電子デバイス/負性抵抗素子

2.トンネルダイオード

 代表的な負性抵抗素子であるトンネルダイオードをまずは取り上げます。このトンネルダイオードは「半導体デバイスの物理」21項で説明したトンネル効果を応用したデバイスですが、一つのpn接合からなる単純な構造のダイオード素子です。エサキダイオードとも呼ばれ、言うまでもなく江崎玲於奈博士によって初めて開発され、後年ノーベル物理学賞(1973年)の対象となったことはよく知られる通りです。

 この発明に関する最初の特許(1)の出願は1957年ですから、すでに発明から50年をとっくに越えていることになります。しかしこの特許には「トンネル効果」という言葉はなく、むしろある条件でpn接合を作ると図2-1のような特異な特性が得られ、この特性はいろいろ応用できるという書き方になっています。

 この特性を得た実験はゲルマニウムのpn接合を使って行われています。ゲルマニウムでなければならない理由はとくになく、当時まだシリコンの技術が確立する前でトランジスタなどもゲルマニウムが主流の時代であったので、ゲルマニウムで実験が行われたに過ぎません。

 特徴は半導体材料の種類よりも不純物の濃度です。普通の整流特性をもったpn接合ダイオード、あるいはトランジスタの場合、p型、n型の層にドープされる不純物の濃度は \(10^{15}\sim 10^{17} \mathrm{cm}^{-3}\) 程度です。この程度の不純物濃度のとき、pn接合部分に空乏領域が広がりやすいためです。ところがトンネルダイオードの場合は、かなり不純物濃度を高く \(10^{18}\sim 10^{20} \mathrm{cm}^{-3}\) 程度にするのが特徴です。このようにすると空乏領域は広がりにくく、非常に狭くなってしまうことが予想されます。

 図2-1の特性はこのような高不純物濃度pn接合の電流-電圧特性です。通常のpn接合では順方向(p側にプラス、n側にマイナス)に電圧をかけると、電圧の増加とともに電流が指数関数的に増大します。また逆方向(p側にマイナス、n側にプラス)に電圧をかけると、電圧が小さい間はほとんど電流が流れず、電圧が大きくなるとある点で接合の降伏が起き、電流が急増する特性になります。図2-1は主として順方向の特性を示していますが、通常とまったく違う特性になっています。

 もっとも注目すべき特性は中程度の順方向電圧に対して電圧が増加しているにもかかわらず、電流が減少している部分があることです。これは前項で説明した負性抵抗特性で、トンネルダイオードは負性抵抗素子の代表的なものです。

 この負性抵抗特性が量子力学的なトンネル効果に基づいて説明できることを示したのが、江崎博士の大きな業績ですが、その点については上記の特許には書かれておらず、同年の国内学会(物理学会)、さらには翌年発表の論文(2)において発表がなされています。以下になぜこのような現象が起きるのか説明します。

 まず高濃度に不純物が添加されたpn接合は通常のpn接合とどう違うのでしょうか。図2-2はそのような高不純物濃度pn接合の、外部電圧がかかっていない熱平衡状態におけるエネルギーバンド図です。

 例えばn型の半導体の場合、ドナーとなる不純物の濃度を増やしていくと、それに伴って伝導帯の電子濃度が増加します。電子は伝導帯の底だけにとどまらず、図で水色に塗ったエネルギーの高い準位まで埋まってくるようになります。電子濃度が低い場合、フェルミレベルはバンドギャップ内にありましたが、電子濃度が高くなると金属に近い状態となり、フェルミレベルは伝導帯内の電子で埋まっているもっとも高い準位のエネルギー付近になってきます。p型の場合も同様で、正孔が価電子帯内に溜まり、フェルミレベルは価電子帯内に入ります。

 このような状態ではpn接合の接合面付近に空乏領域はほとんどできず、図2-2に模式的に示すように強い電界のかかった幅の狭いエネルギーギャップ(ナローギャップということがあります)でp型層とn型層が区切られた状態になります。それでは図2-1のような特性がなぜ得られるのかを図2-3を見ながら考えていきましょう。図2-3の(a)~(f)の各状態が図2-1の特性上に示した青色の各点に対応します。

 順不同になりますが、まず図2-1の(c)点、すなわち小さな順方向電圧 \(V_c \) がかかった場合を考えます。このときのバンド図は図2-3の(c)に相当します。p側に対してn側のエネルギーが熱平衡状態(図2-3(b))のときより \(V_c \) だけ上に上がります。このときn側伝導帯中に溜まっている電子のうちエネルギーの高い部分は、p側の価電子帯上部が空いている(正孔が溜まっている)準位のエネルギーと同等のエネルギーをもつようになります。このような状態では接合境界部分のバンドが狭いので、赤い矢印で示すようにn側のエネルギーの高い電子がp側の価電子帯の空いた準位(正孔が詰まった準位)へトンネルができる確率が高くなります。これが小さい順方向電圧により(c)点でp側からn側に向かって電流が流れる理由です。

 電圧がさらに大きくなると、トンネルが可能な準位にある電子の量が増えていくので電流は増加します。これが(c)点から(d)点に至る間に相当します。

 それでは(d)点を越えると(e)点のように電流が減少する、つまり負性抵抗特性が生じるのはなぜかを考えます。電圧 \(V_e \) のようにやや大きな順方向電圧がかかると、図2-3(e)に示すように、n側の伝導帯の底がp側の価電子帯の頂上より高くなります。こうなるとn側伝導帯の電子のエネルギーはp側のエネルギーギャップ内に対応するようになります。

 「半導体デバイスの物理」21項の議論では触れていませんが、電子のトンネル現象が起きるためには行き先(障壁の反対側)に電子について空いた準位がなければなりません。相手側に空いた準位がないと薄い障壁層の片側に電子が多数あってもトンネル現象は生じません。図2-3(e)の辺りでは電圧が増えるにつれトンネルできるn側電子が減ってきますから電流が減ることになります。これが異常な現象の説明です。

 さらに電圧が \(V_f \) のように大きくなると、図2-3(f)のように電子、正孔はトンネル現象にはよらず、通常のpn接合の順方向特性と同様に接合を熱エネルギーによって乗り越えて移動することになり、これによって電流は再び上昇します。

(a)点の逆方向については図2-3(a)のようにp側の価電子がn側の伝導帯の空き準位にトンネルできるようになりますから、通常のpn接合のように電流が妨げられることがなく、逆方向に電流が流れて整流特性は現れません。

 以上が図2-1のような電流-電圧特性が得られる現象の説明です。

(1)特公昭35-6326

(2)L.Esaki,"New Phenomenon in Narrow Germanium p-n Junction",Physical Review, Vol.109, p.603 (1958))