光デバイス/半導体レーザ
35.可視光半導体レーザ(その1:AlGaInP系)
32項の図を見ると、可視光の範囲の発光が期待できるⅢ-Ⅴ族半導体としては窒化物系があるのは言うまでもありませんが、その他にリン(P)を含む半導体も可視光域の発光の可能性があることがわかります。 AlGaAsはAl組成が大きいと間接遷移型になるので、赤色のレーザ発振は期待できません。Pを含む3元系のInGaPあるいはInAlPや4元系AlGaInPにはGaAsと格子整合する組成があります。その組成のほとんどの範囲は直接遷移領域にあり(発光ダイオード18項参照)、バンドギャップエネルギーが赤色発光に相当することが早くからわかっていました。しかしこの4元系は液相エピタキシーで成長すると偏析という現象が起こって組成がずれてしまう難点があり、気相での成長技術が確立するまでよい結晶が得られなかったため、実用化は1990年近くになりました。
室温連続発振の達成は1985年と言われていますが(1)、これは活性層をIn0.5Ga0.5Pとするもので、発光波長は約690nmとなります。単に赤色発光というならば、これで十分ですが、従来の赤色レーザ光の標準的存在はガスレーザのHe-Neレーザの波長632.8nmでしたので、これを代替する波長の実現が赤色半導体レーザの目標となったように思われます。
630nm台の発光が実現したのは1990年代になってからで、これは量子井戸を使って実現しました(2)。量子井戸レーザについては31項で説明していますが、サブバンドが形成されて発光波長が変化する効果があります。変化はエネルギーが大きくなる方向ですから発光波長は短い方向へ変化します。つまりこの効果を利用すれば、690nmだった波長を短い方向の630nmを目指して変化させることができます。
もう一つ重要な効果があります。エピタキシャル成長をさせるのに、格子の不整合が3、4%あると結晶成長は難しくなると説明しました。ただしこれは成長膜がかなり厚い場合のことで、エピタキシャル膜が薄い場合は多少の不整合があっても成長が可能です。これはどういうことかと言うと、図35-1のように基板上に基板とは格子定数の違う結晶を付ける場合を考えます。着ける層は基板上では基板の格子定数に合うように基板面方向には変形します。無理に変形してゆがんでいるので、膜のなかには力がかかります。これを応力とかひずみ(歪み)と言います。
量子井戸のように膜の厚さが数nmだとこのような応力がはたらいても膜は壊れずに耐ます。しかし膜が厚くなると応力は大きくなっていくのでやがて耐えられなくなって膜にひび(クラック)が入ったり、基板から剥がれたりするようになります。どこまで耐えられるかを示す膜厚を臨界膜厚と言いますが、格子不整合が1~2%なら数10nm程度までは耐えられるとされています。このため量子井戸ならば少し格子不整合があっても層は成長できることになります。このような格子不整合があって応力がかかっているような層のことを歪み層、量子井戸であれば歪み量子井戸と呼んでいます。層より基板の格子定数が大きいと層の結晶は引き伸ばされる引っ張り応力がかかり、層より基板の格子定数が小さいと層の結晶は押し縮められる圧縮応力を受けます。
この歪み量子井戸には良い点がいくつかあります。まずは格子整合に制限されることなく材料が選べることです。もちろん選べる範囲は限られますが。さらに層の結晶に応力がかかることによって、結晶の電子的性質が少し変わります。詳しい原理の説明は言葉だけでは難しいので避けますが、発光波長が変化します。このため格子整合系では難しかった発光波長が可能になる場合があります。ここで求められている発光波長を短くするために歪み量子井戸は有効に利用できます。このほか、レーザの発振閾値を下げる効果もあります。
具体例(2)で説明します。図35-2はこのレーザの断面図を要部のみ示しています。このレーザは多重量子井戸活性層を用いたSCH構造でリッジ導波路を用いています。井戸層はInGaP、障壁層とガイド層はIn0.5(Ga0.5Al0.5)0.5P、クラッド層はIn0.5(Ga0.3Al0.7)0.5Pとします。井戸層をIn0.5Ga0.5Pとするとほぼ格子整合系となります。このとき井戸幅が6nmのとき発光波長は652nmですが、井戸幅を4nmとすると発光波長は633nmとHe-Neレーザと同等となります。
一方で井戸層のInGaPのInとGaの組成比を変えると格子不整合が発生しますが、これによっても発光波長を変化させることができ、井戸幅が8nmの場合、格子整合時には発光波長は約660nmですが、格子不整合を-2%(圧縮歪み)とすると発光波長は633nmにすることができます。 なお、発振しきい値は井戸幅×井戸層数によって決まり、これを調整することによって最小にできます。また障壁層の厚みも発振しきい値に影響します。
(1)特開昭62-128521号
(2)特開平06-097586号
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