光デバイス/半導体レーザ
33.InP系半導体レーザ
半導体レーザはこれまで紹介してきたように、まずはGaAsとAlGaAsのヘテロ接合を使って実用化されるに至りました。この組み合わせは幸運にもGaAsとAlAsの格子定数がほとんど等しいため、その中間の組成のAlGaAsはAlとGa比率を変えても格子定数がほとんど変化しません。そのためGaAs基板上に任意の組成のAlGaAsの結晶を作ることができました。逆に言うと格子定数が違う材料の組み合わせでは欠陥の少ない結晶を成長させることは難しいわけです。
一方でGaAsとAlAsのバンドギャップエネルギーはGaAsが1.42eV、AlAsが2.16eVとかなり異なります。バンドギャップエネルギーと発光波長は逆比例の関係にありますから、活性層のAl成分を増やしていくと、発光波長は短くなっていきます。ただしAl成分をある程度以上増やすと間接遷移型に移行し急激に発光しにくくなる性質があるため、実用になる波長範囲は0.78~0.87μm程度です。この点は発光ダイオードの場合も同じです(発光ダイオード、17項参照)。
ところで半導体レーザが実用化に向かって進み始めた時点で考えられていた重要な応用先は光通信でした。非常に損失の小さい光ファイバも半導体レーザの開発と時を同じくして開発されましたので、光を使って大量の情報を伝送しようという夢が具体的になってきました。ところが1970年代後半になって、石英ガラスを使った光ファイバの損失が小さくなる波長は1μmより長い、1.3μm付近と1.55μm付近にあることがわかってきました。
しかしGaAs/AlGaAsを使ったレーザでは1μmより長い波長を発光させることは不可能です。そこで別の材料を探す必要が生じました。同じⅢ-Ⅴ族のなかでGaAsよりバンドギャップエネルギーの小さい材料を探すと前項で説明したようにInP(1.35eV)やGaSb(0.73eV)があることが分かります。ただし望みの発光波長にぴったり合わせるにはやはり3種類とか4種類の元素からなる混晶を使う必要があります。しかし今度はAlGaAsのようなわけにはいかず、組成を変えると格子定数も変化してしまうという問題が起きます。
図33-1は、前項の図32-2から一部を取り出して示した図です(1)。図の縦に並んだ位置にGaAsとAlAsがあります。縦に並んでいるということは格子定数がほぼ等しいということです。AlGaAsはこの2点を結んで描かれている直線上にきます。
ところがInPをみると、GaAsよりかなり右側にあり、格子定数がGaAsとはかなり違いが大きいことがわかります。GaAsの格子定数は約0.565nmで、InPは約0.586nmですから、その差は0.021nm、つまり違いは3~4%程度です。この程度の違いでも、例えばInP基板の上にGaAsを成長するとよい結晶はできません。
図にはInPの点から下に向かって破線が引かれていますが、この線上にある物質ならばInPと格子定数が一致していますから、InP基板上によい結晶が作れるのです。この線上にくるような物質はInGaAsPといった混晶を採用することで作ることができます。
どういう組成比にしたら望みの物質が得られるかは、少しずつ組成を変えた結晶を作ってバンドギャップエネルギーと格子定数を測定して決めなければいけませんが、そのデータは図33-2に示すようになっています(1)。
複雑な図ですが、横軸はInAsxP1-xのAsの組成xを示しています。左端はAsが0のInPで、右端はAsが100%、つまりPが0のInAsになっています。縦軸は同じようにGayIn1-yPのGaの組成yを示しています。図に描かれている実線の曲線はバンドギャップエネルギーが一定の線です。0.5~1.9eVの線が0.1eV刻みで描かれています。破線の曲線は格子定数が一定の線で0.6nm以下0.05nm間隔で線が引かれています。
この特許(1)が出願された1970年代前半にはまだ光ファイバの特性についてよくわかっていなかったので、この特許では発光波長を1.06μmに合わせることが目標になっています(この波長はネオジウムをドープしたYAGレーザという固体レーザの波長で、これに一致する波長の半導体レーザを作るのが目的になっています)。
ここでは光通信用の波長1.3μmと1.55μmを発光できる混晶GayIn1-yAsxP1-xの組成xとyを求めてみます。波長(単位:μm)とエネルギー(単位:eV)の間の反比例定数は1.24と覚えて下さい。1.24を波長の1.3(μm)で割ると0.95(eV)が得られます。図33-2で格子定数が0.586nmでバンドギャップエネルギーが0.95eVである点(赤)をプロットし、この点からxとyを読むと、x=0.55、y=0.23が読み取れます。つまりGa0.23In0.77As0.55P0.45の組成の混晶を作れば、InPに格子定数が一致し、かつバンドギャップエネルギーが0.95eV(波長1.3μm)になるようにすることができます。
同様に波長1.55μmは0.80eVに相当します。図33-1をみると、この波長では格子整合が不可能なようにみえます。図ではGaAsとInAsの間のバンドギャップエネルギーと格子定数の関係が直線で示していますが、正確には下側に曲がる曲線の関係であり、InPと格子整合がとれる点が存在します(1)。この点の組成は図33-2からはx=0.83、y=0.36程度と読み取ることができます。つまりGa0.36In0.64As0.83P0.17の組成の混晶を作れば、InPに格子定数が一致し、かつバンドギャップエネルギーが0.80eV(波長1.55μm)になるようにすることができます。
なお、次項で具体例を示しますが、この組成比の値は製造各社によって少し違いがあります。これは発光波長が活性層の温度に依存するため、素子構造によって変化する可能性があることや、特定の組成比を得るための成長条件出しと実際の結晶成長時の組成比のずれなどが関係していくらか組成比と発光波長の関係がずれるためと思われます。
図33-2のようなデータができていれば、格子整合する混晶組成を直ちに求めることができるのですが、新物質ではここに至るまでのデータを整えるのが非常に大変であることが分かると思います。
(1)特開昭49-071885号(対応米国特許:US3982261号)
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