光デバイス/半導体レーザ

34.InP系埋め込みヘテロ構造

 GaInAsP/InP系を用いた長波長帯(1.3μm帯や1.55μm帯)の半導体レーザではAlGaAs/GaAs系とちがって格子整合というやっかいな問題があることを前項で説明しましたが、この問題が解決されれば、半導体レーザの構造は基本的にはAlGaAs/GaAs系と同様なものが使えます。

 例えば埋め込みヘテロ(BH)構造は特性が良く信頼性も高いので、GaAs系よりもむしろ光通信用のInP系で多用されてきました。開発が本格化し具体的にものが作られるようになったのは1980年頃からです(1)

 基本的な素子構造は図34-1に断面図に示すように27項で説明したAlGaAs/GaAs系BH構造と同様です。発光波長1.3μmの場合の活性層は、InPに格子整合するGa0.27In0.73As0.580.42とします(1)。クラッド層はn型とp型のInPです。InPは上記のGaInAsPよりバンドギャップエネルギーが大きく、屈折率は小さいので、光とキャリアを活性層に閉じ込めるはたらきをします。両側の埋め込み層もクラッド層と同じInP(ただしノンドープ)で形成され、電流の広がりを抑え、光も横方向に閉じ込めるはたらきをします。

 なおp型InPクラッド層の上にp型GaInAsPキャップ層がさらに形成されています。これはInP系固有の理由によるものです。p型InPに対しては接触抵抗の低い電極を形成するのが難しいという問題がありますが、p型GaInAsPならば抵抗の低い電極が形成できるため、このキャップ層を設けます。

 GaAs系について説明したように埋め込まれる活性層部分はエッチングで作りますが、通常は図のように側面が成長面に垂直にはならず、基板側が広がったいわゆるメサ構造になるか、または逆に表面側が広がった逆メサ構造になる場合が多いです。どちらになるかはエッチング液によります。一方、イオンエッチングのような気相で行うエッチングの場合は垂直な側面を得ることができる場合があります。

 このようなBH構造半導体レーザは印加電圧が大きくなると、埋め込み層側に電流が流れてしまい、光出力が急に低下するという問題が発生することがあります。図34-2はこの問題を改善するための構造を示しています。

 図34-1の例との違いは埋め込み層が2層になっている点です。上側の層がn型InP、下側の層がp型InPとなっています。埋め込み層がpn接合になっているので、発光のための電流を流すとき、上側電極をプラスにすると、埋め込み層は逆バイアス状態になるので、無駄な電流が流れるのを防ぐことができます。

 さらに埋め込み層を高抵抗の材料にする方法もあります(3)。InPは鉄(Fe)やチタン(Ti)などをドープすると高抵抗(半絶縁性と言うこともあります)になることが知られています。InP中のFeやTiはバンドギャップの中央付近に準位を作り、ここに電子を捕獲してしまうので、ノンドープのときより抵抗が高くなります。この半絶縁性InPを埋め込み層に利用することができます。

 さらには埋め込み層を半導体でなく誘電体にすることもできます(4)。樹脂は屈折率が低いので、電流閉じ込め、光閉じ込めの機能をもたせることができます。

 このBH構造は電流閉じ込め、光閉じ込めの両方の機能をもち、特性のよい半導体レーザが得られます。しかしGaAs系のところでも述べたように、平坦な埋め込み層を成長するには液相成長が適しており、気相成長では難しいと考えられています。しかし新しいタイプの半導体レーザは量子井戸を用いるなど、薄い半導体層を用いることも多くなっています。薄い層の成長には気相成長が適していて、液相成長では困難です。

 このため、BH構造を有機金属化学気相成長(MOCVD)法などの気相成長法で作りたいという要求はかなり強く、いくつかの方法が検討されています。

 一つの方法は成長と加工を組み合わせた方法です(5)。MOCVDなどの気相成長法でメサ構造部の埋め込み層を成長すると、メサ部側方だけでなくメサ部の上部にも成長が起きます。そこでメサ部が完全に埋め込まれる前に成長を止め、メサ部の上部を除去することにより素子上面を平坦にすることでBH構造を作るという方法です。

 もう一つは液相成長に近い成長を示す原料を選ぶ方法です。InP埋め込み層を成長する際にモノクロロエタンなどハロゲンを含む材料を原料ガスに添加すると、液相成長に似た平坦な成長が可能とされています(6)

(1)特開昭55-145385号

(2)特開昭56-049587号

(3)特開昭63-133587号

(4)特開昭61-194889号

(5)特開昭63-177493号

(6)特開平08-097509号

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