各係数を決定することはできません。そこで入射波に対する比を考えることにし、\(B/A\)、\(C/A\)、\(D/A\)、\(F/A\) の4つを求めることにします。言い換えれば \(A=1\) と置いて未知数を4つに減らしたと考えることもできます。この4元連立方程式を解くのは計算が面倒ですが、地道に1つずつ未知数を消去していけば、解を得ることができます。結果は \[\frac{B}{A}=\frac{\left ( 1-\exp \left ( i2\beta a \right ) \right ) \left ( \beta^{2}-\alpha^{2} \right )}{\left ( \alpha + \beta \right )^{2}-\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\exp \left ( i2\beta a \right )}\tag{10}\] \[\frac{C}{A}=\frac{2\alpha \left ( \alpha + \beta \right )}{\left ( \alpha + \beta \right )^{2}-\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\exp \left ( i2\beta a \right )}\tag{11}\] \[\frac{D}{A}=\frac{-2\alpha \left ( \alpha -\beta \right )\exp \left ( i2\beta a \right )}{\left ( \alpha + \beta \right )^{2}-\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\exp \left ( i2\beta a \right )}\tag{12}\] \[\frac{F}{A}=\frac{4\alpha \beta \exp \left ( i\left ( \beta -\alpha \right ) a \right )}{\left ( \alpha + \beta \right )^{2}-\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\exp \left ( i2\beta a \right )}\tag{13}\] となります。

 領域1側から入射した電子が障壁に当たって領域1側に反射される反射波に相当するのは(10)式の \(B/A\) です。反射率 \(R\) は入射波の強度に対する反射波の強度の比ですから \[R=\left | \frac{B}{A} \right |^{2}\] で表されます。

また、障壁を領域3側へ透過する透過率 \(T\) は \[T=\left | \frac{F}{A} \right |^{2}\] と書けます。

 \(R\) と \(T\) を求めるには、\(B/A\) と \(F/A\) の絶対値の2乗を求めればよいわけですが、この計算もけっこう面倒です。まず \(V \lt E\) の場合ですが、この場合は \(\beta\) は実数となります。オイラーの公式によって複素数を \[\exp \left ( i2\beta a \right ) =\cos \left ( 2\beta a \right ) +i\sin \left (2\beta a \right )\] と書き直します。(10)式から \[\frac{B}{A}=\frac{\left ( 1-\cos \left ( 2\beta a \right ) \right )-i\sin \left ( 2\beta a \right )}{\lbrace \left ( \alpha +\beta \right )^{2}+\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\cos \left ( 2\beta a \right ) \rbrace -i\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\sin \left ( 2\beta a \right )}\tag{14}\]

 複素数 \(Z=x + iy\)の絶対値の2乗は \[\left | z \right |^{2}=x^{2}+y^{2}\] です。(14)式の \(B/A\) は分子、分母に複素数があるため、これを1つの複素数に直してもよいですが、2つの複素数 \(Z_{1}\)、\(Z_{2}\) について複素数の公式 \[\left | \frac{z_{1}}{z_{2}} \right |=\frac{\left | z_{1} \right |}{\left | z_{2} \right |}\] を使って分子、分母の絶対値をそれぞれ求めた方が楽でしょう。計算結果を書くと \[R=\left | \frac{B}{A} \right |^{2}=\frac{2\left ( \beta^{2}-\alpha^{2}\right ) \left ( 1-\cos 2\beta a \right )}{\left ( \alpha +\beta \right )^{4}-2\left ( \alpha + \beta \right )^{2}\left ( \alpha -\beta \right )^{2}\cos 2\beta a+\left ( \alpha -\beta \right )^{4}}\] となりますが、教科書などにはさらに整理した式が表示されています。

 例えば、三角関数の倍角の公式 \[\cos 2\theta =1-2\sin^{2}\theta\] を使って三角関数の変数を \(2\beta a\) から \(\beta a\) に変換します。よく見られるのは次のような形の式です。 \[R=\left [ 1+\frac{4\alpha^{2}\beta^{2}}{\left ( \alpha^{2}-\beta^{2}\right ) \sin^{2}\beta a}\right ]^{-1}\tag{15}\]

 透過率 \(T\) も同様にして \[T=\left [ 1+\frac{\left ( \alpha^{2}-\beta^{2}\right )\sin^{2}\beta a}{4\alpha^{2}\beta^{2}}\right ]^{-1}\tag{16}\]

 (15)、(16)式を(4)、(5)式を使って \(E\) と\(V\) で表した元の形に戻すと \[R=\left [ 1+\frac{4E\left ( E-V \right )}{V^{2}\sin^{2}\lbrace \frac{2m\left ( E-V \right )}{\hbar^{2}}\rbrace^{1/2}a} \right ]^{-1}\tag{17}\] \[T=\left [ 1+\frac{V^{2}\sin^{2}\lbrace \frac{2m\left ( E-V \right )}{\hbar^{2}} \rbrace^{1/2}a}{4E\left ( E-V \right )}\right ]^{-1}\tag{18}\]

 ここで反射率 \(R\) の式は \[R=\frac{1}{1+P}\] という形をしています。透過率 \(T\) の式は同じ \(P\) を使って \[T=\frac{1}{1+\frac{1}{P}}=\frac{P}{1+P}\] と書けますから \[R+T=1\tag{19}\] の関係になっていることがわかります。これは言うまでもなく光学における反射率と透過率の関係に一致しています。またこれらの式にはサインの2乗が入っているため、\(\alpha a= n\pi~\left ( n=0,1,2,\cdots \right )\) のとき、\(R=0\)、\(T=0\) となることもわかります。

 障壁の高さ \(V\) と電子のエネルギー \(E\) が \(E \lt V\) の大小関係を持つ場合は、\(\beta\) は純虚数となりますから \[\beta =i\gamma\tag{20}\] とおきます。\(\gamma\) はつぎのような実数です。 \[\gamma =\left [ \frac{2m \left ( V-E \right )}{\hbar^{2}}\right ]^{1/2}\]

 (20)式を使って(10)、(13)式の \(\beta\) を置き換えると \[\frac{B}{A}=\frac{-\left ( \gamma^{2}+\alpha^{2}\right ) \left ( 1-\exp \left ( -2\gamma a \right )\right )}{\left ( \alpha +i\gamma \right )^{2}-\left (\alpha -\gamma \right )^{2}\exp \left (-2\gamma a \right )}\] \[\frac{F}{A}=\frac{i4\alpha \gamma \exp \lbrace -\left ( \gamma+i\alpha \right ) a \rbrace }{\left ( \alpha + i\gamma \right )^{2}-\left ( \alpha -\gamma \right )^{2}\exp \left ( -2\gamma a \right )}\]

 以上と同様にして \(E \lt V\) の場合の反射率 \(R\)、透過率 \(T\) も求めることができます。 \[R=\left [ 1+\frac{4\alpha^{2}\gamma^{2}}{\left ( \alpha^{2}-\gamma^{2} \right )\sinh^{2}\gamma a} \right ]^{-1}\] \[T=\left [ 1+\frac{\left ( \alpha^{2}-\gamma^{2}\right )\sinh^{2}\gamma a}{4\alpha^{2}\gamma^{2}}\right ]^{-1}\]

ここで \(\sinh\) は双曲線関数で \[\sinh x=\frac{\mathrm{e}^{x}-\mathrm{e}^{-x}}{2}\] \[\sinh^{2} x=\frac{\mathrm{e}^{2x}+\mathrm{e}^{-2x}-2}{4}\] です。

 \(E\) と \(V\) を使った(17)、(18)式に対応する式はつぎのようになります。 \[R=\left [1+\frac{4E\left ( V-E \right )}{V^{2}\sinh^{2}\lbrace \frac{2m\left ( V-E \right )}{\hbar^{2}}\rbrace^{1/2}a}\right ]^{-1}\tag{21}\] \[T=\left [1+\frac{V^{2}\sinh^{2}\lbrace \frac{2m\left ( V-E \right )}{\hbar^{2}} \rbrace^{1/2}a}{4E\left ( V-E \right )} \right ]^{-1}\tag{22}\]

(22)式より、\(E \lt V\)、つまりエネルギーが障壁の高さより小さくても \(T=0\) とならず、電子などの粒子が障壁を透過できることがわかります。古典力学の粒子の場合、障壁の高さより低いエネルギーでは障壁を越えることはできないので、これは量子力学特有の効果です。この効果をトンネル効果と呼びます。

 (17)、(21)式の反射率と(18)、(22)式の透過率をプロットしたのが図21-2です。横軸は \(E/V\) で、\(E/V=1\) を境に(17)、(21)式及び(18)、(22)式が切り替わります。赤い曲線で示した \(E/V \lt 1\) の領域がトンネル効果を示しています。