光デバイス/半導体レーザ

32.発光波長と材料

 これまでに半導体レーザの性能向上のためのポイントをいくつか取り上げてきましたが、ほとんどは電流をいかに効率的に光に変えるかという課題に関するものだったと思います。しかし半導体レーザを利用する立場からすると性能はこれだけではありません。とくにどのような波長のレーザ光が利用できるかは重要ですが、これまではその問題には触れていませんでした。

 発光波長は原則として活性層にする半導体のバンドギャップエネルギーで決まります。しかし半導体レーザを作るには、基板の上に結晶膜を多層に積み重ねる必要があります。欠陥の少ない結晶を多層に積み重ねるためには、各結晶層の材料の格子定数(原子間距離)がほとんど一致する材料を選ばなくてはならないという制約があります。

 ここではこのような制約を踏まえて活用ができる材料について整理しておきたいと思います。このような整理は発光ダイオードの18、19項でも行っていて、基本的には同じことの繰り返しになりますが、互いに独立に記したので内容はいくらか異なっています。

 図32-1は格子定数とバンドギャップエネルギーの関係をⅢ-Ⅴ族化合物半導体を中心に示したもので、よく知られた半導体のいくつかについても併せて示しています。全体を見渡すと、バンドギャップエネルギーの大きい材料は格子定数が小さく、逆にバンドギャップエネルギーが小さい材料は格子定数が大きい傾向があり、両者ともに大きい材料や、ともに小さい材料は見あたらないことが分かります。

 図中に目安を示しましたが、Ⅲ-Ⅴ族だけで紫外、可視、赤外の広い波長域の発光をカバーできることが原理的には可能であることがわかります。

 もっとも早く実用化したAlGaAs/GaAs系は0.8~0.9μm程度の狭い近赤外の範囲のレーザ光しか供給できません。より長い1μmを越える赤外域の光は光通信への応用に重要ですが、これはInAsのバンドギャップエネルギーが非常に小さいので、InGaAsを利用すれば実現できそうなことがわかります。組成によってはInPと格子整合するので、InP基板が使えそうです。より短い波長の可視光を出す半導体レーザも必要とされますが、これは窒化物半導体によって実現できそうなことがわかります。図をみていただくとわかるように、GaNを中心にAlGaNやGaInNを使うことにより可視光から紫外域までかなり広い波長範囲の発光が可能です。しかしGaNはじめ、AlN、InNは他のⅢ-Ⅴ族化合物半導体より格子定数がかなり小さく、GaAsやInPなどとはまったく格子整合しません。仕方なく異種材料であるサファイアとか炭化珪素(SiC)などを基板として使うことになります。

 ときどきGaN基板を使ったと書かれていることもありますが、これはサファイア基板上に厚さ数μmとやや厚いGaN結晶を成長させた後、サファイア基板を除去して作られたものです。他の材料のように種結晶を使う方法などGaNのバルク結晶を成長させる方法は研究されてはいますが、工業的に製造できるには至っていません。

 この窒化物半導体ですが、GaAs基板と格子整合することができる混晶があります。これはV族としてNの他にAs(またはP)を加えて4元混晶にしたものです。図32-1のGaN、InNとGaAs、InAsを結んだ青線の範囲を見ると、GaAsと格子整合する赤い点線がこの範囲内を通っています。つまりGaInAsNはGaAsと格子整合できる組成をとることができます。ただしバンドギャップエネルギーを見ると赤外域になっています。同じ波長域はGaInAsPが実績をもっていますから、なにか特別な利点がないとあまり使われることはないと思われます。

 短波長用の材料として早くから期待されてきたのが、ZnSeなどのⅡ-Ⅵ族です。これらはGaAsやInPなどのⅢ-Ⅴ族と近い格子定数をもっており、その点では窒化物系に比べて優れています。しかしp型、n型のいずれか一方ができにくいという問題などのため、実用化では窒化物系に遅れをとっています。

 図32-1の格子定数の大きい部分を拡大し、材料の種類を増やして示したのが図32-2です。まずⅢ-Ⅴ族ですが、GaInAsPの4元系混晶は先に説明したInP基板に整合する組成の他、GaAs基板に整合する組成もあることがわかります。しかしこれもすでに実績のあるAlGaAs/GaAs系とほぼ同様の波長に重なっているため、それ程多くは利用されていません。

 これよりもAlP、GaP、InPで囲まれる領域は重要です。AlGaInPというⅢ族元素を3種類含む4元系はGaAsと格子整合し、しかもAlGaAs/GaAs系ではできない短波長の0.6μm帯の赤色発光ができる点で特徴があります。この系を利用した半導体レーザはすでに実現しています。

 一方、1.5μmよりも長い2~3μm帯についてはAlInAsSbあるいはInAsPSbといったアンチモン(Sb)を含む系で発光可能です。GaSbやInAsはバルク結晶ができることがわかっており、必要あればこれらを基板とすることができます。しかしこの方向の研究はあまり進んでいないようです。一方でまったく異なる原理を用いた長波長用半導体レーザの開発が最近になって盛んになってきています。これについては後に取り上げます。

 Ⅱ-Ⅵ族に目を転じると、MgZnSSeという系がGaAsに格子整合することが分かります。ZnSe自体のバンドギャップが青色に相当しており、さらにMgとSを加えた4元混晶にすれば、紫外域まで発光波長が伸ばせる期待があります。なお、ZnSeなどのバルク結晶の成長は不可能ではありませんが、GaAs基板に匹敵するような良質なものはできていませんので、普通GaAs基板を使うことが多いはずです。

 図32-2からⅡ-Ⅵ族はInPに整合する系もあることがわかります。MgZnSeTeやZnCdSeTeがそれです。バンドギャップからみて前者の方が短波長になります。これらも机上では興味深い特徴をもっているのが分かりますが、実際の結晶成長の研究は困難が多いようです。

 以上のように4元混晶まで考えると半導体レーザを実現する多彩な可能性が考えられますが、現在大量に使用されているのはAlGaAs/GaAs系、GaInAsP/InP系、AlGaInP/GaAs系、それにGaNを中心とする窒化物系の4種類で、これは発光ダイオードの場合と同様です。

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