光デバイス/半導体レーザ

36.可視光半導体レーザ(その2:AlGaInN系)

 32項でみたように波長が600nmより短い領域での半導体レーザを得るために使える材料はⅢ-Ⅴ族では窒化物系がある他、Ⅱ-Ⅵ族にも候補材料があります。そのようななかで窒化物系半導体を用いた青色発光ダイオードの開発が日亜化学工業社の中村修二氏らによって初めて成功したことはよく知られています。1992年のことです。青色発光ダイオードができ、それならば半導体レーザの実現も可能であろうと考えられます。

 このⅢ族窒化物系の3つの化合物AlN、GaN、InNは、発光ダイオードの19、20項で説明しているようにいずれも直接遷移型ですが、エネルギーバンドギャップはそれぞれ大きく異なります。InNは赤外域(約1.61μm)にありますが、GaN、AlNは紫外域(それぞれ362、197nm)になります。このためAlGaInNの4元または3元混晶は組成を選べば、可視域全域の発光が可能なように思われます。

 しかしいくつか問題があります。ひとつは格子定数です。InNこそGaAsより少し大きい値ですが、GaNとAlNは非常に小さい値で、一般に入手可能な結晶との格子整合では600nm以下の発光は得られません。

 青色半導体レーザについては発光ダイオードの開発後、日亜化学社によって直ちに開発が試みられました。その結果、1995年にはレーザ発振に初めて成功し(1)、翌1996年にかけて室温での長時間連続動作が達成されました(2)。その後は他のレーザ同様に低しきい値化、高出力化、長寿命化の努力がなされました。

 レーザの構造は図36-1に示すような屈折率導波路型のリッジ導波路型が主流で、活性層は量子井戸を用いています。導波路各層の組成例を書くとコアとなる活性層は厚さ2.5nmのn型In0.2Ga0.8N井戸層と厚さ5nmのn型In0.01Ga0.99N障壁層を3対重ねた多重量子井戸、ガイド層はGaN、クラッド層はAl0.2Ga0.8Nです。上側のp型クラッド層を加工してリッジを作っています。基板が絶縁体のサファイヤの場合は、電極は両方とも表面側に設ける必要があります。

 発振波長は405nmとされています。上記In組成からするともっと長波長になってもよさそうですが、もっとも発振しやすかったのがこの波長だったということです。

 GaNは基板にできるバルク結晶を作ることが難しいのですが、早い時期に超臨界アンモニア法というポーランドで開発された技術があり、日亜化学社がこれを試用した報告はありますが(3)、まだ実用的に使えるものは得られていないと言ってよいと思います。窮余の策としてサファイア基板上に厚いGaN層をエピタキシャル成長し、サファイア基板を剥がすという手段が用いられます。これで基板を導電性とすれば、裏面に電極を設けることも可能になります。

 上記の組成の量子井戸による発光波長405nmは紫がかった青色です。井戸層のIn組成が20%程度以下ですと、発光波長は420nm以下になってしまいます。純粋な青色は440~470nm程度の波長域で、この波長範囲の発光を得るためにはIn組成を増やす必要がありますが、結晶の品質が悪くなりやすく、意外に難航しました。

 結晶品質以外にも窒化物系にはレーザ発振を阻害する原因が存在することが明らかになりました。それは内部電界の存在です。GaAsやInPが立方晶系、つまり構成原子が立方体の頂点に並ぶような構造であるのに対し、窒化物系にも立方晶系の結晶はありますが、六方晶系の方が安定です。ウルツ鉱型と呼ばれる六方晶系では図36-2に示すように各原子は6角柱の頂点に配置されています。さらに底面の正6角形の中心にも原子が配置され、6角柱の底面には7個の原子が配置されることになります。この7個の球体とみなされる原子がある平面を2つ重ねると、図36-3のように原子の間に隙間が残ります。そこに3個の原子を挟んだ場合がもっとも残る隙間が少なくなります。この3個は正三角形の位置に並びます。これが最密充填構造と言われ、結晶構造が作られる一つの原理となります。ただGaNの場合はGaとNの2種の原子から構成されるのでこれより複雑になり、図36-2に示すように正三角形の原子の上にもう一層60°ずれて3個の原子が並ぶ配列になります。

 例えば上面が7個のGaとするとその下に3個のN、その下に3個のGa、そしてその下に7個のNのからなるGaの面と平行な平面ができ、これで6角柱が構成されます。そしてその下にGa7個の面が続き、以下繰り返す構造となります。この一番上の面がN7個であるとすると、上とちょうど反対の構造となります。実際の結晶は非常に多くの原子からなりますが、欠陥のない完全な結晶全体では必ずGaとNの原子が同数でなければいけませんから、上面がGaの並んだ面であると下面はNが並んだ面とならなければいけません。このように上下が必ず極性の違う原子からなる結晶は極性をもつと言います。六方晶には限らず、GaAsなどのように立方晶でも極性をもつ構造の場合があります。さてこの極性をもつGaN結晶では上記の6角形の平面の間に打ち消されない電界が発生します。この6角形の面をc面、6角柱の軸方向をc軸と呼ぶ習慣がありますが、このc軸方向に電界がかかっていることになります。

 この電界が発光とどういう関係があるかを説明します。従来の窒化物系の発光ダイオードやレーザはサファイア基板上に形成されることが多かったですが、サファイア(Al)も六方晶で表面がc面の場合が多く、成長面はc面になることがほとんどでした。ということは成長面に垂直方向に電界がはたらくことになります。このため外部から電界を印加しなくても例えば図36-4に示すように量子井戸発光層には電界がかかります。これによって井戸内の電子と正孔は逆方向に移動し、井戸内で結合しにくくなり、その結果、発光効率が下がります。GaNにInを加えてInGaN混晶を作りますが、In組成が高くなるとInはGaより原子番号が大きくサイズも大きいため、内部電界も大きくなる傾向があります。これが長波長になるにしたがって発光効率が低くなりレーザ発振がしにくくなる要因となっています。

 そこでこの内部電界を無くすまたは軽減する方法が考えられました。図36-5(a)に示すGaN結晶の6角柱の側面に注目します。この面はm面と呼ばれます。この面に垂直な方向の原子の並びに注目すると、c面と違ってGaだけが並んでいる面とNだけが並んでいる面しかありません。つまりこの方向には内部電界がないということになります。そこでこのm面上に成長層を作れば層に垂直な方向には内部電界がはたらかないことになり、発光効率の低下も生じないことになります。このような面を非極性面と呼びますが、この他にも同図(b)に示すa面という面もあります。さらに6角柱内の斜めの面はいろいろ考えられますが、これらに着目するとこれらの面は内部電界は0ではありませんが、c面より小さく、半極性面と呼ばれます。

 このような面を成長面とする場合の問題点はGaNの基板結晶がないという点です。上記のように早い時期にGaN結晶基板を試した日亜化学社はc面以外の面への結晶成長を提案しています(4)

 しかし十分な基板が供給されるには至らなかったようで、窮余の策としてサファイア基板上に気相成長で厚いエピタキシャル層を作る方法を用い、これを加工して非極性面または半極性面を作る方法が検討されました(5)

 この結果、In0.14Ga0.86N程度のIn組成の量子井戸を用いて460nmの純青色の半導体レーザが実現しました(6)。さらにIn組成を増やし、In0.3Ga0.7N程度の組成を用いて、波長520nm程度の緑色のレーザも実現しています(7)。 これらの素子構造は図36-6に示すように、サファイア基板の場合と比べてn側の電極が基板裏面に設けられた点を除いて、ほぼ同様です。

 さらに可視光の範囲からは外れますが、青紫色より短波長の紫外光のレーザも実現するようになっています(8)。こちらはAlGaNの量子井戸を用いることになります。クラッド層はAl0.3Ga0.7N、ガイド層はAl0.16Ga0.84N、発光層はAl0.16Ga0.84N井戸層とAl0,06Ga0.94N障壁層からなる量子井戸層からなり、発光波長337nmを得ています。この場合は基板としてA面のサファイアを使っています。

(1)S.Nakamura et al, Jpn.J.Appl.Phys. Vol.35 (1996) p.L74

(2)特開平10-163571号

(3)特表2005-520674号

(4)特開2004-335559号

(5)特開2009-018983号

(6)特開2008-311640号

(7)特開2011-023535号

(8)特開2011-077344号

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